薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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小説107件]2ページ目)

パプリカ


「こら、持ってきなさい」
 僕の言葉に恵は分かりやすくむすっとした顔をした。もう20歳なんだからそんな子供みたいなことをするんじゃないの、そう伝えても恵は素直に頷かない。好き嫌いせずに何でも食べなさい、とまでは教育してないが、嫌いな食べ物をカゴから無断で戻すようには育てていない筈だ。少なくとも津美紀はそんな教育はしていない。ていうか津美紀の前じゃそんなことしない。
 夕食の買い出しをしている主婦の方達の隙間を抜け、ついさっき立ち寄ったばかりの野菜売り場へと戻る。新鮮なぴかぴかのパプリカが並んでいるそこに恵を連れて行けば「彩りなんだから別にあってもなくても味変わんないでしょ」なんてのたまう。
「変わんないんなら入れてもいいよね。3倍くらい入れとく?」
「入れない」
 嫌だなぁという顔をしながら適当なパプリカを手に取った恵は、僕が持つカゴに渋々1個入れた。さらっと手に取ったように見えて、なるべく小さそうなのを選んでいたのを僕は見逃していない。小賢しいというべきか、往生際が悪いというべきか。
 僕の作った晩御飯が食べたいと言ったのは恵の方だ。それなら中に何が入っていても文句は言わせない。このスーパーに入った時から楽しい夕食は始まっているようなもの。わざわざ自分の嫌いなものを入れようとする僕に抵抗するところから、最終的に僕の皿にパプリカを全部移して食べさせてご馳走様するまでが夕食だ。
「ていうか、そんなにパプリカ嫌いでどうするの。悠仁達とご飯食べ行った時とか」
「虎杖が代わりに勝手に食ってくれるんで大丈夫です」
「………え!?」
「なんすか、大声出して」
「いや…」
 驚いた。恵が僕以外の他人に嫌いなものを食べてもらっていることに。こう見えて恵は僕以外の前では嫌そうな顔はしつつも無言で食べる。津美紀の前でも一応食べる。パプリカ嫌いがかっこ悪いとは思っているのだ。その恵が、悠仁達の前では人に食べさせている。それだけ素直になれる友人が恵に出来て嬉しい反面、僕だけに見せる可愛い弱みだとも思っていたから寂しい気持ちやらも湧いてくる。もう恵のパプリカを食べてあげるのは僕だけの特権ではないらしい。
「……」
「あっ、こら。しれっと戻すんじゃない」
 僕が様々な感情に動きを止めていると、これ幸いと言わんばかりに再びパプリカを元に戻そうとする。その手を静止してとぼとぼとレジに向かう。親離れしていく子供を見守る親の気持ちってやつ?なんて考えているとちょいと服の裾を引かれた。
「さっきみたいなの、五条さんにしかやりませんよ」
 さっきみたいなの。パプリカを食べたくなくて(結局最後に食べるのは僕だけど)戻しに行く一連のこと。僕にしかやらない。子供の駄々っ子みたいな抵抗。
 僕が何にしょぼくれているのか理解しているというよりは、可愛いこと言ってこのパプリカを買わせないつもりだろう。そういうところも小賢しいと言うべきか、あざといと言うべきか。
「…くやしい!」
「んわ、ちょっと、…!」
 手のひらで転がされている気がして悔しくて、恵の鼻を一瞬摘んでから僕はカゴのパプリカをそのままに会計の列へと並んだ。
 今夜の恵の皿には、3倍盛りのパプリカだ。

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リッチな特別コーヒー


 有識者曰く、ドリップコーヒー・インスタントコーヒー・缶コーヒー、これらは全てコーヒーと名が付くが別物だという。
 とくに味に拘りは無いが、コーヒーを飲む方である伏黒には一応言わんとすることは分かる。だが基本的に飲みたい時にすぐ飲めればいいので、家で飲む時はスーパーで買ってきた手頃なインスタントコーヒーをマグカップに適当に入れて、適当に沸かした湯でもって適当に飲む。たまにカフェで飲むコーヒーは確かに美味いが、わざわざ家で再現してまで飲みたいほどの拘りはなかった。
 けれど伏黒と五条が暮らすこの家にはコーヒーミルとドリッパーが置いてある。通販で買ったちょっと高い良いやつ。買ったのは勿論、五条だ。
 裸足をぺたぺたと鳴らしてキッチンに立つ五条の元へと向かう。下着1枚の五条は背中に昨夜の名残を乗せながらケトルでお湯を沸かしていた。お湯が用意されるまでの間にマグカップをふたつ手に取り、特売だったからとスーパーで伏黒が買ってきたインスタントコーヒーに手を伸ばすのを見て声をかけた。
「おれ、今日はあれがいいです」
 ぴたりと五条の手が止まって、ゆっくりと背後の伏黒を振り返る。ちょっと下唇を尖らせているのは面倒くさいの顔だ。
「めんどいんだけど」
 やっぱり。
「でもあれがいいです。リッチなコーヒー」
「ん〜…」
 渋々、と言った様子で五条の手が方向を変えてキッチンの隅っこに置かれているコーヒーミルと豆に向かう。
 埃を被りかけているコーヒーミル達は五条が以前買ってきたものだ。ネットかテレビか、何かに触発された五条がこの一式を揃えたのだ。どれも決して安くはないものを買い、やっぱコーヒーと言ったらこれでしょ!なんて言って形から入った。しかし形からとはいえ丁寧に作られたコーヒーは実際美味しかったし、五条も目を輝かせていた(砂糖を山ほど入れたそれは、果たしてここまで丁寧に挽いたところで味が分かるのか、と疑問に思ったが胸にしまった)。けれどその感動も最初の数回だけで、豆を挽き、ドリッパーをセットし、ゆっくりを湯を注ぐ諸々という一連の手間の前では呆気なく霞んでしまったのだった。
 それから使われることはすっかり減ったが、埃が積もりそうになると伏黒が声をかけるのだ。五条が丁寧にいれてくれたコーヒーが飲みたいと。それはなんて事ない朝だったり、事務仕事をやらないといけない昼時だったり、夕食後の緩やかな時間だったり、今みたいに昨夜は随分と遅く(どちらかと言えば朝に近い)までベッドの上で過ごした後の昼に近い朝だったり。
「飲みたいんなら自分でやんなよ」
「やり方知らないんで」
「嘘つけ。てかスマホで調べられるでしょ」
 五条の横に立って顔を覗くと、相変わらず下唇はつんと尖っていて言葉も余すことなく「面倒くさい」と訴えている。それでも手は止まることなく伏黒の為に動いているのだから、ついつい甘えてしまうというもの。
「誰がこんな我儘で甘えたに育てたかな〜」
 そうぼやいた五条の背中の傷跡をちょん、と指先でつついた。

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麦茶素股※五伏♀麦茶と思ったけど別に麦茶ではなかった&2021~23年に書いたものなので細かい齟齬は許してね
自カプを数字で

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香水


「風呂、入ってきてください」
 む、と眉間に皺を寄せた伏黒が人の顔を見るなりそう告げた。なんなら玄関に立ち尽くす五条から少し距離まで取られ、思わず自分のシャツの襟元を嗅ぐ。任務やら何やらを終えて帰宅したばかりとはいえ別に汗臭くはない、はず。呪霊の変な体液を浴びたでもないし、呪詛師の返り血を浴びたでもない。
 しかし強いて何か匂うとするなら、香水くらいか。今日は任務の後に御三家のお堅い集まりがあったのだ。乗り気じゃない集まりだったが、一応当主としての最低限の身嗜みとして、軽くワンプッシュ。
「臭い?」
「臭いっていうか…俺、その匂い嫌いです」
「その匂い?」
「五条さんが家の集まりとかでたまにする香水」
 少し口を尖らせた伏黒が、ふいと顔を逸らした。少し拗ねたような顔。
 今までにもこの香水を使ったことは何度もある。任務以外にも何かと呼ばれることは多く、場によっては使うことがあった。伏黒だって今日初めて嗅いだものではない筈なのに、どうして今になって。今までと今日、何が違うか玄関で靴も脱がずに考える。
 最後に使ったのはいつか。伏黒の前でこの香りを纏ったのはいつか。記憶を辿って、少しの間。伏黒が痺れを切らしたところで「あ、」と答えに気付く。
「いいから早く風呂に、」
「僕の匂いしなくて嫌なんだ!?」
 ぴたりと伏黒の動きが止まる。それからじわじわと頬に色が乗る。
 つい最近までもこれを使うことは何度もあったが、この香りを残したままで伏黒と顔を合わせたのは随分と前のことだった。伏黒が中学に上がったばかりの付き合う前。あの時は新年の集まりが終わるなりその足でアパートに遊びに行ったのだったか。その時と変わったことといえば伏黒との関係。付き合うようになって、当然触れ合いもずっと近くなった。セックスの時、伏黒は自分の首元に顔を埋めて深く息を吸うのが好きなのも、今は知っている。
 伏黒は、五条の匂いが好きなのだ。
「今までこれ付けてる時は会わなかったり、会う前にシャワー浴びてたりしたから全然意識してなかった。そっか、これしてたら邪魔だよね」
 靴を脱いで玄関から一歩踏み出す。言い当てられて伏黒は首まで真っ赤だ。眉間の皺はそのままに、けれどなんて答えればいいのか分からないというようにはくはくと口を開け閉めしている。
「ダッシュでシャワー浴びてくる!ちょっと待っててね。あと香水は捨てる!」
「っべ、別に、捨てなくて、いい……俺の前で、しないでくれたら…」
 伏黒の手を引いてリビングに放り込んで、自分はどたばたとバスルームに駆け込みながら言えば、もごもごといじらしいことを言う。
 そういえば香水はどうやって捨てればいいんだろうか。この間買い直したばかりで中身の残ったそれを思い浮かべながら、五条はバスルームの扉を勢いよく閉めた。

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まんまる虫


「めずらし」
『……寝れなくて』
 恥ずかしさを乗せた声がスマートフォンの向こうから響いた。深夜3時半、任務でもなければとっくに伏黒は寝ている時間。こうして真夜中に電話をかけてくるのは余程のことだ。眠りも浅くて時間もそんなに必要としない自分としては、いつ電話で起こしてくれても構わないのだが伏黒はそれをしない。
『すいません、こんな夜中に』
「どうせ起きてたしいいよ。子守唄でも歌ってあげようか」
『…話が、聞きたいです』
 五条の提案を無視して、伏黒が小さくこぼす。どこか元気のないその声には覚えがあった。小学六年生になって背伸びをしたがった津美紀が、友達の家に泊まると言って不在だった日の夜だ。今日みたいに真夜中、当時渡していた子供用の携帯電話を使って伏黒が五条にかけてきたのだ。
「いいよ。つっても仕事ばっかでそんな面白い話ないけど」
『それでもいいです』
 スマホの向こうから衣擦れの音が聞こえる。布団の中で丸くなっているのかもしれない。眠れない時、伏黒は布団の中で小さく丸くなるのだ。
 今日を振り返りながらぽつぽつと伏黒に語りかける。宿の朝食が伏黒好みの味付けだったとか、現場の周辺を見回っていたら野良猫が井戸端会議をしていただとか、祓除帰りに落ち着いた佇まいの喫茶店を見かけただとか、大きな盛り上がりも驚くようなオチもない話。
 五条の話に小さな相槌だけを返していく伏黒はきっとまだ布団の中でまんまるだ。小さく小さく身体を畳んで、布団の真ん中で息を潜めるようにして五条の声を子守唄に眠気がやってくるのを待つ。いつやってくるのかは残念ながら五条にも分からない。
「歯がゆいってこういうことを言うんだよね」
『…何が?』
「もっと近場で任務だったらさ、ダッシュで帰って恵のこと寝かし付けられたのに」
『寝かし付けるって、子供じゃあるまいし』
「子供だよ。まだまだでっかい子供。」
 スマホの向こうで吐息の漏れる音。小さく笑った伏黒が「じゃあ子供の特権ですね」と言う。
『忙しい五条先生の時間をこんなことに使わせてるんですから』
「子供の特権じゃなくて、恵の特権。言っとくけど恵がいい歳したオッサンになっても僕の寝かし付けサービスあるからね」
『贅沢すぎる』
 くすくすと笑った伏黒が小さく欠伸をこぼす。どうやら伏黒の笑い声につられてやっと睡魔がやってきたらしい。衣擦れの音。しばらくもぞもぞと音が続いたから、もしかしたら布団の中から頭を出したのかもしれない。まんまるになるのをやめて寝る体勢に入ったらしい。
「もう寝れそ?」
『…ん』
 津美紀が泊まりでいなかった夜と今夜の伏黒は一緒だ。急に訪れたどうしようもなく寂しい夜が、伏黒のことを布団の中のまんまる虫にしてしまったのだ。本当は沈んだ声で寝れないなんて電話を寄越すほど溜め込まず、こまめに五条に寂しさを吐き出してくれればいいのだが、それが出来るようになるのはまだ先の話だろう。わがままのやり方も甘え方もまだまだ勉強中だ。
「おやすみ」
『おやすみなさい』
 その声は最初に掛けてきたのとは違って、もうふにゃふにゃだった。

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ひとりごと


 出会って13年ほど、うち付き合って5年ほど。最近になって五条さんが何をしたら喜ぶのか学んできた。正しくは学んだというより自信を得た、と言うべきか。これだけ長い付き合いがあれば味の好み、服の趣味、寝る前や朝のルーティンetc.大体のことは知っていく。それでもどこか「これなら喜ぶだろうか」と確信が持てなかったものが、ここ最近は「これは喜ぶな」に変わったのだ。
 振り返ってみれば俺が五条さんに何かしたことで不機嫌になることも本気で嫌がられることも殆どなかったのだが、それに気付くのにも同級生いわく鈍い俺は時間がかかった。いや、最初から実らないもんだと思っていて墓まで持っていこうとしていた気持ちなのだ。それが紆余曲折の末に実ったとて、素直に両手を上げてハッピーエンドおめでとうと喜べるだろうか。正直なことを言うと付き合えたのは何かの冗談かもしれないと思っていたのだが、初めて身体を重ねた日の朝に「もしかして俺のこと好きなんですか」と聞いたらちょっと泣かれて「鈍いのも限度があるよ」と言われて少し反省した。
 閑話休題。
 とにかく五条さんは甘いものが好きだし、服は大きなこだわりはないがシンプルなものを好む、寝る前と朝には1杯の水を飲むのが決まり。そして意外にも俺を困らすよりも、俺に困らされる方が好きだ。
 俺は元来いたずらなんて好む方ではないしやろうとも思わないが、それでもふとした思いつきで五条さんにされたいたずらをやり返すとそれはもう嬉しそうにするのだ。俺に面倒くさいお願いごとや我儘を言われても困った顔をしながら嬉しそうに仕方ないなぁと笑う。
 あの人が手慰みに俺の頬を揉むように、俺も五条さんの二の腕やら胸板やらの感触を楽しむ時があるのだが、ついこの間ちょっとした出来心で読書のお供にあの人の股間を掴んだ。何故股間かと言われれば、行為の最中にあの人が俺の下半身…竿より下の袋の方をやけに楽しそうに揉んでいたからだ。それがあまりにも楽しそうだったものだから、そんなに触り心地がいいのかと手が伸びた。窘められはしたものの結局本気で止められなかったのだが、なんだかんだで嬉しそうだった。
 以下は、時折俺にいたずらをされたり面倒な絡み方をされても嬉しそうな五条さんに理由を聞いた時の台詞だ。
『えぇ?そりゃ嬉しいよ。昔は絶対人には懐きません!みたいな顔してた子が、僕がNOと言わないのを分かってて我儘言って困らせてくるんだから可愛いったらないよね。まぁ恵のあまりの鈍さに泣いた日もあったけど、今となっては笑い話というか…なんなら今こうやって「面倒くさくないですか」て聞いてくるのすら堪んないね。恵がここまで成長するまで長かった。ネガティブになる度に僕が懇切丁寧にしつこいくらい恵のことが好きだって説明した甲斐があったというか…』
 以下省略。この後も長々と俺が如何に鈍くて、その度に如何に愛を説いたかを語られて再確認させられたのだがまた別の話だ。どうせなら逃がさず再びじっくり分からせようと、両手を掴まれながら話をひたすらに聞かされて「わーっ!」と叫び出さなかった俺は偉い。

 思い出しているとじわりと頬に熱が乗った。日が落ちるとまだまだ冷え込む。五条さんが来るのを待ちながらコートの襟に口元を埋めた。今日は五条さんと夕食を食べに行く予定なのだ。
「なーに難しい顔してんの」
「っ!」
 いつの間にか正面に来ていた五条さんに声をかけられて「わーっ!」と叫び出さなかった俺は偉い。脳内でぐるぐると振り返っていた俺は目の前に来ていたことにも気付かなかったらしい。変な汗が背中を伝う。
「やらしいこと考えてた?」
「なわけないでしょ」
「僕のこと?」
「……違うって言ったら?」
 「うそつけ!」と嬉しそうに笑った五条さんは俺の手を引いて元気よく歩き出した。今夜は中華だ。
 あの日、俺に長々と語った五条さんは最後に言った。
『とまぁ色々言ったけど、これからも気にせず恥ずかしがらずに我儘言って僕を困らせてね。』

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山なし落ちなしむっつりさん
本当に山なし落ちなし意味なし


 猫はクッションや人のお腹を前足でふみふみと揉んでこねることがある。スマートフォンで「猫 ふみふみ」で調べると、その行動の意味はリラックスしているだとか、愛情表現だとか、安心であるとか出てくる。なるほどなぁ、と画面をスクロールしながら一人でうんうんと僕は頷いた。
 ということは、恵がいましているこれはリラックス、愛情表現、安心、そのどれなのだろうか。
「…恵、なんで今日はそこを揉んでるのかな?」
 恵はちょくちょく猫のふみふみみたいなことをする。僕の身体で、だ。すすすっと僕の横に座ったかと思えば二の腕をマッサージするようにむにむにと揉んでくる時もあるし、布団の中で邪険にするんでもなく僕の胸をぐいぐいと手のひらで押してくるときもある。何を考えているのか分からない顔で、無心で人の身体の感触を堪能するのだ。好きな子との性的なものを含まない温い触れ合いは心地よかったし、小動物に懐かれてるみたいで悪い気もしなかった。だから可愛いなぁと今までは放置していたのだが。
「なんか、触り心地よくて」
「じゃあ自分の触ればいいじゃん」
「俺が変態みたいじゃないですか」
「変態だよ!」
 ソファで明日の任務資料を見ている僕の横にやってきたかと思えば、恵はおもむろに人の股ぐらに手を伸ばしてきた。そして文庫本を片手に僕の油断しきっていた大事な部分、竿じゃなくて袋の方をふにふにと揉んできたのだ。急所を掴まれて驚かない男はいない。びくりと身体を跳ねさせたのは仕方ないことだ。が、そんな驚いている僕を気にすることなく恵は読書のお供に僕の大事なところの感触を楽しむもんだから、普段なら何も言わずに放置している恵のふみふみに口を挟んだ。その回答がこれだ。
「腕とか胸は好きなだけ揉んでいいからさ、そこはやめてもらっていい?」
 好きな子に触れられて嫌な人間はいない。だが流石に場所が悪すぎる。僕だって一応まだまだ元気な一人の男なのだ。そんな意図が一切ないのは触り方で分かっていても、ついつい恵が触っているところの上、要するに竿の部分が元気になりそうになる。僕自身にそんな気は一切なくても、困ったことに身体は単純だ。
 僕の困った声にやっと顔を上げた恵が、ちょっと考える顔をしてから再び視線を本に戻した。僕の顔は少し熱を持っている。気付いたのなら手を離してほしいんだけどな。
「勃ちそうなら萎えること考えたらいいんじゃないですか」
「恵が触るのやめればいいじゃん」
「今日はここの気分なんですよ」
「いや、ほんとに勘弁して…」
 快感を与えるでもない、本当に感触を味わうだけの手つき。はぁ、と深く息を吐き出して煩悩を追い払う僕はなんて健気なのか。やろうと思えば恵の手を撥ね除けるなんて簡単なのにそれをしないのだから。この健気はまたの名を惚れた弱み、とも言う。
 もう資料に目を通すのはやめて、ソファに凭れる。目を閉じると余計に触れられている感覚が鮮明になるから天井の隅っこを見つめた。萎えることってなんだ。急に言われると案外浮かばないもので、萎えることを見つける前に天井に穴が開きそうだった。
「じゃあほら、俺に抱かれるの想像したらどうですか。嫌でしょ」
「え?いや別に」
段々険しくなっていく僕の顔に見かねたのか、恵が助け船を出してきた。しかし僕は恵が思っているほど今のポジションに強い拘りはないのだ。初めての時に二人してお尻を綺麗にしてきて、ベッドの上でえっ?て顔をしたのも既に懐かしい記憶。恵も男の子だからやっぱ突っ込みたいものだろうと準備してきたら本人にはそんな気は一切なくて、僕に抱かれるつもりしかなかったことに再びえっ?て目を丸くしたのも同じく懐かしい記憶。そこから今日までポジションに変化はないが、恵が望むのなら僕はいつだってお尻を捧げるつもりだ。好きな子が僕の身体で気持ちよくなってくれるのなら形は何であれ大歓迎。よって、恵の提案は残念ながら単純で素直な僕の下半身を鎮めてはくれない。
「………」
 ちら、と恵の顔を見ると目をまん丸にしてこちらを見つめていた。思ってもみませんでした、と顔に書いてある。
「てかなに、恵は僕が抱いてって言ったら萎えるの?」
「……たぶん、萎える」
 想像したのか、眉間に皺を寄せた恵はぽそりと零した。自ら進んで抱いてくださいなんて言う気は無いが、それでもちょっと傷付いたんだけど。ていうかどんだけ僕に抱かれたかったんだ当時の恵は。なんなら今の恵も。このむっつりさんめ。
「…まぁだからね?今の僕は何されても元気になっちゃうの。ほら、手ぇ止めなさい」
 しかし結局のところ僕は恵に甘い。この身体ひとつで恵にリラックスタイムと安心を与えられて、そのついでに愛情を感じられる。今回に限って場所が悪いだけで、役得なのだ。
「ふふ、なんか変態みたいですね、五条さん」
「恵が言うんじゃないよ」
 人の股ぐらのどこがそんなに魅惑の触り心地なのか。楽しそうなむっつりさんの鼻をぎゅっと摘んだ。

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子猫の甘噛み



 五条先生は俺の顔を触るのが好きだ。
 その中でも特に好きなのが頬。手慰みに意味もなく人の頬を撫でるし摘むし揉む。以前理由を聞いたら「やわらかいから」と答えられたことがあるが、自分で触ってみても小さい子供のような柔らかさは当然なくて首を傾げたものだった。しかし、任務終わりの迎えを待ってる間に次の資料に目を通しながら俺の頬を摘むだとか、何気ない会話の合間に意味もなく俺の頬を撫でるだとか、はたまた今みたいにベッドで人を抱き枕にして任務の報告書に目を通しながら俺の頬を揉みしだくだとか、五条先生の手慰みは俺の日常にすっかり溶け込んでいる。
 男ふたりで寝そべっても余裕のあるベッドの上で、五条先生に背後から抱き枕にされながら俺は先日買ったばかりの小説を読んでいた。向こうが人を抱き枕にするのなら、こっちも人を布団にしてもいいのだ。
 温かい身体に包まれて心地良さと僅かの眠気。頬に触れてくる手も温かくて、まだ文章は目で追えているし頭に入ってくるがそれもままならなくなるのも時間の問題。ぱらぱらとページを捲り、残り数ページで今読んでいる章が終わるのを確認する。ここまで読んだらこのまま寝てしまおう。

 やがてお互い会話もないまま時間が過ぎて、俺が読んでいた小説は一区切りを迎えた。そして、栞を挟んで五条先生の腕の中で小さく欠伸をした時だった。
「…ん、」
「あ、ごめん」
 五条先生の指先が唇を通り過ぎて歯に当たったのだ。頬を揉みながら気まぐれで唇を軽く摘まれたり撫でられたりということはあったが、流石に口内に入ってくるのは珍しい。変な意味を含まない、ただの偶然による指先の侵入。すぐに出ていこうとしたその指を、心地好い眠気に沈みかけていた俺は無意識に噛んでいた。
「…こら」
 噛むと言っても甘噛み。軽く歯を立てて唇で吸い付くような。五条先生に揉まれ続けてすっかり熱を持った頬と、眠るのに丁度いい人肌の布団。頭の中はさっきまで読んでいた本の文字がふわふわと浮いていてベッドメリーのようだった。
背後で五条先生の少し困ったような声がする。さっきまで報告書に向いていた意識が完全に俺に向いていて、ちうちうと吸いつかれている指先をどうしたものかと頭を悩ませていた。今日は俺も先生もそういうことをしたい気分ではなかったし、そもそも後ろの準備だってしていない。ただただ引っ付いてゆっくり過ごしたいだけ。
「ふふ、…」
「あっ、こら、寝るんじゃない」
 指を引き抜くことも動かすことも出来ない五条先生の声を子守唄に、とうとう俺は心地好い眠りの世界に旅立った。
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伏黒恵専用スマホスタンド

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SS


 五条悟という人間はとにかく多忙であちこちに引っ張りだこな優秀な人材である。自他ともに認める最強であるし、大抵の事は出来てしまうし、顔も良ければスタイルだって最高だ。生まれも育ちも悪くない。決して安い男などではない。
 なんなら高い男だ。
 そう、心の中で僕は長々と呟いた。そんなお高い男が今何をしているかといえば、照明を落とした寝室でもって恵を後ろから抱きしめるようにしてベッドに腰掛け動画サイトを見せている。体育座りのような体勢で力を抜いて僕に凭れ掛かっている恵は、時折僕が手にしているスマホをちょいちょいと操作して次の動画に切り替える。可愛い動物たちが可愛く駆け回ったりご飯を食べていたり寝ていたりする、至って健全なアニマル動画。後ろから回して肩を支えている僕の腕に頭を乗せる恵は可愛いのに、その視線は僕の方を見やしない。だがしかし今の僕には恵の贅沢スマホスタンドを全うするしかないのだった。
「…ね、恵」
「まだ寝ませんよ」
「じゃなくてさ」
 恵の視線がちらりと僕の方を見る。責めるような色に、拗ねてんのも可愛いな、と思ったが飲み込む。ここで更に機嫌を損ねるわけにはいかない。
「ほんとごめんって。寝落ちすると思ってなかった」
 今夜は任務もなくゆっくりと出来る貴重な休みの時間だった。しかし夕方まで任務に駆けずり回っていた僕の身体は気持ちとは裏腹に随分と疲れ切っていたらしく、いざベッドの上でそういうことをしましょう、というタイミングで電池が切れてしまったのだ。深いキスのじんわりとした気持ちよさに身を委ねながら恵のスウェットに手をかけたところで、僕の記憶は途切れている。次に目覚めた時はしっかり掛け布団を被せられていた上に、その僕の横でむすっとした顔でスマホを眺めている恵がいた。小さく体育座りをして、拗ねたように。叩き起して続きをねだってもいいのに、気を使って起こせない。その代わりに行き場のない悶々とした気持ちをスマホを眺めてやり過ごしていたのだ。時間にして1時間とちょっとも。
 だから僕は、そんな恵の機嫌を直そうとスマホスタンドとしての役目を果たしている。えっちなことは残念ながらお預けになってしまったが、仕方ない。
「別にいいですよ、もう」
「でも顔怒ってんじゃん」
「怒ってるわけじゃないです。ただ、ちょっとムカついてるだけで」
「それを怒ってるって言うんじゃん」
 恵の眉間に皺が寄る。違う、そんな会話をしたいんじゃない。
 明日(正確には今日)の朝には僕はまた任務に掛け回らないといけない。なんと言ってもあちこちに引っ張りだこの人気者で高級な男だからだ。だが、そんな男を贅沢に使えるのは1人だけ。そんなたった1人との貴重な時間を、拗ねた顔をさせたまま終わらせるなんて勿体ない。
「僕を叩き起さなかったのって、気を使ってくれたんでしょ。疲れてんだなって」
「そりゃ、気を使うでしょ。あんな所で寝られたら」
「でも、本当は起こしたかったんでしょ?優しいね」
 僕に向けていた責めるようだった視線をスマホに戻して、恵は僕の肩口に頭を擦り寄せた。
「…優しかったら、こんなことさせてないで無理矢理にでも寝かせてますよ」
 えっちなことをする時間はなくなってしまったが、それでもだらだらと一緒に過ごすことはしたい。恵は寝落ちた僕にその時間を求めている。多分もう恵の機嫌はだいぶ戻ってきているし、なんなら拗ねた顔はただのポーズになっている。そうして僕を贅沢に振り回すのだ。
 もう一度、寝落ちてごめんね、と言えば次の動画をタップしながら恵は「次は寝落ちる前に寝ますよ」と言った。


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ごじょおたおめ〜🫶
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ごじょ誕SS
 最強は忙しい。
 人手不足のこの業界、強くて何でもできてしまう人材はあちこちに駆り出される。失踪した誰だかの尻拭い、予定より大事になってしまった任務の後始末、その辺の術師に任せるには危険すぎる代物の回収に処理、その他諸々。そして担当したそれら全ての報告書作成等のその他雑務。これに教師としての仕事もあるのだから目が回るような忙しさ、なんて言葉では足りない忙しさだった。教師は自らが望んでやっていることだから大変だと思うことはあれど苦ではない。任務に関してもできる人間が限られるのだからと納得はしている。忙しい生活にだってもう慣れっこだ。しかしそれでも。
「7連勤はともかく、3徹はちょっときっついな~」
 疲れを滲ませた足取りで自宅に向かいながら零す。元々睡眠が浅くて短いとはいえ、徹夜を続けるのは流石に堪える。次の任務へ移動に移動、合間に報告書、そしてまた任務とその繰り返し。繁忙期は初夏のはずだが、人の憂鬱な気持ちはいつどこでどう溢れるか分からないもの。今年は随分と忙しい冬になった。
「…ん?」
 久しぶりに帰ってきた我が家。鍵を差し込んでみるとそこは既に開いていた。五条の部屋にやってくる人間といったら一人しかいないが、来るなんて連絡はあっただろうか。不思議に思いながら短い廊下を進み、部屋へと続く扉を開けた。
「……」
「ん」
 どうせ殆ど寝るだけだしと最低限のものしかない狭いワンルーム。テーブルとベッド。大きい家具は殆どない部屋。その部屋のベッドに伏黒はいた。何故か頭に大きなかわいい水色のリボンを付けて。両手を広げて口を少し尖らせながら。
 ぽろ、と手にしていたアイマスクが床に落ちる。呆然としている五条を気にもせず伏黒はさぁここに飛び込んで来いといわんばかりに両手を広げたままだ。寝不足で疲れ切って乾燥した目は朝日を浴びても何も感じなかったのに、夜中に自室で見た伏黒には眩しさを感じた。やっぱり少し恥ずかしいのか、頬がうっすら染まっているのも最早眩しい。
 よろよろと近付いて伏黒の腕の中に収まれば、広げられていた腕が優しく五条の背中に回された。五臓六腑に染み渡るとはこのことか、と思う。伏黒のぬくもりが疲れ切った体に染み渡る。
「なぁに、その頭の可愛いの…」
「虎杖と釘崎に付けられました」
 アンタ誕生日でしょ、と添えられやっとそこで今日が自身の誕生日だと気づく。今日が何日かなんてすっかり忘れていた。
 きっと伏黒は嫌そうな顔をしたに違いないが、なんだかんだあの二人に迫られれば最終的に折れるであろうことを五条もよく知っていた。そこに五条の誕生日という理由も加われば尚のこと。そう、伏黒は五条の誕生日プレゼントとして二人に献上されたのだ。
「僕の教え子天才すぎ」
 ぎゅうぎゅうとしがみつくように伏黒に抱きつくと、伏黒の足が五条の体に巻き付いてきた。そのまま一緒にベッドへ倒れ込む。逃がさないと言わんばかりに伏黒が足を絡めてくる時は問答無用で五条を寝かせる時だった。
「寝んの?」
「寝ます。だってひどい顔してますよ、アンタ」
「着替えどころか風呂もまだなんだけど」
「起きたらでいいでしょ」
「てか、今日帰ってくるって言ってたっけ?」
 暫く帰ってこれないことは伝えていたが、帰ってこれる日は伝えていなかった筈だ。というか徹夜の続いた頭は伝えることを忘れていた。くあ、と欠伸を一つ。
 五条の下敷きになっている伏黒がもぞもぞと身じろぎして自分の体ごと五条をベッドの端から真ん中に移動させていく。少し体を持ち上げて自分から移動してやればいいのだが、伏黒のぬくもりに瞼が重くなってきていた。積み上がった疲労と睡眠不足の体は少し動くのすら面倒がって、五条の下で頑張っている伏黒に甘えるように力が抜けていく。
「いつも誕生日になると押し掛けてきたじゃないですか。俺と津美紀が寝てようが時間なんて関係なくやってきて、誕生日を主張してきたのはそっちですよ」
 思い出しておかしくなってきたのか、ふふ、と笑って体を揺らす伏黒がゆりかごになって、ぽつぽつと話す言葉が子守歌になっていく。そんなこともあったね、と返したかったが形にはならなかった。
「だから今年もこの日には帰ってくると思ったんですよ。そしたら虎杖たちにこんなの付けられて…」
 五条の意識が眠りの中に沈む直前、話を切り上げてゆっくりと伏黒の指先が優しく髪を梳いた。
「誕生日、おめでとうございます。おやすみなさい」畳む

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花束を私から貴方へ
津美紀ちゃんの結婚式に行った五伏


 誰かの挙式に行くなんて、きっとこれが最初で最後だ。結婚式がどういうものか、ぼんやりしたことしか分からなくて知らないことの方がずっと多い。それでもどこか心は浮き足立っていた。恵と共に呼ばれた五条もそれは同じだったようで、家の付き合いやら何やらで何度も誰かの式に出席したことがある筈の五条も「楽しみ」と零していた。
 ふわふわした恵の知識の中で津美紀は綺麗なドレスを着て、花に囲まれて、いつか紹介してくれたからっと笑う新郎と一緒に幸せそうにずっと笑っている。純白な空間はきっと津美紀に良く似合う。溢れんばかりの祝福の中で誓いの言葉を交わして、永遠を約束する。想像するだけで目頭が熱くなって、胸がいっぱいになる恵に五条が「早すぎ」と笑ったのも1回や2回じゃない。緊張と、沢山の喜びと、ちょっとした寂しさを抱えたまま当日を迎えるのはあっという間だった。
 恵と共に家族席に案内された五条は少しバツが悪そうに「本当にいいのかな」と言っていたが、恵からすれば何を今更と思う。2人しかいないこの家族を、血は繋がっていなくても幼い頃から面倒を見てきてくれた男が3人目の家族でなかったらなんだと言うのか。仮に恵が誰かと式を挙げるのなら、間違いなく津美紀と同じように五条を家族の1人として案内するというのに。
 思っていた通り津美紀にぴったりのウエディングドレスに、緊張で噛みながら祝辞を読み上げる五条。それを笑っていたら津美紀からのサプライズで恵へのメッセージ動画を流されて言葉も返せないくらい泣いてしまったり、それをまた五条に笑われたり。その五条だって泣いて目元が赤くなっていたけれど、それを突っ込む余裕はなかった。

 余韻に浸って、恵と五条は帰り道で何となく無言だった。沢山の笑顔と祝福と幸せの涙に包まれたこれ以上ない良い式だったと思う。最初から最後まで、悲しいことなんてあの場所あの時間には何一つ存在しなかった。泣き腫らした恵の目はきっと明日になっても戻らないだろうし、むしろ暫くは思い出して目頭がちょっと熱くなるだろう。幸せのおすそ分け、と言うには貰いすぎなくらいだ。
「恵」
 並んで歩いていた五条が不意に立ち止まる。五条の後ろにある夜空の星が滲んで見えるのは、まだ嬉し泣きの名残が瞳に残っているからだ。風に揺られてブーケトスで五条が取った花束が音を立てる。津美紀が投げたそれが五条目掛けて飛んできたものだから取らない訳にもいかず掴んだ五条と、それを見てあんた女じゃないでしょ、なんて笑ったのもついさっきのことだ。
 きらきらと光が滲んで見える。滲んだ丸い光が五条の周りを飾る。予感がした。
「結婚しよ」
 ばっと花束を持ち上げて恵の眼前に掲げる。
「え、…っちょ、」
 そのまま片膝まで付きそうな勢いの五条を慌てて静止するのが精一杯だった。自分たちが一緒に暮らす高専の寮まですぐそこだ。人通りが無いとはいえ、完全に人目がないわけじゃない。それでもやめろとは言えなかった。
 どっどっ、と心臓が早鐘を打つ。津美紀の幸せに当てられた?いいなと思ってしまった?キザなことをやってみたくなった?色々と頭の中を巡ったが、それでも一番に口から出てきたのは「俺も同じこと、思ってました」だった。
 花束を受け取って、真っ赤な顔に真っ赤な目をしたかっこいいよりかっこ悪いが勝る五条の顔を見て、思わず笑う。
「俺がブーケ取ればよかった。そうしたら俺から言ってました」
「あ〜マジで取ったの僕でよかった!」

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ご都合呪いに気をつけて この絵のオマケSS
自カプを数字で

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合わせる顔がない


大衆居酒屋の喧騒はしみったれた話も、伏黒の姿も上手いこと隠してくれる。釘崎がとりあえずと頼み、運ばれてきたビールはよく冷えていた。
「で、なによ」
一息にビールジョッキの半分を飲んだ釘崎が伏黒を見る。わざわざ呼んだのだから何か大事な話でもあるのだろう、そう目が言っていた。
前世の記憶、なんて物語だけのものだと思っていたがそれは実際にあった。思い出したそれは確かに現実の経験として伏黒の胸にすっと落ちてきて、そして転居生活の始まりになった。まずは生まれた時から自分の隣に居た津美紀から逃げるように寮のある高校へと上がった。卒業後はすぐに地元から離れた所へ就職して、少しでも見知った顔を見つけたら職を変え住む場所を変えた。合わせる顔がなかったのだ。きっと伏黒が悪いんじゃないと言ってくれるだろうが、しかしその優しさにも耐えられる気がしなかった。人殺しと口汚く罵ってくれればいいが、悲しいことにそれは想像できなかった。伏黒が殺した人達はそういう人達だ。
そんな中で釘崎だけは、伏黒が唯一やり取りをしている相手だった。自分が手を下していないから顔が見れる。情けない理由だ。
「引っ越そうと思って」
「また?今度はどこ…つっても答えるわけないわよね」
「だから釘崎と会うのも今日が最後になる」
伏黒の言葉に、つまみの枝豆を持ったまま釘崎が目を瞬かせる。それから呆れたように息を吐き出した。
「そ。結局誰とも会わずに生きるのね」
「…ああ」
「一応聞いとくけど、先生はどうすんのよ。好きだったでしょ」
釘崎の指先に押されて枝豆の中身が取り皿に1つずつ転がっていく。伏黒の返事を待つように黙々と中身を取り出していく釘崎をぼんやりと眺めながら、伏黒は漬物のきゅうりを1つ齧った。
遥か遠い昔、まだ自分が酒も飲めず社会人でもなく、見知った誰かを手にかけるとも思わなかった15の学生時代。伏黒は五条が好きだった。どこから始まった恋かはもう分からないが、出会ったばかりの幼い伏黒にとって五条という存在は鮮烈なものだった。忘れたくても忘れられない。視線が自然とこの人を追いかける。いてくれるだけで安心する。初めて信用した大人だった。だから尚のこと、会えるわけがなかった。
「…会えるわけねぇし、合わせる顔がない」
「ふぅん」
今度は皿にいくつも転がる枝豆を箸で1粒ずつ食べながら、気のない返事をした釘崎は再びビールを呷った。こうして釘崎と会うのも片手で足りる程だが、どうせ今日が最後なんだと伏黒はビールで軽く口を湿らせてから言った。
「2度も同じ人に失恋すんの、キツいし」
「えっ、失恋してたの?告白してたわけ?」
「してない。けど、あの人は俺の事見てなかった。告白する前から振られてるようなもん」
「いや言ってみないと分かんないでしょ、それは」
ぽろりと箸から落ちた枝豆をそのままに、釘崎がぐっと身を乗り出して詰め寄る。それを手で制しながら伏黒は、遥か遠い過去の記憶なのにいやに鮮明に思い出せる五条との記憶を辿った。伏黒を見ているようで、どこか遠くを見ているような、ここではないどこかを見つめる五条の瞳だ。それを見る度に胸がきゅうと嫌な音を立てて、自分の気持ちに惨めになった。捨てられもせず、ただ燻らせているだけだったのに。
今もまたその記憶に胸が嫌な音を立てて、鼻の奥がつんとする。伏黒だけは未だに五条への想いを燻らせているが、もしも五条にもこうして自分や釘崎と同じように昔の記憶があったとしたら。昔と変わらぬ瞳がそこにあったとしたら。むしろ五条を殺めた伏黒の姿に嫌悪感を示すかもしれない。考えただけで血の気が引いて呼吸が詰まるようだった。
「いやね、男の涙とか見たくないわよ」
「泣いてねぇ」
「あーやだやだ!男の未練って!」
それから乗り出した身体を戻して釘崎がにっと笑う。
「まぁいいわ。最後に好きなだけ話聞いてやるわよ。あんたの奢りでね」
「…助かる」
小さく笑って、伏黒はやっとビールを大きく呷った。釘崎に何も言わずに姿をくらませることは簡単だが、それが出来なかったのはやはり人の優しさに甘えたいからだった。


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リベンジ
このバレンタインの話の続き→セックスの仕方

「チョコって媚薬になるみたいな話あるじゃん」
「あった割には前は盛り上がりませんでしたね」
 伏黒の言葉に五条は神妙な顔で頷く。そして眼前のテレビでは昨日のバレンタインについて総まとめのような特集が流れていた。
 以前、バレンタインだからとチョコの香りがするコンドームとその香りがする上に食べられるローションなるものを五条が買ってきた。どう見てもジョークグッズでしかないそれを結局使ったのだが、結果は散々なものだったのだ。きつい香料と、食べても人体に影響しないだけで当然美味しくはないローション、ついでに色味も最悪。最初は「ほんとに甘い匂いする!」とはしゃいでいた五条も、途中でビジュアルに萎えそうと自分が買ってきたゴムを捨てローションを拭いいつも通りのものに切り替えていた。「1番萎えそうなの俺なんですけど、匂いもきついしどう見てもこれ…」と言いかけた伏黒に「言っちゃダメ」と静止をかけたものだった。
 そんな散々なバレンタインを思い出しながら、今度は何を言い出すのかと身構える。とりあえず本物のチョコを使おうなんて言い出したら殴ってでも止めようと思いながら。食べ物を粗末にしてはいけない、それは当然の倫理観にしたって津美紀にも口酸っぱく教えられているのだ。
「本当に酷かったからさ、今回は普通にチョコ食ってからシようと思って」
「…いいですけど、食う必要あります?」
「定番イベントには乗っかっとかないとさ」
 そう言いながら、どこから取り出したのか1口サイズのチョコを摘んだ指先が伏黒の眼前へとやってくる。おそらく色味からしてビター、それも普通のビターチョコよりもカカオ多めの五条じゃ食べないようなやつ。いやに黒い。わざわざ伏黒の好みに合わせたものを用意してきたのだ。
 無理に断ると後が面倒だと大人しく口を開ければ、ころりとチョコが放り込まれる。何気なく食べたが、恐らくこれはコンビニで売ってるようなチョコではない。溶けていく苦味とその奥にある少しの甘さを感じながら伏黒は確信する。何かと五条から良い物を食べさせられたおかげてそんな勘は働くのだ。
「これ、高いや…んむ、」
 チョコの値段は天井知らずだ。ましてやバレンタインシーズンともなれば限定だの海外の有名ショコラティエがどうだのと更に。この後セックスになるのはいい、伏黒だって準備はしている。ただその前座にするには些か勿体ないんじゃないかと伏黒が口を開いた時だった。
 飴玉でも放り込むような気軽さでチョコを自身の口に放り込んだ五条が伏黒の口を塞いだ。開いた口の隙間から五条の舌が潜り込んできて、溶けたビターチョコごと伏黒の舌を絡めとった。唾液とチョコとが絡む水音をさせながら、やがて五条が口にしたチョコも溶けて伏黒の口内に甘さが広がっていく。きっとこれもキスをしながら食べるには勿体ない、そんな良いチョコの筈だが伏黒の好みを知り尽くした五条の動きにそんなことを考える余裕はなくなっていた。
 五条の舌先が口蓋を擦り、舌の付け根を下からなぞり、伏黒が必死に零すまいと溢れてくる唾液を飲み込んでいることなんてお構い無しで好き勝手する。元々予定していたセックスへの期待が否応無しに呼び起こされて、伏黒の呼吸に熱が籠る。
「っ、ふ……っあま……」
「…ど?えっちな気分なってきた?」
 ようやく口を離した五条は伏黒の唇を最後にひと舐めしてからそう言った。瞳にちらちらと熱を覗かせながら、先の会話を持ち出す。チョコは媚薬になる、だったか。
 口の中はすっかり甘いし、散々好きにされた舌も甘く痺れている。身体はこの先を期待し始めているし、そういう気分かと言われれば突然そうだ。だがこれは。
「結局チョコそんな関係ないじゃないですか…」
 その伏黒の言葉に五条は「そこは乗ってよ!」と笑った。

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元旦
なんか色々いい感じに皆が生きてる時空

 夜10時、終電も近い電車に乗り高専から離れていく。
 車内には殆ど人はなく、目の前の黒い窓には眠そうな顔をした伏黒が映っていた。これからもう数駅乗って、そこから更に1度乗り換え終電の終点まで。終点駅の近くにネットカフェがあるのは既に確認済みで、着いたらそこで仮眠をとる予定だ。
 一緒に初日の出を見に行こうという虎杖たちを断り、伏黒1人でそんな所に向かうのは五条に年末年始休みなんてものはないからだ。伏黒が向かう駅から少し離れたところ、そこで五条は年をまたいでの仕事が入っている。伏黒を呼び出してきたということはとっくに片付いてその辺で暇を潰しているか、伏黒がネットカフェを出る頃にはかたがつくのか。ともかく伏黒は五条と初日の出を見るためにこんな時間から外を出歩いている。
 電車を乗り継ぎ、目的の駅に着いた頃にはもう日付を跨ぐまであと少しだった。帰りの電車ももうない。携帯でネットカフェへの地図を出し、歩きながら考える。これまで大晦日から元旦を迎える1秒だとか、初日の出を見ることの特別感だとか、そういったものに何か特別な気持ちを感じたことはなかった。津美紀や周りの人間が浮き足立ってるばかりで、伏黒自身はどこか冷めた気持ちでいた。けれど今年は違う。虎杖たちがいて、津美紀が起きていて、五条がいる。それがいかに奇跡みたいなことなのか、よく分かる1年だった。
 柄にもなくどこか感傷的になりながら歩いていれば、携帯に一斉に通知が届いた。高専生たちのトークルームに届くメッセージで、メッセージアプリが目まぐるしく通知を鳴らす。その中に混ざって津美紀の「あけましておめでとう」もあり、そこでいつの間にか12時を回ったことに気付く。けれどそれに返信するのは後にした。目の前に目的のネットカフェが見えたからだ。


 携帯のアラームで目を覚ます。
 真夜中の3時。流石にメッセージの流れは落ち着いていて、2時間前には止まっていた。くあ、と欠伸を零してから「あけましておめでとう」の一言だけで数時間遅れの返信を返す。当然返信もなければ既読すら付かなかった。
 ネットカフェを出れば当然だが外は真っ暗だった。けれど五条と待ち合わせている駅へと向かえば、伏黒と同じように初日の出を見るために起き出している人達がいた。そしてその人混みの中に五条の姿を見つける。
 伏黒が見つけるのと同時に五条もこちらを見つけたらしい。ぱっと顔を上げて手を振ってきたものだから、伏黒も軽く手を持ち上げて返す。
「あけおめ!」
「あけましておめでとうございます」
 3時半頃。やっと合流して、ぐるりと見渡した五条は言う。
「なんか結構人いるね。穴場だと思ったんだけどな」
 辺鄙な場所だが五条が思っているより元々穴場として知られているのか読みが外れたのか、こうして話している間にも人は少しづつ増えていた。互いにちらりと視線を合わせて、増えてきた人から離れるように歩き出す。
「いつ終わったんですか?」
「さっき。本当は日付変わった瞬間に電話したかったんだけど、相手が地味に面倒でさ」
「こういう日に限って上手く行きませんね」
「でもまあ、直接言えたからいいかな。流石にこれは僕が1番でしょ?」
「そうですね。俺も直接言ったのは五条さんが初でしたよ」
「やった」
 五条に連れられて、きんと冷えた夜を歩いていく。吐き出した息は白くて、吸い込む空気は肺を冷やす。駅前から離れて、それに伴い街灯も少なくなっていく道を進んでいけば海岸が見え始めた。海風と、それに連れられて波の音がする。
 視線の先、ただ暗闇だった所に僅かに色がつく。さっきまで見えなかった水平線を可視化しながら、少しづつその色は広がっていく。あと少しで海岸に、砂浜に足を踏み入れようかというところで伏黒の足は止まった。じっと視線は前に向けたまま、やがて顔を出す朝日を待つ。その伏黒に何を言うでもなく五条も立ち止まった。
「…今まで、」
「うん」
「こんなのの為によくやるなって思ってたんです」
「うん」
 ただのまっすぐな線だった水平線に、小さな丸い頭が顔を出す。
 そこからはあっという間だった。
「…でも、五条さんと見たら、…なんか、」
 海風に吹かれる伏黒の顔が照らされる。眩しさに目を細めるが、視界がきらきらとしているのはきっとそれだけじゃない。横にいた五条が声を上げて笑い、伏黒の頭を乱雑に撫でる。
「沁みるなって」
 五条に頭を雑に撫でられ視界が揺れる。その間にも朝日はどんどん昇って、伏黒達と同じように海岸に集まっていた人達は思い思いに写真や動画を撮ったりしていた。
「早いって!」
「俺ももう歳なんですよ」
「僕の前でそれ言う〜?…ほら恵、あっち向いて」
 すん、と鼻をすすってから五条に言われた通りに歩いてきた道の方を向く。何度か目を瞬かせると、伏黒の頬に五条の頬が触れた。それから軽いシャッター音。日の出をバックに撮られたのだとワンテンポ遅れてから気付く。
「津美紀に送っとこ」
「ちょっと!やめてください!」
 五条から携帯を取り上げようとしてももう遅く、情けない伏黒の顔は津美紀に送られてしまった。間違いなく写真のことについて伏黒に連絡が来ることを思い、頬が熱を持つ。五条との関係はとっくに知られたものだが、それにしたって。
「本当は今年も宜しくねつってから泣かせるつもりだったのにな」
「…っ…泣いてない…」
「嘘つけ!」
 けらけらと笑う五条に力の抜けた蹴りを返すと同時に、ぴろんと伏黒の携帯が鳴った。


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