薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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形の遺るもの

「もうすぐ卒業だしさ、指輪でも買い行こうか」
 ダイニングテーブルで仕事の資料を見るふりをしながら、その実タブレットでペット動画を見ている五条がまるで今日の夕飯どうしようか、なんてノリでそう言い出した。対してその向かいで同じようにタブレット端末で真面目に資料を読み込んでいた伏黒は、さらりと告げられた言葉に数拍遅れてから視線は資料に向けたままに返事を返した。
「急に何言ってんですか」
「卒業したら高専の狭いコミュニティから広い世界に旅立つじゃん?」
 そもそも呪術界自体が限りなく狭い世界じゃないか、と言いたいのを飲み込んで続きを待つ。本題までにつらつらと言葉を並べるあたり、どうやら今日の夕飯なんてノリで言い出したわけではないらしい。
「関わる人も増えてくし、ベタに指輪で虫除けしとくのありだな〜って。僕とか特に恵が卒業したのをいいことに声かかりまくるかもだし」
「あんたがあんまりにも口が軽いせいで意味ないですよ。この業界の常識になってますから、俺たちの関係」
 あんまりにも、を気持ち強めに言えば五条は口を尖らせて視線を明後日の方に向けた。一応はこの主張に無理があることも、自身の口が軽いことも理解しているようで、タブレットの画面を爪先でこつこつと叩いて次の言葉を探していた。
「……要するに、節目だから形に残るもの用意したいねって話なんだけど」
 一定の感覚で続いていた乾いた音が止んで、五条がじっと伏黒を見つめる。伏黒は資料に向けている視線をそのままに、指先で繰り返し小さく上下に画面をスクロールさせた。ぎっしりと詰まった文字が上下に揺れてその形を崩していく。
 五条の言いたいことなんて一言目から気付いていた。指輪の意味が分からないほど馬鹿じゃない。しかしだからといって手放しでいいですよとは口に出来なかった。形に残るものなんて、本当は少ないに越したことはない。後の片付けが楽で面倒も少ない。物は重たい。
 もう数度画面を上下にスクロールさせて、言葉を選んで、やっと返す。
 でもきっと、これは正答ではない。
「…あんまりここに物を残しても、荷物になるでしょ」
「それ、どっちの意味で言ってる?」
 伏黒が言い終わるかどうかというところで五条が言葉を差し込み、タブレットを持つ伏黒の手を掴んだ。伏黒の意思で顔を上げろと言っているのだ。
「僕の部屋に物増やして悪いって意味?それとも、先に死ぬのは自分だから遺しても悪いって意味?」
 恵、と名前を呼ばれる。それに促されて顔を上げれば、何にも遮られていない五条の目と正面からぶつかる。真っ青なその中に、情けない顔をした自分がいた。今更、形として残るものに怯えている自分がいた。既に手遅れだというのに。
「…後者です。すいません」
 正直に伝えれば、肺の中身を全部吐き出すんじゃないかという勢いで五条が大きな溜息を零す。掴んでいた手を離して、今度は伏黒の鼻を摘む。ぐ、なんて格好悪い声が漏れる。
「恵のことだからそうだと思ってたけどさ。死ぬことは当たり前にあるけど、でも死に急げとは教えてないよね?」
「……」
「返事は」
「…ふぁい」
 鼻を摘まれたままでは、はい、すらしっかり言えやしない。
「恵が先に死んだらこの部屋にある物、これから買いに行く指輪、全部で恵のこと思い出してやるからね。恵も僕が先に死んだらそうでしょ」
「……ふぁい」
 観念して頷けば、満足気に笑った五条が言う。
「物より重いんだよ、僕は。恵に関してはね」

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