薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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合わせる顔がない
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大衆居酒屋の喧騒はしみったれた話も、伏黒の姿も上手いこと隠してくれる。釘崎がとりあえずと頼み、運ばれてきたビールはよく冷えていた。
「で、なによ」
一息にビールジョッキの半分を飲んだ釘崎が伏黒を見る。わざわざ呼んだのだから何か大事な話でもあるのだろう、そう目が言っていた。
前世の記憶、なんて物語だけのものだと思っていたがそれは実際にあった。思い出したそれは確かに現実の経験として伏黒の胸にすっと落ちてきて、そして転居生活の始まりになった。まずは生まれた時から自分の隣に居た津美紀から逃げるように寮のある高校へと上がった。卒業後はすぐに地元から離れた所へ就職して、少しでも見知った顔を見つけたら職を変え住む場所を変えた。合わせる顔がなかったのだ。きっと伏黒が悪いんじゃないと言ってくれるだろうが、しかしその優しさにも耐えられる気がしなかった。人殺しと口汚く罵ってくれればいいが、悲しいことにそれは想像できなかった。伏黒が殺した人達はそういう人達だ。
そんな中で釘崎だけは、伏黒が唯一やり取りをしている相手だった。自分が手を下していないから顔が見れる。情けない理由だ。
「引っ越そうと思って」
「また?今度はどこ…つっても答えるわけないわよね」
「だから釘崎と会うのも今日が最後になる」
伏黒の言葉に、つまみの枝豆を持ったまま釘崎が目を瞬かせる。それから呆れたように息を吐き出した。
「そ。結局誰とも会わずに生きるのね」
「…ああ」
「一応聞いとくけど、先生はどうすんのよ。好きだったでしょ」
釘崎の指先に押されて枝豆の中身が取り皿に1つずつ転がっていく。伏黒の返事を待つように黙々と中身を取り出していく釘崎をぼんやりと眺めながら、伏黒は漬物のきゅうりを1つ齧った。
遥か遠い昔、まだ自分が酒も飲めず社会人でもなく、見知った誰かを手にかけるとも思わなかった15の学生時代。伏黒は五条が好きだった。どこから始まった恋かはもう分からないが、出会ったばかりの幼い伏黒にとって五条という存在は鮮烈なものだった。忘れたくても忘れられない。視線が自然とこの人を追いかける。いてくれるだけで安心する。初めて信用した大人だった。だから尚のこと、会えるわけがなかった。
「…会えるわけねぇし、合わせる顔がない」
「ふぅん」
今度は皿にいくつも転がる枝豆を箸で1粒ずつ食べながら、気のない返事をした釘崎は再びビールを呷った。こうして釘崎と会うのも片手で足りる程だが、どうせ今日が最後なんだと伏黒はビールで軽く口を湿らせてから言った。
「2度も同じ人に失恋すんの、キツいし」
「えっ、失恋してたの?告白してたわけ?」
「してない。けど、あの人は俺の事見てなかった。告白する前から振られてるようなもん」
「いや言ってみないと分かんないでしょ、それは」
ぽろりと箸から落ちた枝豆をそのままに、釘崎がぐっと身を乗り出して詰め寄る。それを手で制しながら伏黒は、遥か遠い過去の記憶なのにいやに鮮明に思い出せる五条との記憶を辿った。伏黒を見ているようで、どこか遠くを見ているような、ここではないどこかを見つめる五条の瞳だ。それを見る度に胸がきゅうと嫌な音を立てて、自分の気持ちに惨めになった。捨てられもせず、ただ燻らせているだけだったのに。
今もまたその記憶に胸が嫌な音を立てて、鼻の奥がつんとする。伏黒だけは未だに五条への想いを燻らせているが、もしも五条にもこうして自分や釘崎と同じように昔の記憶があったとしたら。昔と変わらぬ瞳がそこにあったとしたら。むしろ五条を殺めた伏黒の姿に嫌悪感を示すかもしれない。考えただけで血の気が引いて呼吸が詰まるようだった。
「いやね、男の涙とか見たくないわよ」
「泣いてねぇ」
「あーやだやだ!男の未練って!」
それから乗り出した身体を戻して釘崎がにっと笑う。
「まぁいいわ。最後に好きなだけ話聞いてやるわよ。あんたの奢りでね」
「…助かる」
小さく笑って、伏黒はやっとビールを大きく呷った。釘崎に何も言わずに姿をくらませることは簡単だが、それが出来なかったのはやはり人の優しさに甘えたいからだった。
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2024.05.29 02:55:51
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大衆居酒屋の喧騒はしみったれた話も、伏黒の姿も上手いこと隠してくれる。釘崎がとりあえずと頼み、運ばれてきたビールはよく冷えていた。
「で、なによ」
一息にビールジョッキの半分を飲んだ釘崎が伏黒を見る。わざわざ呼んだのだから何か大事な話でもあるのだろう、そう目が言っていた。
前世の記憶、なんて物語だけのものだと思っていたがそれは実際にあった。思い出したそれは確かに現実の経験として伏黒の胸にすっと落ちてきて、そして転居生活の始まりになった。まずは生まれた時から自分の隣に居た津美紀から逃げるように寮のある高校へと上がった。卒業後はすぐに地元から離れた所へ就職して、少しでも見知った顔を見つけたら職を変え住む場所を変えた。合わせる顔がなかったのだ。きっと伏黒が悪いんじゃないと言ってくれるだろうが、しかしその優しさにも耐えられる気がしなかった。人殺しと口汚く罵ってくれればいいが、悲しいことにそれは想像できなかった。伏黒が殺した人達はそういう人達だ。
そんな中で釘崎だけは、伏黒が唯一やり取りをしている相手だった。自分が手を下していないから顔が見れる。情けない理由だ。
「引っ越そうと思って」
「また?今度はどこ…つっても答えるわけないわよね」
「だから釘崎と会うのも今日が最後になる」
伏黒の言葉に、つまみの枝豆を持ったまま釘崎が目を瞬かせる。それから呆れたように息を吐き出した。
「そ。結局誰とも会わずに生きるのね」
「…ああ」
「一応聞いとくけど、先生はどうすんのよ。好きだったでしょ」
釘崎の指先に押されて枝豆の中身が取り皿に1つずつ転がっていく。伏黒の返事を待つように黙々と中身を取り出していく釘崎をぼんやりと眺めながら、伏黒は漬物のきゅうりを1つ齧った。
遥か遠い昔、まだ自分が酒も飲めず社会人でもなく、見知った誰かを手にかけるとも思わなかった15の学生時代。伏黒は五条が好きだった。どこから始まった恋かはもう分からないが、出会ったばかりの幼い伏黒にとって五条という存在は鮮烈なものだった。忘れたくても忘れられない。視線が自然とこの人を追いかける。いてくれるだけで安心する。初めて信用した大人だった。だから尚のこと、会えるわけがなかった。
「…会えるわけねぇし、合わせる顔がない」
「ふぅん」
今度は皿にいくつも転がる枝豆を箸で1粒ずつ食べながら、気のない返事をした釘崎は再びビールを呷った。こうして釘崎と会うのも片手で足りる程だが、どうせ今日が最後なんだと伏黒はビールで軽く口を湿らせてから言った。
「2度も同じ人に失恋すんの、キツいし」
「えっ、失恋してたの?告白してたわけ?」
「してない。けど、あの人は俺の事見てなかった。告白する前から振られてるようなもん」
「いや言ってみないと分かんないでしょ、それは」
ぽろりと箸から落ちた枝豆をそのままに、釘崎がぐっと身を乗り出して詰め寄る。それを手で制しながら伏黒は、遥か遠い過去の記憶なのにいやに鮮明に思い出せる五条との記憶を辿った。伏黒を見ているようで、どこか遠くを見ているような、ここではないどこかを見つめる五条の瞳だ。それを見る度に胸がきゅうと嫌な音を立てて、自分の気持ちに惨めになった。捨てられもせず、ただ燻らせているだけだったのに。
今もまたその記憶に胸が嫌な音を立てて、鼻の奥がつんとする。伏黒だけは未だに五条への想いを燻らせているが、もしも五条にもこうして自分や釘崎と同じように昔の記憶があったとしたら。昔と変わらぬ瞳がそこにあったとしたら。むしろ五条を殺めた伏黒の姿に嫌悪感を示すかもしれない。考えただけで血の気が引いて呼吸が詰まるようだった。
「いやね、男の涙とか見たくないわよ」
「泣いてねぇ」
「あーやだやだ!男の未練って!」
それから乗り出した身体を戻して釘崎がにっと笑う。
「まぁいいわ。最後に好きなだけ話聞いてやるわよ。あんたの奢りでね」
「…助かる」
小さく笑って、伏黒はやっとビールを大きく呷った。釘崎に何も言わずに姿をくらませることは簡単だが、それが出来なかったのはやはり人の優しさに甘えたいからだった。
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