薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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パプリカ


「こら、持ってきなさい」
 僕の言葉に恵は分かりやすくむすっとした顔をした。もう20歳なんだからそんな子供みたいなことをするんじゃないの、そう伝えても恵は素直に頷かない。好き嫌いせずに何でも食べなさい、とまでは教育してないが、嫌いな食べ物をカゴから無断で戻すようには育てていない筈だ。少なくとも津美紀はそんな教育はしていない。ていうか津美紀の前じゃそんなことしない。
 夕食の買い出しをしている主婦の方達の隙間を抜け、ついさっき立ち寄ったばかりの野菜売り場へと戻る。新鮮なぴかぴかのパプリカが並んでいるそこに恵を連れて行けば「彩りなんだから別にあってもなくても味変わんないでしょ」なんてのたまう。
「変わんないんなら入れてもいいよね。3倍くらい入れとく?」
「入れない」
 嫌だなぁという顔をしながら適当なパプリカを手に取った恵は、僕が持つカゴに渋々1個入れた。さらっと手に取ったように見えて、なるべく小さそうなのを選んでいたのを僕は見逃していない。小賢しいというべきか、往生際が悪いというべきか。
 僕の作った晩御飯が食べたいと言ったのは恵の方だ。それなら中に何が入っていても文句は言わせない。このスーパーに入った時から楽しい夕食は始まっているようなもの。わざわざ自分の嫌いなものを入れようとする僕に抵抗するところから、最終的に僕の皿にパプリカを全部移して食べさせてご馳走様するまでが夕食だ。
「ていうか、そんなにパプリカ嫌いでどうするの。悠仁達とご飯食べ行った時とか」
「虎杖が代わりに勝手に食ってくれるんで大丈夫です」
「………え!?」
「なんすか、大声出して」
「いや…」
 驚いた。恵が僕以外の他人に嫌いなものを食べてもらっていることに。こう見えて恵は僕以外の前では嫌そうな顔はしつつも無言で食べる。津美紀の前でも一応食べる。パプリカ嫌いがかっこ悪いとは思っているのだ。その恵が、悠仁達の前では人に食べさせている。それだけ素直になれる友人が恵に出来て嬉しい反面、僕だけに見せる可愛い弱みだとも思っていたから寂しい気持ちやらも湧いてくる。もう恵のパプリカを食べてあげるのは僕だけの特権ではないらしい。
「……」
「あっ、こら。しれっと戻すんじゃない」
 僕が様々な感情に動きを止めていると、これ幸いと言わんばかりに再びパプリカを元に戻そうとする。その手を静止してとぼとぼとレジに向かう。親離れしていく子供を見守る親の気持ちってやつ?なんて考えているとちょいと服の裾を引かれた。
「さっきみたいなの、五条さんにしかやりませんよ」
 さっきみたいなの。パプリカを食べたくなくて(結局最後に食べるのは僕だけど)戻しに行く一連のこと。僕にしかやらない。子供の駄々っ子みたいな抵抗。
 僕が何にしょぼくれているのか理解しているというよりは、可愛いこと言ってこのパプリカを買わせないつもりだろう。そういうところも小賢しいと言うべきか、あざといと言うべきか。
「…くやしい!」
「んわ、ちょっと、…!」
 手のひらで転がされている気がして悔しくて、恵の鼻を一瞬摘んでから僕はカゴのパプリカをそのままに会計の列へと並んだ。
 今夜の恵の皿には、3倍盛りのパプリカだ。

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