薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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芽生え

 1度だけ、五条が半年ほど訪れなかった時期がある。
 何かと恵と津美紀の暮らす寂れたアパートにやってきては、何か甘いものを持ってきたり、ただ仕事の愚痴を零したり、晩御飯を一緒に食べたりしていた。時折、津美紀を家に置いて恵だけを五条の任務に付き合わせることもあったけれど、遊びに来ることの方が幼い頃はイメージとしては強かった。
 そんな五条が来なくなって最初の1ヶ月2ヶ月はよくある事だったから気にもしなかった。そこからもう2ヶ月経って、津美紀が恵の方を見ながら「五条さん、忙しい人だもんね」と理由とも呼べない薄い理由を考えたりもした。忙しい人だなんてことは分かっていたから、来なくなって5ヶ月目になっても恵は何も言わなかったけれど、頭の片隅では捨てられたと思っていた。五条が来なくても定期的にお金がやってくる点は違うが、2人の前から大人がいなくなるのはこれが初めてじゃないのだ。最低限の面倒を見てくれるだけ親よりは良い人、と恵も津美紀も心の中では考えていたと思う。2人ともそういう諦めに関しては経験が人よりあったから。
 そうして6ヶ月目、五条に捨てられても恵も津美紀も小学校に行かなくてはいけないし、帰ってきたら家事をしないといけない。いい加減五条のいない生活に慣れてきた頃。
「あれ、恵すっごい顔してんじゃん」
 玄関扉を開けると、居間で勝手にお茶を淹れている五条がいた。横には何やら土産の入っていそうな紙袋を置いて、窮屈そうにちゃぶ台の前に座っている。恵の後に続いて中の様子を見た津美紀が後ろで「五条さんだ!」と驚いた声を上げたのがどこか遠くで聞こえた。なんだ急にと言いたいのにびっくりした頭は言葉を忘れてしまったようで、玄関に立ち尽くしたまま津美紀に追い抜かされても何も言えなかった。津美紀にどこのものか分からない置物を手渡してから、恵の方を向いた五条がくしゃりと笑う。
「まだすっげぇ顔してる。なに、捨てられたとか思ってたの?」
「っそ、そんな変な顔してない…」
「つっこむ所そこ」
 五条に話しかけられたことでやっと動くことを思い出したのか、言葉はまだスムーズに出てこないが靴を脱いで居間へと動けるようになった。この半年で恵と津美紀だけの空間に慣れてしまって、五条で少し狭くなった家はなんだか違和感がある。けれど置物を抱えた津美紀の横に座る頃にはその違和感もすぐに薄れてしまって、それだけ五条が恵の日常へ溶け込んでいたのだと気付く。
電波も無いような僻地の海外に飛ばされただとか、予定より時間がかかったとか、移動にも日数がかかっただとか、愚痴と合わせて長いこと顔を見せなかった理由を述べていた五条が恵の顔を見てもう一度笑う。
「ごめんって、捨てたりしないからむくれないでよ」


「…っていう夢を見たんですよ」
「懐かしい〜!あの頃の恵は可愛かったのに今の恵ときたら…」
 よよよ、と泣いたフリをした五条が「てまぁ今も可愛いんだけどさ」とすぐに真顔に戻して続けた。任務帰りの電車内は、既に終電も近くて乗り込んでいるのは五条と恵だけ。今朝の夢の話をしても、五条がしょうもない泣き真似をしても、誰も見ていなかった。
「やっぱあん時って本当に捨てられたとか思ったの?」
「まぁ、多少は」
 本当は多少とかではなくてかなり、だったのだけどそれは胸にしまう。
 思えばあれが芽生えのひとつだったのかもしれない。勿論あの出来事が全てではないが、五条に居てほしいと思うきっかけにはなった筈だ。失恋の喪失感、に近いものを体験したのだ。そんな体験をしたあの時の恵がどんな顔で五条を見ていたのか、分かりはしないが想像はつく。会えて嬉しくて、笑いかけてくれて嬉しくて、捨てないよと言ってくれて嬉しくて、でも素直には言葉に出せない性分。その分だけ顔にはよく出てたのだろう。悔しいことに。
「でも、まだまだそんな心配要らなそうだなって思ってますよ。今は」
 黒い窓に五条と恵が並んでいる姿が映る。隣にいるのだ。あれから何年も経った今も。これを見て信じない方が五条にしてもらったこれまでに失礼というもの。
「今は、じゃなくてこれからも、でしょうが」
「五条さんが帰って直ぐに報告書やってくれたら、そういうことにします。この間の分もまだサボってますよね」
「うわ、可愛くない」

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