薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2023.09.04 23:12:40 編集
2026年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
捨て後の幼いサキュバス姉弟がごじょ(普通の人間)に拾われて、つみきに不特定多数の人間とするとかそんなことさせられない!誰か大事な1人が見つかるまでは俺がつみきの分まで飯の用意する!て頑張るしょめのなんかすごく平和でいちゃでらぶな頭の悪いはっぴ〜すけべ、めぎゅばす(頭の悪いすけべ特化は頭の悪いタイトルしてるに限る)
おめぐは人間と淫魔の間の子だから男なのにサキュバスだし人間と同じ食事でも生きていけるんだけど、つみきちゃんは純血だから人間の食事だけじゃ死ぬのが数日先送りになる程度の気休めにしかならないから生きていけなくて、でもおめぐは普通の人間の血も混ざってるのもあって淫魔としての性を根本から理解するのは難しくてつみきちゃんに本来の淫魔と同じようなことをさせたくない。
でもこのままだと生きていけないからごじょに頼んで自分の身体を張ることにする。おめぐが精気もらってつみきちゃんに譲渡するんだけど、譲渡方法は手を繋ぐこと(軽い接触)でそこだけは至ってド健全。
#めぎゅばす
おめぐは人間と淫魔の間の子だから男なのにサキュバスだし人間と同じ食事でも生きていけるんだけど、つみきちゃんは純血だから人間の食事だけじゃ死ぬのが数日先送りになる程度の気休めにしかならないから生きていけなくて、でもおめぐは普通の人間の血も混ざってるのもあって淫魔としての性を根本から理解するのは難しくてつみきちゃんに本来の淫魔と同じようなことをさせたくない。
でもこのままだと生きていけないからごじょに頼んで自分の身体を張ることにする。おめぐが精気もらってつみきちゃんに譲渡するんだけど、譲渡方法は手を繋ぐこと(軽い接触)でそこだけは至ってド健全。
#めぎゅばす
世界はシンプルで、君は案外欲深いもの。
2017年9月に出したカケシン本。
色々捏造が激しい。
プリズムキングカップ後にユニットソングプロジェクトがあったってことにしてるし、キンプリ初期ってキャラの一人称が今とブレがあった気がするから多分その辺も今と比べてしまうと怪しい。
プロローグ
喧騒の輪から外れるように隠れたパラソルの中で陽射しから、潮風から逃れるように掌で視界に影を作る。夏の賑やかさも、その熱気も嫌いではないが、汗だくになるのは好きじゃない。自分が汗だくになっている姿はあんまりかっこよくないと勝手に感じているからだ。人に見せるなら完成されたスマートな姿を見せたいとすら思う。それにどこか他人事のように喧騒を感じて海に集まるたくさんの人を眺めている方がずっと性に合っている。
そう、本当ならパラソルの下でゆったりとしている方が性に合っているし、カケルらしいと言えばカケルらしいのだ。しかしパラソルの外、陽射しの下。何度も飽きることなくカケルを呼ぶ声が今すぐ日陰から飛び出せと手を引く。数え切れない人の声の中にあっても彼の声はよく通ってカケルへとまっすぐ伸び、人混みに隠れてしまわないようにと大きく手を振る姿はいやでも目に付く。真面目な彼が本来の目的すら忘れて浮かれている様子につられ、陽射しへと1歩踏み出せば熱された砂が足裏を焼く。きらきらとした陽射しの下へ飛び出せば、より一層カケルを呼ぶ声が弾む。今にも子供の様に飛び跳ねてしまいそうなシンのその姿はあんまりにも夏に溶け込んでいた。その眩しさに目を細める。
「そんな急かさなくてもいいっしょ~」
カケルの言葉にぱぁっと音がしそうなくらいシンが笑顔になる。ああ、きっと笑顔が咲くとはまさしくこのことを指すのだろう。少しパラソルから飛び出すだけで滲んでくる汗を拭いながら思う。今日は作詞なんてできないに違いない。目の前でこんなにも海にはしゃぐ彼を見て、課題をこなそうなんて無粋なことが言える訳がない。いつだって夏休みの宿題は最後にやるものなのだから。
始めは電車なんていいものではないと思っていた。夏休みの海水浴シーズンとあれば当然電車の中は人が多いし、人が多ければ騒がしい。車窓から見る景色は目まぐるしく変わって飽きないけれど。しかし隣にいたシンがそれはもう楽しそうに語るのだ。海に行ったらあれがしたいこれがしたい。大勢の前でショーを出来ることが嬉しいのか、それともカケルと一緒に歌えることが嬉しいのかは知らないが課題についても楽しみにしていた。それを横で聞かされてしまえば溢れる人でごった返した車内も悪い物ではないと思えてしまうのだ。
そしてそれは帰りの電車でも同じこと。
規則的に揺れる車内でシンが二泊三日間過ごした海での出来事を身振り手振りを交えながら語るのを眺める。夕暮れ時と言っても遅い時間。車窓から入り込むのは夕陽というよりは夜闇に近くなっていた。そんな時間ともなれば車内は行きに比べて随分と空いているが、だからといって水着のままでいるのはどうかと思うのだけど。未だ水着のままでいるのにシンは気付いていないだろうが、楽しそうに語っているのを邪魔してしまうのも忍びなくて黙っていた。
課題の最終日である今日、ライブを行う前に雨が降った。小雨などではないその雨に、海辺にいた人達は誰もかれも立ち去ろうとしていたが、しかしシンの機転で難を逃れたのだ。大音量で流れる自分たちの為の曲、その中でも変わらすいつも通りのショーをこなすシンの姿につられてカケルも一緒に踊れば帰り支度をしていた人も立ち去ろうとしていた人も皆立ち止まった。それだけでも十分すぎる程だったのに、気が付けば雨雲はどこかへ消えていて真っ青な空が広がって虹がかかっていて。ただの偶然かもしれない。しかしそれでもカケルはどこかでシンのおかげだと思っていた。雨の中でも変わらない笑顔で歌って踊って、飛んで。彼のジャンプに太陽の名前があるように、彼の笑顔は太陽として雨を追いやったのだ。
だというのに、虹が上がったのはカケルのおかげなのだと言うシンに軽く肩を竦める。
「すごいのはシンちゅわんだよ」
「え?」
カケルが初めて彼のショーを見たのは去年のローズパーティーの時。まだシンが転入してきて間もなく、誰からも信用を得られていなければ距離だって置かれていた頃。同じ候補生の中にも、ローズパーティーに来ている観客の中にもどこにもシンを信用している人間がいなければ、知っている人間だって殆どいなかった。その中で見せた彼のショーに、カケルは一瞬で心を奪われてしまったのだ。目の前がきらきらと瞬いて、まるで幼い頃のカケルが初めてプリズムショーを見た時のような感覚。いや、ような感覚などではない。まさしく初めてプリズムショーを見た時の感動がそこにあった。繰り返し目にすることで薄れて風化してく感動が再びカケルの目の前で弾けていく。誰もが一度は感じたことのある感動だが、しかし誰にでもその感動を再現できるかといったらそんな簡単なことじゃない。
「あの時のショーとか、」
カケルが口を開いた瞬間、まるで見計らったように電車がトンネルを潜った。車内が騒音で満たされる。騒音に押されて言葉が喉の奥に引っ込んでしまう。時間にしてほんの僅かだったが、引っ込んだ言葉がその姿をすっかり無くしてしまうにはあまりにも十分すぎた。
「ごめんなさい、トンネルに入ったから聞こえなくて…なんて言ったんですか?」
シンが真っ直ぐにカケルの方を見つめる。その目を見てしまったら余計に言葉なんて出て来やしない。シンのショーが本当に眩かった。シンのショーがそれだけ眩かったからお天道様だって顔を覗かせて虹を見せてくれたのだ。それを言いたかっただけなのに、他愛のない褒め言葉なのに。
「んや、何でもないにゃー」
適当な誤魔化しをすればカケルの嘘を見抜くようにシンが眉を吊り上げた。
「さては僕の悪口言ってましたね!」
「えっ⁉なんでそうなるの⁉そんなわけないっしょ~⁉」
嘘を見抜いてはいたが見当違いな答えにカケルが驚きで目を瞬かせれば、シンはじゃあなんて言ったのか教えてくださいと食い下がる。上下関係にしっかりしたシンにしては珍しい姿に、カケルは驚くと同時に優越も感じていた。あのシンがたったカケルのたった一言にこんなにも食い下がって、教えてくれと訴えている。まるでカケルを求めているかの様に。
その感情に、ああ、なるほどなぁとどこか冷静な自分が勝手に納得する。昔から何が恋であるのか気付くのは早かったのだ。
「悪口じゃないってば!」
「じゃあなんなんですか?」
「シンちゅわんが世界一可愛いって言っただけ!」
カケルの言葉を飲み込むように一拍空けてからシンが嘘だと叫ぶ。僅かに赤い頬に肩を揺らして笑えば、未だ納得がいかないという顔でむくれる。トンネルに掻き消されてしまった言葉とは違うが、この言葉だって本心の一つに過ぎない。カケルの反応一つ一つにいつだって新鮮な反応を返してくれるシンに対してカケルはどうしようもなく彼が可愛いと思っているのだ。そして初めはただ面白くて可愛いとだけ思っていた筈がその形をすっかり恋とかいうものに姿を変えていたことも事実。しかし気付いてしまったそれをどうこうしようなんてカケルは思っていなかった。シンとどういう形になりたいか、それを思い浮かべることすら出来ないほどに自覚したそれは未熟で限りなく友愛に近かった。友愛に近いのだと思っていた。
____
1
あ、シンちゅわんだ。教室の窓の外、三階から見えるグラウンドにシンの姿を見つけカケルは軽く目を瞬かせる。肌寒さを感じさせる秋のグラウンドで、シンはジャージも羽織らず半袖のままカケルの知らない同級生と談笑していた。流石に話している内容など聞こえやしないが、おそらく今日の授業は持久走なのだろう。グラウンドにいる生徒の半分が各々談笑しているのに対して、残りの半分はグラウンドを走っているのだから。
恋だのなんだのと自覚しても、あれからシンと何かあったわけでもない。カケルから何かをしたわけでもない。ただいつも通り学校に通って、寮に帰ればプリズムショーのレッスンに励んで、仕事がある日は仕事に奔走して、その合間にシンやタイガに他愛ない悪戯を繰り返して。よく言えば、いつも通りの日常。相変わらずシンはカケルがちょっかいを掛ければ飽きない反応を返してくれるし、その度にやめてくださいと言いながらも笑って受け入れてくれる。ただ強く嫌と言えないだけかもしれないし、或いは受け入れることが彼の優しさなのかもれないが、そうやって毎回カケルが何かをする度に何かを返してくれるシンを見る度にやはり好きだと思ってしまうのだ。だからと言って彼を独占したいとかそういった欲はないのだけど。さらに言ってしまえば、近くで一緒にいられるだけで十分、などという恋に恋する女の子みたいなことすら思ってしまう程。
(シンちゅわんが笑ってれば、それが一番だし)
頬杖をつき、どうにか意識の片隅に置いていた教師の話す言葉を遂に放り出して意識を完全に窓の外へ向ける。談笑していた筈のシンは気が付けばグラウンドを駆けるクラスメイトを応援していた。聞こえるはずがないのに、まるで近くで聞いているように「頑張れ!」と言っているのが分かる。そう、これだけでお腹いっぱいなのだ。
「珍しいね、カズオが物思いに耽ってるなんて」
昼休み、ぼんやりと窓の外を眺めていたカケルは、声の主を見て小さく眉を吊り上げた。何度言ったって彼は自分の名前を正しく呼んではくれない。ある意味正しい呼び名ではあるが、しかしここでは誤りなのだ。
「だぁから、カズオじゃなくてカケルって言ってんでしょ」
「はいはい。それで、何かいい事でもあった?」
「俺っちの話聞いてた?」
慣れたやり取りだとカケルの言葉を無視して、ミナトが適当なクラスメイトの椅子を借りて向かいへと腰かける。いつも昼食はカケルとミナト、そしてユキノジョウの三人でカケルのクラスへと集まって食べるのが決まりとなっていた。誰が言い出したわけでもないが、気が付けばそうなっていた。他のシンやタイガ、レオやユウはどうしているのかは知らないけれど。
「てか、ユキちゃんは?」
「委員会で少し遅れるって」
毎朝、朝食を作るついでだからとミナトがカケル達みんなに作る弁当を広げながら聞けば、ユキノジョウはまだやってこないのだという。しかしユキノジョウは先に食べて構わないとも言っていたらしく、カケルはそれに甘えて弁当の包みを広げた。
「そういや、ミナトっちは何で僕ちゃんにいいことあったと思ったの?」
オレンジ色の二段弁当を開け、今日もすごいと感嘆の言葉を零しながら問えば、カケルと同じ様に水色の弁当を開けたミナトがなんてことないように「美味しいご飯を思い出してるみたいな顔をしていたから」と言った。ミナトの言葉に小さく首を傾げ、それから一拍の間を開けてから気付く。確かにカケルは先程見たシンの姿を思い出していた。カケルがシンの姿を見た時にはどうやら彼は持久走を終えた後だったらしく走る姿を見ることは出来なかったが、グラウンドと校舎の二階という距離であっても眩しいほどに笑顔を振りまいていたのを思い出していたのだ。ミナトの鋭い指摘にじんわりと頬が熱くなる。
「あぁ~…、当たらずも遠からず、的な?」
「へぇ、じゃあ何を思い浮かべていたんだい?」
「何って、」
一度言葉を切って喉まで出かかった言葉を今度は自分の意志でお茶と共に流し込む。
「窓の外にとびっきりかんわい~子がいただけだよん」
肩を竦め、いつものことの様に振る舞えばミナトは小さく笑って「そう」とだけ零した。ミナトが一番初めに問いかけた割にはあっさりとした返事に、少し面白くないと感じてしまうのは我儘なのだろう。窓から見えたその可愛い子について言及されてしまえば上手い誤魔化しもできずに困るのはカケルなのだから。しかしなんとなく、シンについて嘘を吐くのは例え本人がいなくとも後ろめたいのだ。それでも誰かに話を聞いてほしいと思ってしまうのは何故なのか、その理由は分からないのだけど。
「すまない、遅くなった」
「あ、ユキちゃん」
「おつかれ、太刀花」
弁当に敷き詰められた秋が旬の食材。ミナトの手によって美味しそうな茄子の肉味噌炒めへ姿を変えたそれを一口頬張ったところで委員会を終えたユキノジョウがカケルのクラスへと入ってきた。
「思ったより早かったね」
「ああ。思いのほか真面目にみんな話し合ってくれてな」
慣れたように近くにあった椅子をカケルの机に寄せて腰かけたユキノジョウは弁当の包みを広げながら軽く首を傾げた。
「ミナト、やけに嬉しそうな顔をしているな」
「なになに~ミナトっちも、」
「カズオがね、恋をしたみたいなんだ。そう思ったらなんだか嬉しくて」
ユキノジョウの言葉に便乗するようにミナトを茶化そうと開いた口が、言葉を全て発する前に思わずその動きを止める。そして間の抜けた顔で動きを止めたカケルへとミナトとユキノジョウの視線が真っ直ぐ向く。中途半端に箸を持ち上げたまま、随分なタイムラグを迎えてから顔に熱が集まる。
「な、何言ってんのミナトっち⁉」
時間にして一分にも満たないだろうが、しかし何十分にも感じられる程の間を開けてからようやっと止まっていた時間を動かせばミナトはほらねと微笑んだ。それはカケルを茶化すものでもなければ、慌てふためく姿を笑うものでもない。ただただ純粋にカケルが誰かに恋をしたことに喜んでいる顔だった。といってもカケルはまだ一度も誰かを好きになったとも、恋をしているとも言っていないのだけど。彼の勘は時に恐ろしく鋭いのだと、実感する。
まるで全てを見透かしているかのようなミナトの微笑みを見てしまえば、カケルはもう言い訳すらできそうになかった。ユキノジョウもそんなカケルのいやに赤い顔を見て察したのだろう。まるでカケルの言葉を待つように静かだ。こんな時ばかりは、昔から色白な方だと言われる自分の肌が憎らしい。そしてシンに関わることに関しては嘘を吐きたくないという気持ちすら裏目に出てしまった。確かに誰もいなくなったグラウンドを眺めてシンの姿を思い出していたし、その思い出していた子にカケルは甘酸っぱい恋なんてしてしまっているけれど。
「だってカズオが一人のことをそんなに思い出してるなんて珍しいじゃないか」
「俺っちだってたまにはそんな時あるってば」
「ほう、私がいない間に余程分りやすく想いを馳せていたのだな」
「ユキちゃんまでそういうこと言う~!」
手に持っていた箸を弁当の上に置き、掌で顔を覆えば頬に集まった熱が伝わる。吐き出す息すら顔の熱と同じように熱く感じるのだからどうしようもない。ここでいつものように茶化すことができればよかったのに、どうしたってできないのだ。ああ、なんて自分らしくない。
「カケルはその人とどうなりたいんだ?」
「まだその話続けんの⁉」
どうなりたいと言われたって、そのどうなりたいという欲求すら持て余しているのだ。シンに自分と同じ感情を持ってほしいなど、シンが自分のものになってほしいなど、そんなこと考えていない。ただ、シンが楽しそうにしていたらそれで充分に満たされてしまうのだ。あの海辺でカケルに向かって大きく手を振っていたシンの笑顔が守られ、空にかかった虹を見てシンが目を輝かせたように彼のプリズムショーも同じように輝き、それを見ることができればいいとすら思っている。どうなりたいか、その形は夏を終えて秋になっても未だに気付かずじまいだった。
「どうなりたいってか…その子が楽しそうなら、俺っちは、なにも」
カケルの言葉にユキノジョウが成程と呟く。掌を顔から離し、そちらを見ればユキノジョウは何かを悟った顔で頷いていた。
「では、その子を得たいと思った時が来るかもしれないな」
「は?」
「案外、人は欲深い物だ。こと恋慕については尚のこと」
「あ、シンちゅわん」
「カケルさん!今帰りですか?」
学校を終え、寮へと帰っていれば丁度同じように下校していたのであろうシンが門の前にいた。カケルの声に気付いたシンがぱっとこちらを振り向き、顔を見るなり駆け寄ってくる。小走りでこちらにやってきたシンの手には体操服の入っているのであろう手提げが握られていた。それを見てすぐにグラウンドにいたシンの姿を思い出す。
「そうだよん。シンちゅわんも帰りっしょ?お疲れちゃん」
「はい!カケルさんもお疲れ様です」
「…てかそれ、体育でもあったの?」
シンが持っていた手提げを指差し、問いかける。本当はシンがグラウンドにいたことも知っていたし、持久走をしていたことも知っていた。友人と談笑しながらも走っている他のクラスメイトを応援していたのも知っている。しかしそれをシンに告げるのはどうしてだか憚れた。いつものカケルだったらすぐに告げてしまっただろうに、でも今日はそれができそうになかった。シンが知らない場所でカケルがシンを見ていたことを知られるのが何故だか怖いと思ってしまった。
「あ、そうなんですよ。今日は持久走をしました!」
「持久走!本当にお疲れちゃんじゃ~ん」
まるで何も知らないかの様に、普段の自分がそうするように振る舞えば何も知らないシンがそんなことありませんよと笑う。そんなシンの顔を見てあの日の様に目を細める。あれから数か月経ったってシンが笑えばあの海の日差しの様に眩しい。そう、これさえ守られれば他には何も求めていない。求めようと思っていない。欲などないのだ。シンの笑顔の先に、シンの幸せに自分の存在がいなくたっていいのだ。
___
2
「ウェディングがテーマ、ですか?」
食堂に集められ、エーデルローズの主宰である聖から告げられたのは今冬に発売される雑誌の取材と撮影についてだった。プリズムキングカップを終え、実力も認められ注目も集まったエーデルローズに雑誌やテレビの依頼が来ることは随分と増えた。しかしそれは主にover the rainbowに対してであって、カケル達候補生も含めたオファーというのは珍しい。そしてどこか季節外れのウェディングがテーマの撮影となればシンが首を傾げるのは仕方のない事だった。
「ああ。悪い話ではないと思うが、意見を聞こうと思ってな」
決して悪い話などではないし、そもそも自分たちに断るという選択肢もなければ選ぶ気もないのは聖も分かっているのだろう。カケルの斜め前で自分は参加しないと駄々を捏ねるタイガだって最終的には撮影に参加するのは分かりきっていること。
「シンちゅわんはどーすんの?」
「うわっ!もう…カケルさん、変なところ触らないで下さいよ…」
参加の意思を聞くふりをして隣にいるシンの頬を突けば肩を揺らしてから少し困った顔でカケルを見る。言葉で言う割には、そこに拒絶はない。シンが逃げないのをいいことに頬に人差し指を触れさせたままにすれば、諦めたようにされるがままになる。柔い頬の感触を楽しみながらもう一度問えば、目を煌めかせて「僕は勿論参加します!」と答えた。
「カケルさんはどうするんですか?」
「もっちろん。参加するよん」
元々断る気はなかった。参加すれば当然顔が知れるわけで、それは自分自身の売込みにもなるし十王院という名前を広げることにもなる。だが、ウェディングがテーマということはベタに白のタキシードが用意されるかもしれない。その真っ白なタキシードを着て、少し照れくさそうに笑うシンの顔を見ることが参加の一番の理由だと知ったらシンはどんな反応を返すだろうか。今までカケルがしてきた悪ふざけの延長だと思うだろうか。それとも戸惑って言葉を失ってしまうだろうか。後者だったらと思うと本当の理由など言えやしなかった。人の感情が揺れ動く様を見るのは楽しいが、しかし言葉に困らせたいわけではないのだ。
当日、指定されたスタジオへと向かえば用意されていたのは案の定真っ白なタキシードだった。そしてタキシードの他に各々に用意された花束。ベタだと言ってしまえばそれまでだが、目で見て分りやすいテーマは人の目を惹きやすい。そしてそれはカケルにも同じこと。用意された衣装に着替えていると聞こえたレオのいやに弾んだ声に、思わず視線をそちらへと向ければ一足早く白のタキシードに身を包んだシンがいた。一瞬で視線が惹かれ、離せなくなる。
「シンくん、すっごく似合ってます~!」
「そ、そうかな…?」
正装自体にに慣れていないからか、それともレオに褒められて気恥ずかしいのか肩を縮こまらせているシンはまるで新郎のようだった。緊張したその表情すら、その想像を掻き立てて仕方ない。まだまだずっと先の未来だが、いつかシンがカケルの知らない誰かと結婚する時が来たら今日の様に緊張と慣れない正装に小さく縮こまってしまうのだろう。しかしその顔はカケルが大好きな笑顔に溢れている筈で。
「シンちゅわんってば超似合ってるじゃ~ん!」
誰に頼まれたでもなく勝手に思い描いた想像だというのに、シンが誰かと一緒になるという未来に耐えられなくなったカケルはレオの言葉に被せる様に声を上げた。頭の中で秋口にユキノジョウがカケルに言った言葉が思い出される。前と変わらずシンに他愛のない悪ふざけをして、それを軽く窘められて、しかし拒否はしないシンに甘えて、そうやって近くで笑っている顔を見ているだけで満足だと思っていたのに、一体どこから変わってしまったのか。思い出そうとしたってちっとも頭が回りやしない。シンのタキシードか見たかった筈なのに、いざ目にしてみればあまりにも耐えがたく突き刺さる。
「カケルさんまで…」
「だって本当のことだからねん。ねぇ、タイガきゅん」
「俺に振んなよ」
いつもを装いながら、いや完璧に装えているかは分からないが内心カケルは焦りと戸惑いを感じていた。シンの笑顔を独占したいなんて、そんな感情が生まれるなんて予定されていなかったのだ。夏を過ぎ、秋を経てカケルが知らない間に勝手に姿を変え、肥大化していた。白のタキシードを着て、カケルの知らない他人のものになるシンを受け入れたくないと思ってしまったのだから。できることなら今シンが手に持っている造花の花束をシンと一緒に掻っ攫ってしまいたいとすら思っているのだから。
ユウの個人撮影の間、どうにもみんなが揃っているスタジオで過ごす気にならず控室に逃げ出したカケルは大きく息を吸い込んだ。そして吐き出した溜息を隠す様に長机に突っ伏す。人は案外欲深いものだ。ユキノジョウのその言葉はまさしく真実だったのだ。自覚してしまえばもう止められるわけがない。きらきらと煌めいて夏の日差しの様に眩しいシンの笑顔が酷く恋しく、そして自分のものにしたいとすら思ってしまう。シンが好きなのは変わらない筈なのに、どうしてこうも満たされなくなってしまったのか。もっとスマートで、泥臭い姿とは無縁で、そして欲深くない人間でいたかった。あれもこれもと求めてしまえば、最後は何も残らないのだと嫌になるほど教えられていた筈だったし、実際そうやって欲をかいて全てを失った人間を何人も見てきたのだ。十王院という名前を持つものとして全てを失わずに全てを手に入れる手段を叩き込まれていた筈だというのに。
「欲張りはいけないって知ってたはずだったのになぁ…」
シンとどうこうなるつもりはない、今のままでいいと嘯いていたのは確かにカケル自身の欲深さに見て見ぬふりをしていたのもあるし、幼い時から叩き込まれていた二兎を追うものは一兎も得ずという教えが頭にあったからなのだろう。言ってしまえば、大人ぶっているだけの臆病者にすぎないのだけど。
「あ、こんな所にいたんだ」
「ミ、ミナトっち…」
ドアの開く音に顔を上げれば、ミナトがいた。穏やかに微笑む顔はまるでカケルの内心など知っているかのようで。しかし出て行けと言える訳もなくミナトが斜め前に座るのをただ黙って見ているしかなかった。目を合わせてしまえば全てが知られてしまう気がして、シンの顔が見れなくて逃げ帰った自分を見られるのが恥ずかしいと同時に情けなく感じて俯きがちに机の上を見つめる。
「カズオが言ってた、可愛い子ってやっぱり一条だったんだね」
「だからカズオじゃなくてカケルだってば」
未だに直される気配のない呼び名に、カケルも定型文の様にいつもと同じ言葉を返す。やっぱりってどういうこと、と聞けば「だっていつも見てて分かりやすいから」と呆気ない返事。いつも見ている、との言葉に嫌でも恥ずかしさが増していく。いつの間にかカケルはシンのことになると随分と顔に出やすい人間になってしまったらしい。
「…穴があったら埋まってそのままモグラになりたい……」
「はは、その時は頑張って探すよ」
それでさ、とトーンを一つ落としたミナトの声に顔を上げれば真っ直ぐカケルを見つめていた。誰からも母親のようで父親のようであると形容される、その微笑みに変に力の入っていた肩が軽くなる。ようやっとミナトの目を真っ直ぐ見れるようになる。先ほどまで変に重く抱えていたものがすっと軽くなり、本当は愛に恋に悩む自分をこうやって受け入れてほしかったのかもしれないと今更気付く。
「僕でよかったら、恋の悩みくらい聞くよ。参考になるかは、分からないけどね」
なんとなく、誰かを本気で好きになるのは、本気になって愛に恋に振り回されて奔走するのは恥ずかしいことだと思っていた。あれが欲しいこれが欲しいと欲張るのはみっともないことだと思っていた。欲をかいて何も手に入らなかったらと思うと、何も手に入らなかった自分を想像すると人前で必死になることが恐ろしかった。しかしミナトはそんなカケルを丸ごと肯定するように微笑んでいて。
「…俺っちさぁ」
「うん」
気が付けば一つの抵抗もなく本心が零れ落ちていた。何も隠していない、はぐらかしてもいない、カケルが抱えていることそのものだ。
「シンちゅわんの特別に、なりたくなっちゃったんだよね」
夏の日差しの様に眩しいカケルを呼ぶ声だとか、グラウンドから見えた屈託のない笑顔だとか、慣れないタキシードに身を包んだシンの隣だとか。彼の一番になれなくてもいいから特別な存在になりたいと思ってしまったのだ。シンの一番は誰が見たってプリズムショーだ。それを超えることなんて世界中の誰を探したってできやしない。だからこそ、カケルはシンの特別になりたいのだと思ってしまった。きっと、カケルがしきりにシンにちょっかいを掛けていたのだってその感情の表れだったのだろう。そうやってシンの中に自分の存在を根付けたかったのだ。一度気付いてしまえば実に幼く幼稚で簡単なこと。いつからシンに対して欲深くなったのか、とっくに答えは出ていた。気付くきっかけが今日の撮影であっただけで、それこそ最初からカケルはシンの特別になりたいと思っていたのだ。
「シンちゅわんがさぁ、今日の撮影みたいに誰かの為にタキシードなんて着ちゃったらと思ったらさ、すごい嫌だったんだよね」
「そんなことを考えちゃった自分が嫌だったわけだ」
「…そゆこと。あ~!僕ちゃんこんなに心の狭い男じゃなかった筈なのになぁ」
嫌になっちゃう、と頭を抱える。独占欲なんて、かっこよくない。今頃スタジオでは誰かがカメラの向こう、見えない恋人に向かって笑顔と花束を差し出している。その中でシンが誰かに花束を差し出したその瞬間、その手を掴んで掻っ攫ってしまいたい。なんてスマートじゃなくて、なんてかっこ悪い。こんなカケルの姿をシンに見せたくもなければ知られたくもないというのに。
「例えばだけどね、」
ミナトが指を一つ立てる。
「大好きなご飯があったらたくさん食べたいと思うし、自分だけでいっぱい食べたいと思うだろう?」
「…いやいや、そんな簡単じゃないっしょ」
「簡単だよ。美味しいご飯をたくさん食べたいみたいに、カズオはたくさん一条のことを知りたいだけ。美味しいご飯を独り占めしたいみたいに、カズオは一条のことを独り占めしたいだけ」
そんな単純な訳があるかと開こうとした口は、しかし言い返す言葉もなく閉じられる。まるで小さな子供に言い聞かせるようなそれは、カケルの中にしっくりと納まってしまったのだ。
「なんか、ミナトっち狡いわ…」
「…どこが?」
「そういうところ!」
「あ、カケルさん!」
ミナトに頑張れと笑われながら控室を出ればシンの声が響いた。見つけるなりこちらに駆け寄ってくる姿が半年前の夏にシンがカケルを呼ぶ為に大きく手を振っていた姿と重なり思わず肩が跳ねる。先ほどまでミナトと話していた内容もあって、どうにもシンの顔を見るのが憚れる。しかしカケルの為に走ってくれる姿は素直に嬉しいと思ってしまうのだけど。
「あれ?カケルさん、顔赤くないですか?」
「へっ⁉」
カケルの目の前へとやってきたシンが小さく首を傾げて顔を覗き込む。思わず後ずされば更に覗き込むように顔を寄せてくるのだから堪ったものじゃない。ただの心配から来ている行動なのは分かっているのだけれど、心はそう簡単に受け止めないのだ。
「そ、そんなに赤いかにゃ~⁉あっ!でもちょっと控室の暖房がきつかった気がするかな~⁉」
「熱とかじゃ…」
「いやいや!そんなことないない!俺っち超めっちゃ元気よ⁉」
取り繕うように必死で投げる言葉は脳のフィルターを通さずそのまま飛び出すものだから纏まりもなければ言い訳としても杜撰なのだけど、しかしシンはそんなカケルのぼろぼろの言い訳でも信じてくれたようで、なら良かったとカケルから一歩離れた。それに胸を撫で下ろし、小さく息をつく。
「で、シンちゅわんどしたの?」
「あっ、もうすぐカケルさんの番だから呼びに来たんです」
レオくんの撮影が終わったらカケルさんの出番ですよと告げたシンが、一緒に行きましょうとカケルを連れてスタジオへと足を進める。隣へと並べば殆ど目線の高さが変わらないシンの横顔がそこにあった。前を見据えて、ひたむきに真っ直ぐなその視線。その視線は誰も手に入れることが叶わないものだけど、カケルに向けられる時だけは特別なものであってほしいと思う。欲深さに気付いてしまえば、そんな欲求ばかりが再現なく浮かんでは消えていく。
「ねぇ、シンちゅわん」
「はい、どうかしましたか?」
シンの目がカケルへと向く。それに気恥ずかしさを感じながらも、そこにあるのは確かな喜びで。シンの特別になりたい。その特別とは仲間でもなく、友人でもなく、先輩でも後輩でもなく、スタァとファンでもなく。カケルにとってシンが特別であるように、シンにとっての特別にカケルはなりたいのだ。
「俺っちのタキシード姿、どう?決まってる?」
両手を広げて似合っているかどうか聞けば、シンは少し視線を泳がせた後に「はい!とってもかっこいいです!」と笑ってくれる。カケルに向けられているその笑顔だけは確かに、今だけのカケルの特別だった。もしかしたら優しくて素直なシンのことだから誰に聞かれたって似合っていると言ってくれるのかもしれないが、少しくらいは自惚れたくなるもの。自分のことばっかりで全然気づかなかった、シンの赤い頬に自惚れたって誰も怒りやしない。
二兎を追うものは何も得ず、それは確かに真理なのだろうけれど、しかし追いもしなかったら一兎すら手に入らないのだ。何事も時は金なり、カケルから動かなくては独り占めしたいご飯だって誰かに取られてしまうのだとようやっと気付く。
「…ね、シンちゅわん」
「はい?」
「俺っち、…俺ね、シンちゃんのこと特別に大好きなんだよ」
____
3
知らぬは本人ばかり、とはよく言ったもので。カケルもシンも、本人たちが気付いていないだけでとっくの昔に結末は決まっていたのだ。シンはあの通り分かりやすい子であるし、カケルは飄々としているくせに嘘を吐くのはとことん下手だ。ミナトやユキノジョウ、レオは勿論のこと、あのタイガですらシンがカケルをどう思っていて、カケルがシンをどう思っているのかに気付いていた。
リンクの上をユキノジョウとユウと一緒に滑るシンを眺めながら柔く目を細めれば、先ほどまでシンたちと一緒に練習の輪に入っていたレオがミナトの隣へとやってきた。
「ミナトさん、なんだか嬉しそうです」
「分かるかい?」
「だってとっても優しい顔してますから」
レオがミナトと同じようにシンを眺める。リンクの上を滑るシンの笑顔はきらきらと瞬いて、それを見つめるカケルの口元にもシンに乗せられるよう笑顔があって。それはあまりにも眩しい風景だ。それを目の当たりにして微笑まずにいられるわけがない。
シンの特別になりたいとカケルが吐露した時、まるでこの世の終わりのような、とんでもない大罪を犯した罪人のような顔をしていた。誰にも分け隔てのないシンの一番になんてなれなくていいから特別になりたいと。今までの先輩と後輩という関係が、同じ寮生であり仲間であるという関係が崩れてしまうのが怖いと怯えながら自分の欲深さを持て余していた。二兎を追うものは一兎も得ず。その言葉にすっかり震えていたのだ。
しかし知らぬは本人ばかり。そんなに難しく考えなくても本当はずっとシンプルな話。何かを好きになることはあまりにも単純で好きになったものを欲しがるのは当然の話。決して怖いものでもないのだ。素直で真っ直ぐな気持ちを吐き出すのが得意でないカケルだからこそ、こうやって一人でぐるぐると考えてしまったのだろうけれど。いざ口に出してみれば、それはきっとあまりにも滑らかに零れ落ちた筈だ。ミナトはあくまでも、カケルの背中をちょっと押して肯定してあげただけなのだけど。
「そんな西園寺も随分と嬉しそうだね」
今にも鼻歌を歌い出しそうなレオもミナトと同じようにシンとカケルを眺めていて。ミナトと形ややり方は違えど手助けした1人なのだろうと気付く。だからといってその内容まで聞くほど、出歯亀ではないけれど。
「ふふ、みんなハッピーが1番ですから」
「今夜は一条とカズオの好きなものを用意しなくちゃね」
きっと理由を言ってしまったら二人とも照れてしまうだろうから内緒で用意しようと言えばレオは元気よく頷いた。カケルとシンだけが気付かない、二人の為だけのご馳走を用意してあげて。そしたらきっと二人は何も知らないで喜ぶに違いない。傍から見てあまりにも分かりやすい恋が実ったのだ。こんな喜ばしいことがあるだろうか。
___
彼が恋をしていることに気付いたのは、きっと自分が1番早かったと思う。シンがじっと見つめている先に気付いてしまえば、答えは直ぐに分かった。真っ赤な瞳にカケルを映している時のシンはとてもきらきらしていて、しかしカケルが誰かに触れていればその煌めきは少し寂しそうな色を乗せていた。嬉しくても寂しくても、プリズムショーをしている時とは違う煌めきが常に彼の周りにあった。これを恋と呼ばすになんと呼べば良いのか、レオは知らない。
「シンくん、恋してるんですね」
「え、…えっ!?」
夏が終わってすぐ、未だほんのりと夏の名残を残した秋のこと。その日はユキノジョウが稽古で寮に帰ってこず、珍しく一人でお風呂に入っていた時のことだった。シンがレオの後に浴場へ入ってきて、二人で他愛のない話しをして、その延長でレオが切り出したのだ。
シンは恋をしている。そう伝えた時、シンはまるで自分とは無縁の言葉を投げられたように驚いた。いや、実際そうなのだろうけど。自分が誰を好きなのかも気付いていなければ、自分が誰かを好きなことにも気付いていないのだ。
「こ、恋なんてそんな!」
彼は自分の持つ好意にも、投げかけられる好意にも随分と疎いのだと知る。こんなにも彼は美しく煌めいているというのに、その煌めきの理由を知らないのだ。自分より1つ歳上だというのに、どうしてこうも背中を押して応援したくなってしまうのだろうか。といっても、全部教えて導いてあげるほど優しくはないのだけど。ああ、もしかしてカケルの意地悪が少しだけ伝わってしまったのかもしれない、なんて。
「ふふ、すっごく分かりやすいのに。シンくんってばとても真剣にその人のことを見てるんですよ」
「見てるって…」
「その人のこと、すごく好きなんだなって思います」
「うぅ…恥ずかしいな…」
レオのその言葉に、シンが視線を落す。二人しかいない大浴場は静かで、張られた湯に顔がよく映る。シンの頬はうっすらと色付いていて。それが湯船で温まったからではないのは明白。思わず小さく笑ってしまう。今シンが見つめている先に誰が映っているのか、それに気付くのがいつの話なのかは分からないけれど、気付いてしまえば実に単純なこと。
「ふふ、誰かを好きになるのに男性も女性も関係ありません。遅いも早いもありません。…シンくんにとって、その人が特別なだけなんですよ」
「…僕の、特別…」
シンとカケルだけが気付いていない彼らだけの恋の結末をレオは知っている。お互いがお互いを一番見ているはずなのに、肝心なところにはさっぱり気付きやしない。それが恋というものなのだと言ってしまえば、それまでなのだけど。
_____
「んなに見てんと穴開くぞ」
「へ?」
「見すぎだつってんだよ」
リンクの脇、手すりに背中を凭れさせていたカケルにいい加減にしろと言うタイガの方を向けば、今にも飛び出しそうな舌打ちと共にシンばっか見てんなよと叱咤される。しかし見るなという方が無理な話なのだ。決して広いとは言えないリンクの上でユキノジョウやユウと一緒に滑っているシンを目で追えばシンが通ったその軌跡に煌めきがまぶされているようで、1つジャンプを飛べばそれがリンクの上に広がるようで。それがカケルの贔屓目が山のように入っていることは分かっているのだけど、しかし今のカケルにはどうしたってそう見えてしまうのだ。きらきらと陽射しのように煌めいて、カケルの視線を奪って仕方ない。
「なぁ~に~?タイガきゅん、ヤキモチ妬いちゃったのかにゃ~?」
「ちげーよ!おめぇが腑抜けてっから言ってやったんだろうが!」
「タイガきゅんってばやっさしぃ~」
じゃれ合うようにタイガの頬をつつけば容赦なく手を叩かれてしまったが、その手の痛みすら気にならない程に浮かれていた。あれから冬は終わって春になったというのに、それでも夢のように浮かれている。分かりやすい男だなんだと言われたって構いやしない。カケルにとっての特別がシンであったように、シンにとっての特別はカケルだったのだ。これを喜ばずに、浮かれずにいるなんてできるわけがない。
「別に、浮かれんのはいいけどよ。男らしくない真似はすんなよ」
「んふ、優しいタイガきゅんのやっさしぃ~お言葉、ちゃんと肝に命じとく」
タイガへと向けていた視線を再びシンへと戻せば、丁度こちらを見た彼と目が合う。ひらひらと手を振れば、少し気恥ずかしそうにはにかんで軽く頭を下げる。今までだってこんなやり取りは何回もあったけれど、しかし二人の関係に付く名前が変わってしまえばそれだけで慣れないやり取りへと変わるのだ。そしてその慣れないやり取りはこれからも幾度となく繰り返されるのだ。
_____
エピローグ
「俺っち、…俺ね、シンちゃんのこと特別に大好きなんだよ」
まさに青天の霹靂とでも言うべきか。いつも自分の前じゃ飄々としていて、どこか余裕すら見せているカケルの緊張と焦りと、そして不安を抱えた表情に瞬きを繰り返す。それからゆっくりとカケルの言葉を咀嚼して飲み込めば、あまりにも予想もしていなければ予定もしてない言葉だった。しかしどうして、こんなにもするりと飲み込めてしまうのだろう。特別、だなんて。
「僕が、カケルさんの特別…?」
「…そ、驚いたっしょ?」
驚いた。驚いたけれど、しかしどうして戸惑いよりも喜びがくるのだ。呆けたように呆然としながらフラッシュバックの様にレオの言葉と様々なことが思い出される。千葉の海であんなに何度もカケルの名前を呼んでいたのは、帰りの電車ではぐらかされた言葉を必死に追いかけようとしていたのは、本当は秋の日にカケルがグランドから自分を見ていたのを知っていたのに言えなかったのは、カケルのタキシード姿がとても似合っていて見蕩れてしまったのは、全部理由があったからなのだ。カケルが自分以外の人とふざけあっていると少しだけ面白くない気持ちになったのだって、全部そこには明確な理由があったのだ。恋をしている。レオの言葉は突飛なことでも、からかいでもなく、ただただシンのことを思っての言葉だったのだと気付く。レオはあの日分かりやすいなんて言って笑っていたけれど、シンがずっと目で追っていたのはカケルだったのだ。
「驚きました、けど、」
目で追っていたのはただカケルが特別なだけ。その、ただの特別はとても重要だったのだけど。シンはカケルが特別だったから目で追って、その奥で自分意外に構うカケルに理不尽に我儘を抱いたりなんかもしてしまって。ああ、自分はこんなにも欲深いなんて知りもしなかった。
「僕、ずっとカケルさんが特別だったんだ…」
本当はカケルのタキシード姿を見る度に胸騒ぎがした。あんまりにも似合っているものだからカケルが誰かの為に再びこれを着た時のことを考えてしまって、そして考えれば考える程に隣にいる顔も分からない誰かに対して勝手にもやもやして。いざ気付いてしまえばなんて単純で幼い子供みたいな嫉妬。
「シンちゅわん…?」
呆けたままのシンにカケルが首を傾げる。
確かにシンは、カケルに特別な恋をしていた。
「僕、僕も、カケルさんが特別に大好きです」
廊下の奥、スタジオの方からカメラのシャッター音が止みレオの撮影が終わったことを察する。次はカケルの撮影が待っているから早く連れて行かないといけないと言うのに、このまま立ち止まっていてはいけないというのに動けやしない。だってこんなにも胸がいっぱいで呼吸すら苦しくなりそうで、そして驚いたように目を丸くして立ち尽くすシンの特別は、目の前に立つカケルは、自慢したくなるくらいタキシードが眩しい程に似合っているのだから。
視界がきらきらと瞬いて、冬だというのに夏の日差しに当てられたように頬が熱いのは、つまりはそういうことなのだ。
畳む
2017年9月に出したカケシン本。
色々捏造が激しい。
プリズムキングカップ後にユニットソングプロジェクトがあったってことにしてるし、キンプリ初期ってキャラの一人称が今とブレがあった気がするから多分その辺も今と比べてしまうと怪しい。
プロローグ
喧騒の輪から外れるように隠れたパラソルの中で陽射しから、潮風から逃れるように掌で視界に影を作る。夏の賑やかさも、その熱気も嫌いではないが、汗だくになるのは好きじゃない。自分が汗だくになっている姿はあんまりかっこよくないと勝手に感じているからだ。人に見せるなら完成されたスマートな姿を見せたいとすら思う。それにどこか他人事のように喧騒を感じて海に集まるたくさんの人を眺めている方がずっと性に合っている。
そう、本当ならパラソルの下でゆったりとしている方が性に合っているし、カケルらしいと言えばカケルらしいのだ。しかしパラソルの外、陽射しの下。何度も飽きることなくカケルを呼ぶ声が今すぐ日陰から飛び出せと手を引く。数え切れない人の声の中にあっても彼の声はよく通ってカケルへとまっすぐ伸び、人混みに隠れてしまわないようにと大きく手を振る姿はいやでも目に付く。真面目な彼が本来の目的すら忘れて浮かれている様子につられ、陽射しへと1歩踏み出せば熱された砂が足裏を焼く。きらきらとした陽射しの下へ飛び出せば、より一層カケルを呼ぶ声が弾む。今にも子供の様に飛び跳ねてしまいそうなシンのその姿はあんまりにも夏に溶け込んでいた。その眩しさに目を細める。
「そんな急かさなくてもいいっしょ~」
カケルの言葉にぱぁっと音がしそうなくらいシンが笑顔になる。ああ、きっと笑顔が咲くとはまさしくこのことを指すのだろう。少しパラソルから飛び出すだけで滲んでくる汗を拭いながら思う。今日は作詞なんてできないに違いない。目の前でこんなにも海にはしゃぐ彼を見て、課題をこなそうなんて無粋なことが言える訳がない。いつだって夏休みの宿題は最後にやるものなのだから。
始めは電車なんていいものではないと思っていた。夏休みの海水浴シーズンとあれば当然電車の中は人が多いし、人が多ければ騒がしい。車窓から見る景色は目まぐるしく変わって飽きないけれど。しかし隣にいたシンがそれはもう楽しそうに語るのだ。海に行ったらあれがしたいこれがしたい。大勢の前でショーを出来ることが嬉しいのか、それともカケルと一緒に歌えることが嬉しいのかは知らないが課題についても楽しみにしていた。それを横で聞かされてしまえば溢れる人でごった返した車内も悪い物ではないと思えてしまうのだ。
そしてそれは帰りの電車でも同じこと。
規則的に揺れる車内でシンが二泊三日間過ごした海での出来事を身振り手振りを交えながら語るのを眺める。夕暮れ時と言っても遅い時間。車窓から入り込むのは夕陽というよりは夜闇に近くなっていた。そんな時間ともなれば車内は行きに比べて随分と空いているが、だからといって水着のままでいるのはどうかと思うのだけど。未だ水着のままでいるのにシンは気付いていないだろうが、楽しそうに語っているのを邪魔してしまうのも忍びなくて黙っていた。
課題の最終日である今日、ライブを行う前に雨が降った。小雨などではないその雨に、海辺にいた人達は誰もかれも立ち去ろうとしていたが、しかしシンの機転で難を逃れたのだ。大音量で流れる自分たちの為の曲、その中でも変わらすいつも通りのショーをこなすシンの姿につられてカケルも一緒に踊れば帰り支度をしていた人も立ち去ろうとしていた人も皆立ち止まった。それだけでも十分すぎる程だったのに、気が付けば雨雲はどこかへ消えていて真っ青な空が広がって虹がかかっていて。ただの偶然かもしれない。しかしそれでもカケルはどこかでシンのおかげだと思っていた。雨の中でも変わらない笑顔で歌って踊って、飛んで。彼のジャンプに太陽の名前があるように、彼の笑顔は太陽として雨を追いやったのだ。
だというのに、虹が上がったのはカケルのおかげなのだと言うシンに軽く肩を竦める。
「すごいのはシンちゅわんだよ」
「え?」
カケルが初めて彼のショーを見たのは去年のローズパーティーの時。まだシンが転入してきて間もなく、誰からも信用を得られていなければ距離だって置かれていた頃。同じ候補生の中にも、ローズパーティーに来ている観客の中にもどこにもシンを信用している人間がいなければ、知っている人間だって殆どいなかった。その中で見せた彼のショーに、カケルは一瞬で心を奪われてしまったのだ。目の前がきらきらと瞬いて、まるで幼い頃のカケルが初めてプリズムショーを見た時のような感覚。いや、ような感覚などではない。まさしく初めてプリズムショーを見た時の感動がそこにあった。繰り返し目にすることで薄れて風化してく感動が再びカケルの目の前で弾けていく。誰もが一度は感じたことのある感動だが、しかし誰にでもその感動を再現できるかといったらそんな簡単なことじゃない。
「あの時のショーとか、」
カケルが口を開いた瞬間、まるで見計らったように電車がトンネルを潜った。車内が騒音で満たされる。騒音に押されて言葉が喉の奥に引っ込んでしまう。時間にしてほんの僅かだったが、引っ込んだ言葉がその姿をすっかり無くしてしまうにはあまりにも十分すぎた。
「ごめんなさい、トンネルに入ったから聞こえなくて…なんて言ったんですか?」
シンが真っ直ぐにカケルの方を見つめる。その目を見てしまったら余計に言葉なんて出て来やしない。シンのショーが本当に眩かった。シンのショーがそれだけ眩かったからお天道様だって顔を覗かせて虹を見せてくれたのだ。それを言いたかっただけなのに、他愛のない褒め言葉なのに。
「んや、何でもないにゃー」
適当な誤魔化しをすればカケルの嘘を見抜くようにシンが眉を吊り上げた。
「さては僕の悪口言ってましたね!」
「えっ⁉なんでそうなるの⁉そんなわけないっしょ~⁉」
嘘を見抜いてはいたが見当違いな答えにカケルが驚きで目を瞬かせれば、シンはじゃあなんて言ったのか教えてくださいと食い下がる。上下関係にしっかりしたシンにしては珍しい姿に、カケルは驚くと同時に優越も感じていた。あのシンがたったカケルのたった一言にこんなにも食い下がって、教えてくれと訴えている。まるでカケルを求めているかの様に。
その感情に、ああ、なるほどなぁとどこか冷静な自分が勝手に納得する。昔から何が恋であるのか気付くのは早かったのだ。
「悪口じゃないってば!」
「じゃあなんなんですか?」
「シンちゅわんが世界一可愛いって言っただけ!」
カケルの言葉を飲み込むように一拍空けてからシンが嘘だと叫ぶ。僅かに赤い頬に肩を揺らして笑えば、未だ納得がいかないという顔でむくれる。トンネルに掻き消されてしまった言葉とは違うが、この言葉だって本心の一つに過ぎない。カケルの反応一つ一つにいつだって新鮮な反応を返してくれるシンに対してカケルはどうしようもなく彼が可愛いと思っているのだ。そして初めはただ面白くて可愛いとだけ思っていた筈がその形をすっかり恋とかいうものに姿を変えていたことも事実。しかし気付いてしまったそれをどうこうしようなんてカケルは思っていなかった。シンとどういう形になりたいか、それを思い浮かべることすら出来ないほどに自覚したそれは未熟で限りなく友愛に近かった。友愛に近いのだと思っていた。
____
1
あ、シンちゅわんだ。教室の窓の外、三階から見えるグラウンドにシンの姿を見つけカケルは軽く目を瞬かせる。肌寒さを感じさせる秋のグラウンドで、シンはジャージも羽織らず半袖のままカケルの知らない同級生と談笑していた。流石に話している内容など聞こえやしないが、おそらく今日の授業は持久走なのだろう。グラウンドにいる生徒の半分が各々談笑しているのに対して、残りの半分はグラウンドを走っているのだから。
恋だのなんだのと自覚しても、あれからシンと何かあったわけでもない。カケルから何かをしたわけでもない。ただいつも通り学校に通って、寮に帰ればプリズムショーのレッスンに励んで、仕事がある日は仕事に奔走して、その合間にシンやタイガに他愛ない悪戯を繰り返して。よく言えば、いつも通りの日常。相変わらずシンはカケルがちょっかいを掛ければ飽きない反応を返してくれるし、その度にやめてくださいと言いながらも笑って受け入れてくれる。ただ強く嫌と言えないだけかもしれないし、或いは受け入れることが彼の優しさなのかもれないが、そうやって毎回カケルが何かをする度に何かを返してくれるシンを見る度にやはり好きだと思ってしまうのだ。だからと言って彼を独占したいとかそういった欲はないのだけど。さらに言ってしまえば、近くで一緒にいられるだけで十分、などという恋に恋する女の子みたいなことすら思ってしまう程。
(シンちゅわんが笑ってれば、それが一番だし)
頬杖をつき、どうにか意識の片隅に置いていた教師の話す言葉を遂に放り出して意識を完全に窓の外へ向ける。談笑していた筈のシンは気が付けばグラウンドを駆けるクラスメイトを応援していた。聞こえるはずがないのに、まるで近くで聞いているように「頑張れ!」と言っているのが分かる。そう、これだけでお腹いっぱいなのだ。
「珍しいね、カズオが物思いに耽ってるなんて」
昼休み、ぼんやりと窓の外を眺めていたカケルは、声の主を見て小さく眉を吊り上げた。何度言ったって彼は自分の名前を正しく呼んではくれない。ある意味正しい呼び名ではあるが、しかしここでは誤りなのだ。
「だぁから、カズオじゃなくてカケルって言ってんでしょ」
「はいはい。それで、何かいい事でもあった?」
「俺っちの話聞いてた?」
慣れたやり取りだとカケルの言葉を無視して、ミナトが適当なクラスメイトの椅子を借りて向かいへと腰かける。いつも昼食はカケルとミナト、そしてユキノジョウの三人でカケルのクラスへと集まって食べるのが決まりとなっていた。誰が言い出したわけでもないが、気が付けばそうなっていた。他のシンやタイガ、レオやユウはどうしているのかは知らないけれど。
「てか、ユキちゃんは?」
「委員会で少し遅れるって」
毎朝、朝食を作るついでだからとミナトがカケル達みんなに作る弁当を広げながら聞けば、ユキノジョウはまだやってこないのだという。しかしユキノジョウは先に食べて構わないとも言っていたらしく、カケルはそれに甘えて弁当の包みを広げた。
「そういや、ミナトっちは何で僕ちゃんにいいことあったと思ったの?」
オレンジ色の二段弁当を開け、今日もすごいと感嘆の言葉を零しながら問えば、カケルと同じ様に水色の弁当を開けたミナトがなんてことないように「美味しいご飯を思い出してるみたいな顔をしていたから」と言った。ミナトの言葉に小さく首を傾げ、それから一拍の間を開けてから気付く。確かにカケルは先程見たシンの姿を思い出していた。カケルがシンの姿を見た時にはどうやら彼は持久走を終えた後だったらしく走る姿を見ることは出来なかったが、グラウンドと校舎の二階という距離であっても眩しいほどに笑顔を振りまいていたのを思い出していたのだ。ミナトの鋭い指摘にじんわりと頬が熱くなる。
「あぁ~…、当たらずも遠からず、的な?」
「へぇ、じゃあ何を思い浮かべていたんだい?」
「何って、」
一度言葉を切って喉まで出かかった言葉を今度は自分の意志でお茶と共に流し込む。
「窓の外にとびっきりかんわい~子がいただけだよん」
肩を竦め、いつものことの様に振る舞えばミナトは小さく笑って「そう」とだけ零した。ミナトが一番初めに問いかけた割にはあっさりとした返事に、少し面白くないと感じてしまうのは我儘なのだろう。窓から見えたその可愛い子について言及されてしまえば上手い誤魔化しもできずに困るのはカケルなのだから。しかしなんとなく、シンについて嘘を吐くのは例え本人がいなくとも後ろめたいのだ。それでも誰かに話を聞いてほしいと思ってしまうのは何故なのか、その理由は分からないのだけど。
「すまない、遅くなった」
「あ、ユキちゃん」
「おつかれ、太刀花」
弁当に敷き詰められた秋が旬の食材。ミナトの手によって美味しそうな茄子の肉味噌炒めへ姿を変えたそれを一口頬張ったところで委員会を終えたユキノジョウがカケルのクラスへと入ってきた。
「思ったより早かったね」
「ああ。思いのほか真面目にみんな話し合ってくれてな」
慣れたように近くにあった椅子をカケルの机に寄せて腰かけたユキノジョウは弁当の包みを広げながら軽く首を傾げた。
「ミナト、やけに嬉しそうな顔をしているな」
「なになに~ミナトっちも、」
「カズオがね、恋をしたみたいなんだ。そう思ったらなんだか嬉しくて」
ユキノジョウの言葉に便乗するようにミナトを茶化そうと開いた口が、言葉を全て発する前に思わずその動きを止める。そして間の抜けた顔で動きを止めたカケルへとミナトとユキノジョウの視線が真っ直ぐ向く。中途半端に箸を持ち上げたまま、随分なタイムラグを迎えてから顔に熱が集まる。
「な、何言ってんのミナトっち⁉」
時間にして一分にも満たないだろうが、しかし何十分にも感じられる程の間を開けてからようやっと止まっていた時間を動かせばミナトはほらねと微笑んだ。それはカケルを茶化すものでもなければ、慌てふためく姿を笑うものでもない。ただただ純粋にカケルが誰かに恋をしたことに喜んでいる顔だった。といってもカケルはまだ一度も誰かを好きになったとも、恋をしているとも言っていないのだけど。彼の勘は時に恐ろしく鋭いのだと、実感する。
まるで全てを見透かしているかのようなミナトの微笑みを見てしまえば、カケルはもう言い訳すらできそうになかった。ユキノジョウもそんなカケルのいやに赤い顔を見て察したのだろう。まるでカケルの言葉を待つように静かだ。こんな時ばかりは、昔から色白な方だと言われる自分の肌が憎らしい。そしてシンに関わることに関しては嘘を吐きたくないという気持ちすら裏目に出てしまった。確かに誰もいなくなったグラウンドを眺めてシンの姿を思い出していたし、その思い出していた子にカケルは甘酸っぱい恋なんてしてしまっているけれど。
「だってカズオが一人のことをそんなに思い出してるなんて珍しいじゃないか」
「俺っちだってたまにはそんな時あるってば」
「ほう、私がいない間に余程分りやすく想いを馳せていたのだな」
「ユキちゃんまでそういうこと言う~!」
手に持っていた箸を弁当の上に置き、掌で顔を覆えば頬に集まった熱が伝わる。吐き出す息すら顔の熱と同じように熱く感じるのだからどうしようもない。ここでいつものように茶化すことができればよかったのに、どうしたってできないのだ。ああ、なんて自分らしくない。
「カケルはその人とどうなりたいんだ?」
「まだその話続けんの⁉」
どうなりたいと言われたって、そのどうなりたいという欲求すら持て余しているのだ。シンに自分と同じ感情を持ってほしいなど、シンが自分のものになってほしいなど、そんなこと考えていない。ただ、シンが楽しそうにしていたらそれで充分に満たされてしまうのだ。あの海辺でカケルに向かって大きく手を振っていたシンの笑顔が守られ、空にかかった虹を見てシンが目を輝かせたように彼のプリズムショーも同じように輝き、それを見ることができればいいとすら思っている。どうなりたいか、その形は夏を終えて秋になっても未だに気付かずじまいだった。
「どうなりたいってか…その子が楽しそうなら、俺っちは、なにも」
カケルの言葉にユキノジョウが成程と呟く。掌を顔から離し、そちらを見ればユキノジョウは何かを悟った顔で頷いていた。
「では、その子を得たいと思った時が来るかもしれないな」
「は?」
「案外、人は欲深い物だ。こと恋慕については尚のこと」
「あ、シンちゅわん」
「カケルさん!今帰りですか?」
学校を終え、寮へと帰っていれば丁度同じように下校していたのであろうシンが門の前にいた。カケルの声に気付いたシンがぱっとこちらを振り向き、顔を見るなり駆け寄ってくる。小走りでこちらにやってきたシンの手には体操服の入っているのであろう手提げが握られていた。それを見てすぐにグラウンドにいたシンの姿を思い出す。
「そうだよん。シンちゅわんも帰りっしょ?お疲れちゃん」
「はい!カケルさんもお疲れ様です」
「…てかそれ、体育でもあったの?」
シンが持っていた手提げを指差し、問いかける。本当はシンがグラウンドにいたことも知っていたし、持久走をしていたことも知っていた。友人と談笑しながらも走っている他のクラスメイトを応援していたのも知っている。しかしそれをシンに告げるのはどうしてだか憚れた。いつものカケルだったらすぐに告げてしまっただろうに、でも今日はそれができそうになかった。シンが知らない場所でカケルがシンを見ていたことを知られるのが何故だか怖いと思ってしまった。
「あ、そうなんですよ。今日は持久走をしました!」
「持久走!本当にお疲れちゃんじゃ~ん」
まるで何も知らないかの様に、普段の自分がそうするように振る舞えば何も知らないシンがそんなことありませんよと笑う。そんなシンの顔を見てあの日の様に目を細める。あれから数か月経ったってシンが笑えばあの海の日差しの様に眩しい。そう、これさえ守られれば他には何も求めていない。求めようと思っていない。欲などないのだ。シンの笑顔の先に、シンの幸せに自分の存在がいなくたっていいのだ。
___
2
「ウェディングがテーマ、ですか?」
食堂に集められ、エーデルローズの主宰である聖から告げられたのは今冬に発売される雑誌の取材と撮影についてだった。プリズムキングカップを終え、実力も認められ注目も集まったエーデルローズに雑誌やテレビの依頼が来ることは随分と増えた。しかしそれは主にover the rainbowに対してであって、カケル達候補生も含めたオファーというのは珍しい。そしてどこか季節外れのウェディングがテーマの撮影となればシンが首を傾げるのは仕方のない事だった。
「ああ。悪い話ではないと思うが、意見を聞こうと思ってな」
決して悪い話などではないし、そもそも自分たちに断るという選択肢もなければ選ぶ気もないのは聖も分かっているのだろう。カケルの斜め前で自分は参加しないと駄々を捏ねるタイガだって最終的には撮影に参加するのは分かりきっていること。
「シンちゅわんはどーすんの?」
「うわっ!もう…カケルさん、変なところ触らないで下さいよ…」
参加の意思を聞くふりをして隣にいるシンの頬を突けば肩を揺らしてから少し困った顔でカケルを見る。言葉で言う割には、そこに拒絶はない。シンが逃げないのをいいことに頬に人差し指を触れさせたままにすれば、諦めたようにされるがままになる。柔い頬の感触を楽しみながらもう一度問えば、目を煌めかせて「僕は勿論参加します!」と答えた。
「カケルさんはどうするんですか?」
「もっちろん。参加するよん」
元々断る気はなかった。参加すれば当然顔が知れるわけで、それは自分自身の売込みにもなるし十王院という名前を広げることにもなる。だが、ウェディングがテーマということはベタに白のタキシードが用意されるかもしれない。その真っ白なタキシードを着て、少し照れくさそうに笑うシンの顔を見ることが参加の一番の理由だと知ったらシンはどんな反応を返すだろうか。今までカケルがしてきた悪ふざけの延長だと思うだろうか。それとも戸惑って言葉を失ってしまうだろうか。後者だったらと思うと本当の理由など言えやしなかった。人の感情が揺れ動く様を見るのは楽しいが、しかし言葉に困らせたいわけではないのだ。
当日、指定されたスタジオへと向かえば用意されていたのは案の定真っ白なタキシードだった。そしてタキシードの他に各々に用意された花束。ベタだと言ってしまえばそれまでだが、目で見て分りやすいテーマは人の目を惹きやすい。そしてそれはカケルにも同じこと。用意された衣装に着替えていると聞こえたレオのいやに弾んだ声に、思わず視線をそちらへと向ければ一足早く白のタキシードに身を包んだシンがいた。一瞬で視線が惹かれ、離せなくなる。
「シンくん、すっごく似合ってます~!」
「そ、そうかな…?」
正装自体にに慣れていないからか、それともレオに褒められて気恥ずかしいのか肩を縮こまらせているシンはまるで新郎のようだった。緊張したその表情すら、その想像を掻き立てて仕方ない。まだまだずっと先の未来だが、いつかシンがカケルの知らない誰かと結婚する時が来たら今日の様に緊張と慣れない正装に小さく縮こまってしまうのだろう。しかしその顔はカケルが大好きな笑顔に溢れている筈で。
「シンちゅわんってば超似合ってるじゃ~ん!」
誰に頼まれたでもなく勝手に思い描いた想像だというのに、シンが誰かと一緒になるという未来に耐えられなくなったカケルはレオの言葉に被せる様に声を上げた。頭の中で秋口にユキノジョウがカケルに言った言葉が思い出される。前と変わらずシンに他愛のない悪ふざけをして、それを軽く窘められて、しかし拒否はしないシンに甘えて、そうやって近くで笑っている顔を見ているだけで満足だと思っていたのに、一体どこから変わってしまったのか。思い出そうとしたってちっとも頭が回りやしない。シンのタキシードか見たかった筈なのに、いざ目にしてみればあまりにも耐えがたく突き刺さる。
「カケルさんまで…」
「だって本当のことだからねん。ねぇ、タイガきゅん」
「俺に振んなよ」
いつもを装いながら、いや完璧に装えているかは分からないが内心カケルは焦りと戸惑いを感じていた。シンの笑顔を独占したいなんて、そんな感情が生まれるなんて予定されていなかったのだ。夏を過ぎ、秋を経てカケルが知らない間に勝手に姿を変え、肥大化していた。白のタキシードを着て、カケルの知らない他人のものになるシンを受け入れたくないと思ってしまったのだから。できることなら今シンが手に持っている造花の花束をシンと一緒に掻っ攫ってしまいたいとすら思っているのだから。
ユウの個人撮影の間、どうにもみんなが揃っているスタジオで過ごす気にならず控室に逃げ出したカケルは大きく息を吸い込んだ。そして吐き出した溜息を隠す様に長机に突っ伏す。人は案外欲深いものだ。ユキノジョウのその言葉はまさしく真実だったのだ。自覚してしまえばもう止められるわけがない。きらきらと煌めいて夏の日差しの様に眩しいシンの笑顔が酷く恋しく、そして自分のものにしたいとすら思ってしまう。シンが好きなのは変わらない筈なのに、どうしてこうも満たされなくなってしまったのか。もっとスマートで、泥臭い姿とは無縁で、そして欲深くない人間でいたかった。あれもこれもと求めてしまえば、最後は何も残らないのだと嫌になるほど教えられていた筈だったし、実際そうやって欲をかいて全てを失った人間を何人も見てきたのだ。十王院という名前を持つものとして全てを失わずに全てを手に入れる手段を叩き込まれていた筈だというのに。
「欲張りはいけないって知ってたはずだったのになぁ…」
シンとどうこうなるつもりはない、今のままでいいと嘯いていたのは確かにカケル自身の欲深さに見て見ぬふりをしていたのもあるし、幼い時から叩き込まれていた二兎を追うものは一兎も得ずという教えが頭にあったからなのだろう。言ってしまえば、大人ぶっているだけの臆病者にすぎないのだけど。
「あ、こんな所にいたんだ」
「ミ、ミナトっち…」
ドアの開く音に顔を上げれば、ミナトがいた。穏やかに微笑む顔はまるでカケルの内心など知っているかのようで。しかし出て行けと言える訳もなくミナトが斜め前に座るのをただ黙って見ているしかなかった。目を合わせてしまえば全てが知られてしまう気がして、シンの顔が見れなくて逃げ帰った自分を見られるのが恥ずかしいと同時に情けなく感じて俯きがちに机の上を見つめる。
「カズオが言ってた、可愛い子ってやっぱり一条だったんだね」
「だからカズオじゃなくてカケルだってば」
未だに直される気配のない呼び名に、カケルも定型文の様にいつもと同じ言葉を返す。やっぱりってどういうこと、と聞けば「だっていつも見てて分かりやすいから」と呆気ない返事。いつも見ている、との言葉に嫌でも恥ずかしさが増していく。いつの間にかカケルはシンのことになると随分と顔に出やすい人間になってしまったらしい。
「…穴があったら埋まってそのままモグラになりたい……」
「はは、その時は頑張って探すよ」
それでさ、とトーンを一つ落としたミナトの声に顔を上げれば真っ直ぐカケルを見つめていた。誰からも母親のようで父親のようであると形容される、その微笑みに変に力の入っていた肩が軽くなる。ようやっとミナトの目を真っ直ぐ見れるようになる。先ほどまで変に重く抱えていたものがすっと軽くなり、本当は愛に恋に悩む自分をこうやって受け入れてほしかったのかもしれないと今更気付く。
「僕でよかったら、恋の悩みくらい聞くよ。参考になるかは、分からないけどね」
なんとなく、誰かを本気で好きになるのは、本気になって愛に恋に振り回されて奔走するのは恥ずかしいことだと思っていた。あれが欲しいこれが欲しいと欲張るのはみっともないことだと思っていた。欲をかいて何も手に入らなかったらと思うと、何も手に入らなかった自分を想像すると人前で必死になることが恐ろしかった。しかしミナトはそんなカケルを丸ごと肯定するように微笑んでいて。
「…俺っちさぁ」
「うん」
気が付けば一つの抵抗もなく本心が零れ落ちていた。何も隠していない、はぐらかしてもいない、カケルが抱えていることそのものだ。
「シンちゅわんの特別に、なりたくなっちゃったんだよね」
夏の日差しの様に眩しいカケルを呼ぶ声だとか、グラウンドから見えた屈託のない笑顔だとか、慣れないタキシードに身を包んだシンの隣だとか。彼の一番になれなくてもいいから特別な存在になりたいと思ってしまったのだ。シンの一番は誰が見たってプリズムショーだ。それを超えることなんて世界中の誰を探したってできやしない。だからこそ、カケルはシンの特別になりたいのだと思ってしまった。きっと、カケルがしきりにシンにちょっかいを掛けていたのだってその感情の表れだったのだろう。そうやってシンの中に自分の存在を根付けたかったのだ。一度気付いてしまえば実に幼く幼稚で簡単なこと。いつからシンに対して欲深くなったのか、とっくに答えは出ていた。気付くきっかけが今日の撮影であっただけで、それこそ最初からカケルはシンの特別になりたいと思っていたのだ。
「シンちゅわんがさぁ、今日の撮影みたいに誰かの為にタキシードなんて着ちゃったらと思ったらさ、すごい嫌だったんだよね」
「そんなことを考えちゃった自分が嫌だったわけだ」
「…そゆこと。あ~!僕ちゃんこんなに心の狭い男じゃなかった筈なのになぁ」
嫌になっちゃう、と頭を抱える。独占欲なんて、かっこよくない。今頃スタジオでは誰かがカメラの向こう、見えない恋人に向かって笑顔と花束を差し出している。その中でシンが誰かに花束を差し出したその瞬間、その手を掴んで掻っ攫ってしまいたい。なんてスマートじゃなくて、なんてかっこ悪い。こんなカケルの姿をシンに見せたくもなければ知られたくもないというのに。
「例えばだけどね、」
ミナトが指を一つ立てる。
「大好きなご飯があったらたくさん食べたいと思うし、自分だけでいっぱい食べたいと思うだろう?」
「…いやいや、そんな簡単じゃないっしょ」
「簡単だよ。美味しいご飯をたくさん食べたいみたいに、カズオはたくさん一条のことを知りたいだけ。美味しいご飯を独り占めしたいみたいに、カズオは一条のことを独り占めしたいだけ」
そんな単純な訳があるかと開こうとした口は、しかし言い返す言葉もなく閉じられる。まるで小さな子供に言い聞かせるようなそれは、カケルの中にしっくりと納まってしまったのだ。
「なんか、ミナトっち狡いわ…」
「…どこが?」
「そういうところ!」
「あ、カケルさん!」
ミナトに頑張れと笑われながら控室を出ればシンの声が響いた。見つけるなりこちらに駆け寄ってくる姿が半年前の夏にシンがカケルを呼ぶ為に大きく手を振っていた姿と重なり思わず肩が跳ねる。先ほどまでミナトと話していた内容もあって、どうにもシンの顔を見るのが憚れる。しかしカケルの為に走ってくれる姿は素直に嬉しいと思ってしまうのだけど。
「あれ?カケルさん、顔赤くないですか?」
「へっ⁉」
カケルの目の前へとやってきたシンが小さく首を傾げて顔を覗き込む。思わず後ずされば更に覗き込むように顔を寄せてくるのだから堪ったものじゃない。ただの心配から来ている行動なのは分かっているのだけれど、心はそう簡単に受け止めないのだ。
「そ、そんなに赤いかにゃ~⁉あっ!でもちょっと控室の暖房がきつかった気がするかな~⁉」
「熱とかじゃ…」
「いやいや!そんなことないない!俺っち超めっちゃ元気よ⁉」
取り繕うように必死で投げる言葉は脳のフィルターを通さずそのまま飛び出すものだから纏まりもなければ言い訳としても杜撰なのだけど、しかしシンはそんなカケルのぼろぼろの言い訳でも信じてくれたようで、なら良かったとカケルから一歩離れた。それに胸を撫で下ろし、小さく息をつく。
「で、シンちゅわんどしたの?」
「あっ、もうすぐカケルさんの番だから呼びに来たんです」
レオくんの撮影が終わったらカケルさんの出番ですよと告げたシンが、一緒に行きましょうとカケルを連れてスタジオへと足を進める。隣へと並べば殆ど目線の高さが変わらないシンの横顔がそこにあった。前を見据えて、ひたむきに真っ直ぐなその視線。その視線は誰も手に入れることが叶わないものだけど、カケルに向けられる時だけは特別なものであってほしいと思う。欲深さに気付いてしまえば、そんな欲求ばかりが再現なく浮かんでは消えていく。
「ねぇ、シンちゅわん」
「はい、どうかしましたか?」
シンの目がカケルへと向く。それに気恥ずかしさを感じながらも、そこにあるのは確かな喜びで。シンの特別になりたい。その特別とは仲間でもなく、友人でもなく、先輩でも後輩でもなく、スタァとファンでもなく。カケルにとってシンが特別であるように、シンにとっての特別にカケルはなりたいのだ。
「俺っちのタキシード姿、どう?決まってる?」
両手を広げて似合っているかどうか聞けば、シンは少し視線を泳がせた後に「はい!とってもかっこいいです!」と笑ってくれる。カケルに向けられているその笑顔だけは確かに、今だけのカケルの特別だった。もしかしたら優しくて素直なシンのことだから誰に聞かれたって似合っていると言ってくれるのかもしれないが、少しくらいは自惚れたくなるもの。自分のことばっかりで全然気づかなかった、シンの赤い頬に自惚れたって誰も怒りやしない。
二兎を追うものは何も得ず、それは確かに真理なのだろうけれど、しかし追いもしなかったら一兎すら手に入らないのだ。何事も時は金なり、カケルから動かなくては独り占めしたいご飯だって誰かに取られてしまうのだとようやっと気付く。
「…ね、シンちゅわん」
「はい?」
「俺っち、…俺ね、シンちゃんのこと特別に大好きなんだよ」
____
3
知らぬは本人ばかり、とはよく言ったもので。カケルもシンも、本人たちが気付いていないだけでとっくの昔に結末は決まっていたのだ。シンはあの通り分かりやすい子であるし、カケルは飄々としているくせに嘘を吐くのはとことん下手だ。ミナトやユキノジョウ、レオは勿論のこと、あのタイガですらシンがカケルをどう思っていて、カケルがシンをどう思っているのかに気付いていた。
リンクの上をユキノジョウとユウと一緒に滑るシンを眺めながら柔く目を細めれば、先ほどまでシンたちと一緒に練習の輪に入っていたレオがミナトの隣へとやってきた。
「ミナトさん、なんだか嬉しそうです」
「分かるかい?」
「だってとっても優しい顔してますから」
レオがミナトと同じようにシンを眺める。リンクの上を滑るシンの笑顔はきらきらと瞬いて、それを見つめるカケルの口元にもシンに乗せられるよう笑顔があって。それはあまりにも眩しい風景だ。それを目の当たりにして微笑まずにいられるわけがない。
シンの特別になりたいとカケルが吐露した時、まるでこの世の終わりのような、とんでもない大罪を犯した罪人のような顔をしていた。誰にも分け隔てのないシンの一番になんてなれなくていいから特別になりたいと。今までの先輩と後輩という関係が、同じ寮生であり仲間であるという関係が崩れてしまうのが怖いと怯えながら自分の欲深さを持て余していた。二兎を追うものは一兎も得ず。その言葉にすっかり震えていたのだ。
しかし知らぬは本人ばかり。そんなに難しく考えなくても本当はずっとシンプルな話。何かを好きになることはあまりにも単純で好きになったものを欲しがるのは当然の話。決して怖いものでもないのだ。素直で真っ直ぐな気持ちを吐き出すのが得意でないカケルだからこそ、こうやって一人でぐるぐると考えてしまったのだろうけれど。いざ口に出してみれば、それはきっとあまりにも滑らかに零れ落ちた筈だ。ミナトはあくまでも、カケルの背中をちょっと押して肯定してあげただけなのだけど。
「そんな西園寺も随分と嬉しそうだね」
今にも鼻歌を歌い出しそうなレオもミナトと同じようにシンとカケルを眺めていて。ミナトと形ややり方は違えど手助けした1人なのだろうと気付く。だからといってその内容まで聞くほど、出歯亀ではないけれど。
「ふふ、みんなハッピーが1番ですから」
「今夜は一条とカズオの好きなものを用意しなくちゃね」
きっと理由を言ってしまったら二人とも照れてしまうだろうから内緒で用意しようと言えばレオは元気よく頷いた。カケルとシンだけが気付かない、二人の為だけのご馳走を用意してあげて。そしたらきっと二人は何も知らないで喜ぶに違いない。傍から見てあまりにも分かりやすい恋が実ったのだ。こんな喜ばしいことがあるだろうか。
___
彼が恋をしていることに気付いたのは、きっと自分が1番早かったと思う。シンがじっと見つめている先に気付いてしまえば、答えは直ぐに分かった。真っ赤な瞳にカケルを映している時のシンはとてもきらきらしていて、しかしカケルが誰かに触れていればその煌めきは少し寂しそうな色を乗せていた。嬉しくても寂しくても、プリズムショーをしている時とは違う煌めきが常に彼の周りにあった。これを恋と呼ばすになんと呼べば良いのか、レオは知らない。
「シンくん、恋してるんですね」
「え、…えっ!?」
夏が終わってすぐ、未だほんのりと夏の名残を残した秋のこと。その日はユキノジョウが稽古で寮に帰ってこず、珍しく一人でお風呂に入っていた時のことだった。シンがレオの後に浴場へ入ってきて、二人で他愛のない話しをして、その延長でレオが切り出したのだ。
シンは恋をしている。そう伝えた時、シンはまるで自分とは無縁の言葉を投げられたように驚いた。いや、実際そうなのだろうけど。自分が誰を好きなのかも気付いていなければ、自分が誰かを好きなことにも気付いていないのだ。
「こ、恋なんてそんな!」
彼は自分の持つ好意にも、投げかけられる好意にも随分と疎いのだと知る。こんなにも彼は美しく煌めいているというのに、その煌めきの理由を知らないのだ。自分より1つ歳上だというのに、どうしてこうも背中を押して応援したくなってしまうのだろうか。といっても、全部教えて導いてあげるほど優しくはないのだけど。ああ、もしかしてカケルの意地悪が少しだけ伝わってしまったのかもしれない、なんて。
「ふふ、すっごく分かりやすいのに。シンくんってばとても真剣にその人のことを見てるんですよ」
「見てるって…」
「その人のこと、すごく好きなんだなって思います」
「うぅ…恥ずかしいな…」
レオのその言葉に、シンが視線を落す。二人しかいない大浴場は静かで、張られた湯に顔がよく映る。シンの頬はうっすらと色付いていて。それが湯船で温まったからではないのは明白。思わず小さく笑ってしまう。今シンが見つめている先に誰が映っているのか、それに気付くのがいつの話なのかは分からないけれど、気付いてしまえば実に単純なこと。
「ふふ、誰かを好きになるのに男性も女性も関係ありません。遅いも早いもありません。…シンくんにとって、その人が特別なだけなんですよ」
「…僕の、特別…」
シンとカケルだけが気付いていない彼らだけの恋の結末をレオは知っている。お互いがお互いを一番見ているはずなのに、肝心なところにはさっぱり気付きやしない。それが恋というものなのだと言ってしまえば、それまでなのだけど。
_____
「んなに見てんと穴開くぞ」
「へ?」
「見すぎだつってんだよ」
リンクの脇、手すりに背中を凭れさせていたカケルにいい加減にしろと言うタイガの方を向けば、今にも飛び出しそうな舌打ちと共にシンばっか見てんなよと叱咤される。しかし見るなという方が無理な話なのだ。決して広いとは言えないリンクの上でユキノジョウやユウと一緒に滑っているシンを目で追えばシンが通ったその軌跡に煌めきがまぶされているようで、1つジャンプを飛べばそれがリンクの上に広がるようで。それがカケルの贔屓目が山のように入っていることは分かっているのだけど、しかし今のカケルにはどうしたってそう見えてしまうのだ。きらきらと陽射しのように煌めいて、カケルの視線を奪って仕方ない。
「なぁ~に~?タイガきゅん、ヤキモチ妬いちゃったのかにゃ~?」
「ちげーよ!おめぇが腑抜けてっから言ってやったんだろうが!」
「タイガきゅんってばやっさしぃ~」
じゃれ合うようにタイガの頬をつつけば容赦なく手を叩かれてしまったが、その手の痛みすら気にならない程に浮かれていた。あれから冬は終わって春になったというのに、それでも夢のように浮かれている。分かりやすい男だなんだと言われたって構いやしない。カケルにとっての特別がシンであったように、シンにとっての特別はカケルだったのだ。これを喜ばずに、浮かれずにいるなんてできるわけがない。
「別に、浮かれんのはいいけどよ。男らしくない真似はすんなよ」
「んふ、優しいタイガきゅんのやっさしぃ~お言葉、ちゃんと肝に命じとく」
タイガへと向けていた視線を再びシンへと戻せば、丁度こちらを見た彼と目が合う。ひらひらと手を振れば、少し気恥ずかしそうにはにかんで軽く頭を下げる。今までだってこんなやり取りは何回もあったけれど、しかし二人の関係に付く名前が変わってしまえばそれだけで慣れないやり取りへと変わるのだ。そしてその慣れないやり取りはこれからも幾度となく繰り返されるのだ。
_____
エピローグ
「俺っち、…俺ね、シンちゃんのこと特別に大好きなんだよ」
まさに青天の霹靂とでも言うべきか。いつも自分の前じゃ飄々としていて、どこか余裕すら見せているカケルの緊張と焦りと、そして不安を抱えた表情に瞬きを繰り返す。それからゆっくりとカケルの言葉を咀嚼して飲み込めば、あまりにも予想もしていなければ予定もしてない言葉だった。しかしどうして、こんなにもするりと飲み込めてしまうのだろう。特別、だなんて。
「僕が、カケルさんの特別…?」
「…そ、驚いたっしょ?」
驚いた。驚いたけれど、しかしどうして戸惑いよりも喜びがくるのだ。呆けたように呆然としながらフラッシュバックの様にレオの言葉と様々なことが思い出される。千葉の海であんなに何度もカケルの名前を呼んでいたのは、帰りの電車ではぐらかされた言葉を必死に追いかけようとしていたのは、本当は秋の日にカケルがグランドから自分を見ていたのを知っていたのに言えなかったのは、カケルのタキシード姿がとても似合っていて見蕩れてしまったのは、全部理由があったからなのだ。カケルが自分以外の人とふざけあっていると少しだけ面白くない気持ちになったのだって、全部そこには明確な理由があったのだ。恋をしている。レオの言葉は突飛なことでも、からかいでもなく、ただただシンのことを思っての言葉だったのだと気付く。レオはあの日分かりやすいなんて言って笑っていたけれど、シンがずっと目で追っていたのはカケルだったのだ。
「驚きました、けど、」
目で追っていたのはただカケルが特別なだけ。その、ただの特別はとても重要だったのだけど。シンはカケルが特別だったから目で追って、その奥で自分意外に構うカケルに理不尽に我儘を抱いたりなんかもしてしまって。ああ、自分はこんなにも欲深いなんて知りもしなかった。
「僕、ずっとカケルさんが特別だったんだ…」
本当はカケルのタキシード姿を見る度に胸騒ぎがした。あんまりにも似合っているものだからカケルが誰かの為に再びこれを着た時のことを考えてしまって、そして考えれば考える程に隣にいる顔も分からない誰かに対して勝手にもやもやして。いざ気付いてしまえばなんて単純で幼い子供みたいな嫉妬。
「シンちゅわん…?」
呆けたままのシンにカケルが首を傾げる。
確かにシンは、カケルに特別な恋をしていた。
「僕、僕も、カケルさんが特別に大好きです」
廊下の奥、スタジオの方からカメラのシャッター音が止みレオの撮影が終わったことを察する。次はカケルの撮影が待っているから早く連れて行かないといけないと言うのに、このまま立ち止まっていてはいけないというのに動けやしない。だってこんなにも胸がいっぱいで呼吸すら苦しくなりそうで、そして驚いたように目を丸くして立ち尽くすシンの特別は、目の前に立つカケルは、自慢したくなるくらいタキシードが眩しい程に似合っているのだから。
視界がきらきらと瞬いて、冬だというのに夏の日差しに当てられたように頬が熱いのは、つまりはそういうことなのだ。
畳む
2026.05.10 23:31:03 編集
今日急にこれが降ってきて謎にドキドキトキメキしてた…ステップアップラブもびっくりのスローペースなラブしとる…
2026.05.09 03:07:20 編集
お付き合い自体はおめぐが小学生の頃からしてたけど、お互いに好き同士だねって気持ちを確認しあったくらいのもんの五伏…
性愛に嫌悪感とまではいかなくても自然と避けるように生きてきたからそういう思考はないし恋愛自体初めてだから勝手の分からないごじょと、同じく恋愛自体初めてどころか全てがごじょが初めての相手だから何も知らないおめぐなので、初めてキスをしたのもおめぐが小学6年の頃。面倒見てる側と見てもらっている側という関係性にお互い好き同士という事実が乗っているだけのようなお付き合いをしていた五伏…でもたまに繋ぐ手とか、たまに絡む視線とか、師弟としてじゃない2人だけで過ごす時間に愛情は十分感じていて不満はなかった五伏……はたから見たらおままごとみたいだけど十分だった五伏……
けどおめぐが高専入ってすぐの頃にごじょとえっちなことをする夢で夢精して精通したことをきっかけにキス以上の愛し合い方を知る五伏………
性愛に嫌悪感とまではいかなくても自然と避けるように生きてきたからそういう思考はないし恋愛自体初めてだから勝手の分からないごじょと、同じく恋愛自体初めてどころか全てがごじょが初めての相手だから何も知らないおめぐなので、初めてキスをしたのもおめぐが小学6年の頃。面倒見てる側と見てもらっている側という関係性にお互い好き同士という事実が乗っているだけのようなお付き合いをしていた五伏…でもたまに繋ぐ手とか、たまに絡む視線とか、師弟としてじゃない2人だけで過ごす時間に愛情は十分感じていて不満はなかった五伏……はたから見たらおままごとみたいだけど十分だった五伏……
けどおめぐが高専入ってすぐの頃にごじょとえっちなことをする夢で夢精して精通したことをきっかけにキス以上の愛し合い方を知る五伏………
2026.5.7にメッセージくださった方へ
豆本とアクリルコースターをお手に取っていただいてたみたいで、ありがとうございます!まっさらなのも味気ないよな〜とお絵描きした段ボールまで取っといていただいてて嬉しいやら恥ずかしいやらです…(笑)
こちらの箸置きですが、本来配布予定がなかったものとは言え思ったより爆速で完売したので再販検討中です。といっても、BOOTHやめるって言っちゃったし、イベント出るのは避けたいし…で仮に再販するとしても配布方法も含めてまだまだ検討中でして…🥲
ただ、ご飯の写真は私が勝手に見たがってるだけなので!全然お気にならさず!
可愛くなれー!!と念じながら描いてるので、メッセージとても嬉しかったです。有難いメッセージと合わせて、再販どうするかの参考にさせていただければと思います。
改めて、メッセージありがとうございました!
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豆本とアクリルコースターをお手に取っていただいてたみたいで、ありがとうございます!まっさらなのも味気ないよな〜とお絵描きした段ボールまで取っといていただいてて嬉しいやら恥ずかしいやらです…(笑)
こちらの箸置きですが、本来配布予定がなかったものとは言え思ったより爆速で完売したので再販検討中です。といっても、BOOTHやめるって言っちゃったし、イベント出るのは避けたいし…で仮に再販するとしても配布方法も含めてまだまだ検討中でして…🥲
ただ、ご飯の写真は私が勝手に見たがってるだけなので!全然お気にならさず!
可愛くなれー!!と念じながら描いてるので、メッセージとても嬉しかったです。有難いメッセージと合わせて、再販どうするかの参考にさせていただければと思います。
改めて、メッセージありがとうございました!
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歌姫せんせ、ごじょがサモエドぬいに妬いて寝起きのおめぐにダル絡みしたの聞いたらドン引き馬鹿笑いしてくれそうで好き
2026.05.07 03:24:06 編集
2026年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
Powered by てがろぐ Ver 4.2.0.
過去絵:2020~21 /2022 /2023 /2024 /2025 /2026
(最終更新26.2.27)
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小説:忘れ形見/朝露と共に消えていくもの/閑話休題/スリーピングビューティー(R18)/きらきらぼし/明日はソファを買おう。(R18)/「褒めて!」(R18)/愛を知ってしまった僕たちは呪われてしまった/グッバイオールドブルー/麦茶素股(R18)/今日はポイント3倍デー(R18)
SS:お風呂/目隠し/七海と飲み会/弔い/歯型/ひっつき虫in夏/彼岸/向日葵(伏)(五)/夏祭り/隣がいない夜/恵の部屋で(R18)/呼び声/ハンドクリーム/ホットケーキ/薬指/性欲/喧嘩/人魚の夢/こたつみかん/寝正月(R18)/彼シャツトレンカ(R18)/危機感/深爪、ダメ絶対/長い夜/そのくらいの我儘、/モーニングルーティン/知らぬが仏/待ち合わせ/逢いたい/さみしい2人/今際/うなじ/つむじ/私は察しのいい女/セックスの仕方/散髪/プロポーズ/明晰夢/お説教/大人向けコーナー/誘い下手/それって結構愛じゃない?/よしよしわふわふ/盛り上がった朝/愛が重い/ビッグベイビー/ふたごたまご/早寝遅起き/偏頭痛(五)/キュートアグレッション/暑さ対策/自慢したがり/不器用/名前だけの星/フラッシュバック(R18)/エチケット/形の遺るもの/天変地異/酔っ払い/待ちきれないのはお互い様/芽生え/ナンパごっこ/偏頭痛(伏)/かき氷/飴玉スーパーブルームーン/悪い夢/ココア/いんがおうほう/元旦/リベンジ/合わせる顔がない/ご都合呪いに気をつけて(R18)/花束を私から貴方へ/ごじょ誕2024/伏黒恵専用スマホスタンド/子猫の甘噛み/山なし落ちなしむっつりさん/ひとりごと/まんまる虫/香水/リッチな特別コーヒー/パプリカ/反省の弁は要らない/今日はそういう日/つまりは惚れた弱み/僕の恵ってえっちだ/麦茶といたずら/確信犯と横着者/夏の風物詩/小説より奇なり/内緒の話/匂わせ/うたた寝、冷めたコーヒー/はじめての/共に過ごすということ
自分用柊英まとめ
僕らに赤い糸は見えない。(鉢雷)
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