薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2020年に書いたから色々情報に齟齬があると思う
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「じゃ、夏休み5日間空けといてね」
唐突に伏黒の住むアパートにやって来るなりそう告げた五条は、伏黒の返事を待たずに言うだけ言ってさっさと帰ろうとした。夏休みが始まるまであと少し。いつから5日間なのか、何をする気なのか、今度はどこに連れていかれるのか。予定を開けろと言われた5日間の内容がさっぱり分からない。中身によっては断りたい伏黒の気持ちなど初めから考えていないのだろう。本当に断れるかは別として、形式的にでももっと詳細を言えと伏黒は今すぐにでも玄関扉を開けそうな五条を引き止めた。
「もっと他に言うことあるでしょう」
「……今日も可愛いね?」
「可愛くないし、そうじゃなくていつからどこで何するんですか」
中途半端にドアノブに掛けられた手を離そうともしないで、五条は形ばかり考える素振りをした。わざとらしくドアノブを掴んでいない方の手を顎に持ってくる姿は、何も考えていない時か適当な嘘を言う時だ。この場合は何も考えていないから今考えている、そんなところだろう。
「夏休みいつから?7月末だっけ?」
「…そんなところです」
「じゃあ8月1日。1日から5日間空けといてね。…あ、着替え含めて持ち物何もいらないから」
作りも古いこの部屋のドアは規格外の大きさを持つ人間には対応していない。ドアノブを捻り、開け放たれたドアから少しだけ腰を曲げて五条は出て行った。
1人きりになって少しだけ広くなった筈なのに、しかし小学生の記憶に比べれば随分と小さく感じるこの部屋。大きくなった身体の分だけ窮屈になって、1人減った分だけ隙間が広がった部屋。網戸から吹き込む風がカーテンを揺らしながら遠くの蝉の鳴き声を連れてくる。もうとっくに行く場所の決まっている伏黒には受験勉強などというものは関係なかった。そういう意味では他の同級生に比べれば随分と落ち着いた夏だ。わざわざ休みの日に顔を合わせるような友人もいない。一緒に過ごす家族も今はいない。
中学3年生の夏。姉のいない、初めての1人きりの夏が始まろうとしていた。
______
ここ数ヶ月、元々浅い方だった眠りが更に浅くなった。日付が変わった頃に布団に潜り、そこからうとうとと眠っているのかいないのか分からない浅瀬を漂う。少しの物音で直ぐに覚醒しては、枕元にある携帯電話が静かなことに落胆する。それを繰り返しているうちにやってきた朝日がカーテンの向こうにある空を少しだけ明るくして、新聞配達員のバイクの音と誰かの家のポストに新聞を投げ入れる音が早朝に響く。少しもすっきりしない眠りだ。眠りとも呼べない。それが数ヶ月続いている。
古びて寿命の近い扇風機しかない部屋でただ目を閉じるだけの夜。夏休みに入っても何も変わらない。姉が目覚めたという連絡を待って浅くなる眠り、部屋の隅では呼んでもないのに伏黒だけの式神だという2匹の犬がどこか心配するようにじっとこちらを見ている気がした。
今日は8月1日。行くとも行かないとも返事をしないまま迎えた今日は、結局何時に出発するのかどこに向かうのか、そもそも現地集合なのか迎えに来るのかも分からないままだった。今日を迎えるまでに半月ほど日はあったが、伏黒から聞くこともなかったし五条から何か言ってくることもなかった。聞いたところでまともな返事が帰ってくるとは思わなかったが、そもそも興味がなかったのだ。一応伏黒の家に五条が訪れた最初の1回は概要を聞きはしたが、本当はあの場で勝手に連れ去っても構わなかった。自棄だと言われてしまえばそれまでだが。
遠くでバイクのエンジン音がした。もう朝がやってきたのだ。ゆっくりと目を開ければカーテンをすり抜けた朝日が天井を明るくしていた。枕元にある携帯電話は、変わらずなんの知らせも伏黒に寄越してはくれない。小さく嘆息して布団から起き上がる。欠伸すら出てきやしない。使い古して限界まで薄くなった布団をおざなりに畳んで、部屋の隅に寄せてからシンクで朝の支度をすることにした。
姉が何かに呪われて数ヶ月。幼稚園で読み聞かされた眠り姫のように穏やかに眠る姉は、春が終わったことを知らない。揺すっても叩いても起きない姉の症状を呪いだと診断したのは五条だ。いつもならとっくに起き出す時間になっても目覚めない姉に、伏黒が咄嗟に頼った大人は119番の救急車でも、アパートの管理人でもなく五条だった。伏黒にとって1番身近で1番物事をよく知っている大人がこれは呪いだと言い、けれど原因も分からなければ解く方法も分からないとも言う。目の前が真っ暗になる、という経験は初めてだった。ある日忽然と両親が姿を消したって、親に捨てられた子だと同級生から後ろ指を指されたって平気だったのに。
水道を閉め、適当に身支度を終えた伏黒はまだ日が登りきっていない部屋を眺めた。小学校に上がったばかりの頃は2人になって随分と広くなってしまったと思ったこの部屋は、中学生にもなれば2人いれば狭いと感じるようになった。そこに五条が押しかけてくれば尚のこと。けれど今は姉は呪術高専と濃い繋がりがあるという病院で穏やかに眠っているから1人きりだ。五条が来たってこの隙間は埋まらない。
小さく息をついてから伏黒はいつ来るかも分からない五条を待ちながらどこに行くのかも分からない旅行の準備を始めた。といっても荷物は何もいらないと言っていたから着替えて携帯電話の充電をしておくくらいだが。きっと五条のことだ、財布も持ってこなくていいと言うだろう。五条が伏黒と姉を連れてどこかへ出かける時はいつだってそうだった。
「早起きじゃん」
「…いつくるか分からないからですよ」
準備と言えるのかも分からない準備を終えて、ぼんやりと窓から早朝の空を眺めていればチャイムも押さずに五条がやってきた。最初の頃はチャイムを鳴らしていた気がするけれど、気が付けば勝手に合鍵を作って勝手に開けるようになったのだ。
窓から視線を外して玄関へと向ければ、丁度首から上がドア枠からはみ出して顔が見えない五条が外に立っていた。狭いこの部屋は玄関を開けるだけで外から丸見えだ。
「行く準備できてる?」
「はい」
「じゃ行こっか」
財布もいらないよ。相変わらず顔が見えないままの五条はそう付け足した。彼もまた、5日間の旅行に行くには不釣り合いなショルダーバッグ一つしか下げていない。
今日は本当に休みなのだろう。首から下は見慣れた黒づくめではなかった。
____
早朝と言えども夏の真っただ中となれば澄んだ空気と湿気が混ざり合っている。だらだらと歩いているだけでぬるい湿気がまとわりついてくるのを鬱陶しいと思いながら五条について行けば、向かう先は駅だった。まだ通勤時間には早い時間。改札周辺は人もまばらで閑散としていた。
「はい、これ恵のね。いっぱい入ってるから足りなくなることはないと思うけど」
「どこ行くんですか」
改札を通る前に五条から交通費の入っているのであろうICカードを渡された。それを受け取りながら問えば五条はうーん、と唸ってから顎に手を当てた。五条の横顔を見上げていればサングラスの隙間からちらりとこちらを見た瞳と真っ直ぐかち合う。真っ青な空と、五条の瞳の色はよく似ている。
「さぁ?夏だし海の見えるところがいいかな」
「…さぁ?」
「だってこれ、ぶらり旅だから」
楽し気に瞳を細めた五条はそう言って伏黒に渡したのとは別のICカードでもって改札を抜けた。ぴ、と軽い音がして五条と伏黒を別つ。
どこに行くのかも決まっていないような、旅行と呼んでもいいかすら怪しい旅行。もう五条は改札の向こうへと行ってしまったのだから行かないと言い放って自分だけ帰ってもよかったのだけど、そう言わずに同じように改札を抜けてしまったのは、たぶんもう考えることに疲れていたからだ。寝不足のどこかぼんやりした頭では姉のことだけで頭のキャパシティはいっぱいで、それ以上の出来事の意味なんて考えてなどいられなかった。
「適当に海が見えそうな方に乗ってこうか」
「本当にノープランなんですね」
「まぁね」
五条が気ままに向かったホームはやはり人も少なく静まり返っていた。電光案内板ではあと五分程で電車が来るとあったが、出掛けるのに殆ど手ぶらの状態は何となく落ち着かなくて、足元の乗車位置の案内を見る。ジーパンのポケットに雑に突っ込んだ携帯電話はうんともすんとも言わず黙りこんだままで、その事に僅かばかり罪悪感が浮かぶ。もしもこの5日間のどこかで目が覚めた時、なんと説明しよう。電話の向こうで人が寝ていたのに遊び呆けていたことを呆れられるだろうか、次は自分も行きたいなと笑うだろうか。恐らく後者だが、罪悪感は前者を押し付けてくる。
やがてホームに電車が滑り込んできて、どこまで乗るとかどこに向かう電車なのかもお互い話すことなく開いた扉から乗り込めば案の定車内に人は殆どいなかった。せいぜい別の車両に数人いる程度で、五条と伏黒が乗り込んだ車両には誰もいない。人のいない静かな車内でわざわざ真ん中に座った五条の左隣に腰掛けるとおもむろに右手を差し出された。
「ケータイ、回収ね」
「……なんでですか」
「デートなのにケータイばっか気にされたら妬けちゃうから」
「…だからって」
「病院から連絡あったらすぐ恵に返すよ」
有無を言わせない圧と伏黒が渋る理由を取り上げられては従うしかなかった。病院から津美紀に関する連絡を待つ以外に携帯電話を必要とする理由もないのだから。
「何かあったら、お願いしますよ」そう言い加えながら唯一の荷物だった携帯電話を五条に渡す。
本当に身一つになって、どこか身体が軽くなったような気がしたと思ったら勝手に欠伸がこぼれた。早朝の電車内に人影はなく、窓を規則的に流れる代わり映えのしない景色もまた眠気を誘う。こんなに眠いと思ったのは久しぶりだった。
「降りる時起こすから寝な」
口ばかりが軽くてよく回る五条が、本当はそこまで軽薄ではないことを知っている。起こすと言えば起こしてくれるし、伏黒の携帯電話に何かあればすぐに返してくれるだろうことも知っている。
容赦なく重さを増していく瞼に従って目を閉じれば、意識はあっという間に沈んでいった。右頬に五条の身体が触れる感覚がした気がしたが、それを気にする暇もなかった。
「起きて」
その言葉と共に肩を揺すられて目を覚ませば、車内には人が増え始めていた。伏黒の隣にも夏休みシーズンだからか学生の集団が座っていた。霞む目を軽くこすりながら五条に凭れかかっていた身体を起こす。
「…どこですか、ここ」
間もなく停車するというアナウンスにつられて扉の上にある電光板を見れば知らない駅の名前があった。続けて流れるアナウンスでここが終点だと知る。
「どこだろ。ほら、次の電車乗るよ」
やがて停車して開いたドアから五条に連れられて降り、ホームにあった時計を見れば出発が早かったのもあってまだ朝の8時半頃だった。どこに向かうかも決めてないと言っていたから、ここで降りたのもただ終点だからというだけなのかもしれない。ぐるりとホームを見渡した五条は案内板を見て「じゃあこっち」と歩き出した。
「朝食べてないでしょ?」
「そうですね」
「お腹すいた?」
「…どうでしょう」
言われてみれば空腹な気はするけれど、それを感じるのも久しぶりな気がしてどこか自信がない。無気力、それとも虚無感。なんと呼べばいいのか分からないが何もかもが億劫で仕方ないのだ。終点まで眠った頭は多少すっきりしてはいるのだけど。
じゃあ適当にどっかで食べようか。揶揄うのでもなくそう言った五条の言葉が存外優しくて、泣きたくなる。けれどその理由を考えられるほどまだ伏黒の頭にも心にも隙間なんてものはなかった。
どこだか分からない駅の知らない改札を抜ければ当然そこには知らない街並みがある。伏黒が住んでいた町も寂れて廃れてはいたが、乗り込んだ電車は更に寂れた方へと進んだようで、見える風景にはコンビニの姿もなかった。
「な~んもないね」
「調べないんですか。携帯で」
「電源切ってるから調べないよ」
「なんで電源を?」
「めっちゃ連絡くるから」
言葉を交わしながらあてもなく寂れた街を歩く。コンビニもなければファストフード店もない。人の姿もそれほど多くはない。そして、海も見えやしない。
この人が呪術師の世界で類を見ない程強くて必要とされていることは知っている。この界隈に真っ当な労働基準なんてものがあるとは思えないが、そんな人が5日分も休みを取ることは大変なのだろうと予想もつく。長い付き合いの中で急な呼び出しがあったことも少なくない。だからといって伏黒と過ごすために5日間もそれを遮断してしまうことが良いこととは当然思えないけれど。
「でも調べないで海に行けるんですか」
「そこは僕の運の見せ所ってやつ?あ、ここでいっか」
「そうですね」
空調の効いた車内を抜けて陽射しが照り始めた町へと繰り出せばあっという間に汗が背中を伝う。じりじりと肌を焼く熱光線から逃げるように、視界に入った古めかしい喫茶店へと向かった。駅からそれほど距離がある訳でもないのに頬を汗が一筋流れていく。真夏は朝でも暑い。そんな中で適当な方向に適当に歩いただけで喫茶店を見つけられたということは、五条の運というのも案外悪くは無いのかもしれない、なんて。
ドアベルの音色に出迎えてもらいながら店内へと足を踏み入れれば、外よりは多少冷えている程度の空気が身体の表面を流れる。朝だから空調がきいていないのか、元からこんなものなのかは分からない。しかし肌を焼く日差しが無いだけで十分だった。
カウンターの隅で新聞を眺めていた初老の店主はちらりと伏黒達を見てからぶっきらぼうに空いてる席へ、とだけ言って再び視線を新聞へと戻した。地元の人間しか来ないような、何も気取っていない店内は酷くシンプルだった。ぽつぽつと置かれた人工の観葉植物と年季の入った木製のテーブルに椅子、天井ではどこか場違いなシーリングファンが回っていて、控えめに流れるラジオからは知らないJ-POPが流れていた。
誰もいない店内。特に深い理由もなく奥まったテーブル席へと腰掛ければ、隅のメニュー立てにラミネート1枚の簡素なメニューが置かれていた。
「何にする?僕はとりあえずパンケーキとカフェオレ」
「朝から重くないですか」
「お腹すいてるし」
それはいまいち答えになってないと思うが、それ以上の返答は避けて「サンドイッチと珈琲で」と伝えた。五条が席から少しだけ身を乗り出して店主を呼んでオーダーを伝えれば、ついでに水の入ったグラスを置いた店主は入ってきた時と同様にぶっきらぼうな返事でもってカウンターへと戻っていく。
頼んだものが届くまでの隙間の時間、垣間見たこの街の景色を思い出す。人もいなくて、寂れて廃れて、きっともう変わることの無い街。まさしく終点に相応しい街だった。
「……ここで適当に宿探すんでもいいんじゃないですか」
どこからか控えめに流れるラジオではもう次の曲が流れ始めていた。やはりこれも、伏黒の知らない曲だ。
やっと空腹を感じ始めた腹の虫が今になって小さく鳴く。
「海ないじゃん」
「そうですけど、…行き当たりばったりで、ずっと海に着けなかったらどうするんですか」
「着くまで電車乗り継ぐだけだよ」
「真逆に向かってても分からないのに」
「駅員に訊けばいいじゃん」
「…………それでも、分からなかったら、」
眠ったきり、夢の中で時間を浪費し続ける姉の姿が頭を過ぎる。閉じた瞼の向こうで夢を見ているのか、それともただ意識もなく暗闇の中を漂っているのかは分からないが終わりの見えない世界にいることに違いはなかった。終わりが、分からないのだ。見つかるとも限らない。
結露がグラスを伝い、テーブルに綺麗に丸い輪の形をした水溜まりを作る。
「どうにかなるよ」
サングラス越しに、五条の目が伏黒をまっすぐ映していた。この会話は海に行けるかどうかというものの筈だが、五条はそこに滲む伏黒の言葉の意味を見透かしているようだった。それから逃れる様に五条から視線を外す。
グラスの中の氷が少しずつ小さくなっていく。
「お、なかなか美味しそう」
やがて運ばれてきたパンケーキに一緒に運ばれてきたメープルシロップをあるだけかけた五条の目はもう伏黒を射貫いてはいなかった。それにどこかほっとしたような、寂しさを感じるような。
「…頂きます」
子供にだって作れそうなサンドイッチは、一口食べれば田舎の寂れたカフェらしいそれなりの味がした。
電車を乗り継ぎ、それに飽きたら今度は路線バスを乗り継ぎ、小腹が空けばコンビニでアイスを買った。一度も道を調べることなく、路線図を見ることもせず、行き当たりばったりで突き進んで陽が傾き始めた頃。名前も知らない街で乗ったバスの窓の向こうには海が広がっていた。宿があるのか些か不安ではあるが、斜めになった陽が海を照らしてなかなか悪くはなかった。
「本当に海、ありましたね」
「ほら、どうにかなった」
夏休みの真っ最中だというのにバスの中に人は殆どいない。いても買い物や仕事帰りの主婦やサラリーマンばかりで、旅行者らしいのは伏黒と五条くらいだった。といっても旅行らしい荷物を持っているわけでもないから傍から見れば旅行者には映っていないかもしれないが。
車内アナウンスが流れて、それを最後まで聞かずに誰かが停車ボタンを押した。
「次で降りよっか」
「はい」
車窓から見える海が一旦遠ざかり街中へと進んでいく。朝食を食べた街に比べれば人通りも僅かながらコンビニも見えるということは多少は活気のある街なのだろう。細々とした、僅かばかりの漁業でどうにか生きている街なのかもしれない。
随分と遠くまで来た。早朝だった筈の空がもう夕暮れ近くになっている。五条と伏黒のことを知っている人間はどこにもいない、遠い遠い場所だ。
ほどなくして停車したバスから降りれば、住宅地のようで海は見えなくなっていた。しかし僅かに磯の匂いがしてちゃんと海があるのだと教えてくれる。
「もう一個前のバス停で降りればよかった」
「どう見てもここに宿はなさそうですからね」
「海の方に向かいながら探そっか」
「逆のバス乗ればよくないですか」
「それじゃあつまらないじゃない。旅は自分の足で歩いてこそだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ」
乗ってきた道を戻りながら宿を探すが、もしも見つからなかったらどうしようなんて気持ちは湧いてこなかった。海に行くと言って本当に海のある街に辿りつけたのだ。五条ほどではないが、ここでもきっとどうにかなる。そんな気持ちがしてくる。
一度陽が傾けば暗くなるまではあっという間だ。暗くなっていく街を歩く部外者である自分たちを気にする者はどこにもいない。ここには五条と伏黒しかいない。相変わらず殆ど手ぶらのまま、身体の横で揺らしていた手を不意に掬い上げられた。自分のものより大きい手を振りほどこうなんて気はここではしないけれど、そう思ったとしても解けないような強さだった。
少しずつ少しずつ、潮の匂いが増してきて民家も減っていく。明日は何をしようか、この街を歩き回ろうか、名産とかあるのだろうか、何が食べたい、そんな話をしながら繋いだ手を揺らして歩けば、既に今日の営業を終えた店の並ぶ通りに小さな旅館の看板が見えた。どこも暗い通りの中で一つだけ灯りの灯されたそこは目立つ。
当然、自然と足はそこへ向かった。そこは民家を人が泊まれるように改修したような、まさしく個人でこじんまり細々と経営しているような宿屋だった。中に入った時には入口に人はおらず、カウンター的なものもない。けれど五条が人気のない廊下の奥に向かって声をかければ、女将らしき50半ば程の女性が奥からやってきた。繋いでいた手はどちらからともなく離された。
「今日泊まりたいんだけど、泊まれる?」
「ええ。お部屋は御一緒で?」
「うん」
五条が彼女と話を進めていくのをぼんやりと聞きながら、ネットにも旅行雑誌にも穴場としてすら掲載されていないだろうこの宿を見渡す。ここで、これから数日過ごすのか。そんな当たり前のことを考える。引くほど金がかかるような旅館でもない、温泉があるでも露天風呂があるでもない、あちらこちらに観光地があるような派手な土地でもない、それどころか7時を回ればどこもさっさと店仕舞いしてしまうくらいには訪れる人の少ない海辺の街。
「素泊まりにしたからさ、コンビニで何か買ってこようよ。お腹すいてる?」
話はついたのだろう、伏黒に向き直った五条が聞いてくる。小さい街の小さい建物に、五条は馴染まなくて少しおかしかった。
「…そうですね、お腹すきました」
ここはきっと、次に訪れることはもうない街だった。
_____
「………嘘だろ」
窓の外にある太陽はすっかり昇りきっていて、外から聞こえるのは雀の鳴き声ではなかった。クーラーが効いているから暑くはないが、朝の爽やかさなんてものもない。目が覚めたばかりの伏黒にも分かるほど、真昼間だった。慌てて起き起き上がれば、とっくに起きていたのだろう五条がへらりと笑って「おそよう」と言った。
広くはないこの部屋は、寝る時にテーブルを端に寄せてから押し入れから布団を出さなくてはいけない。だから昨夜は適当にコンビニで買ってきたものを食べた後にシャワーを浴びてからそうして寝支度を整えて寝た。いつぶりか、ぐっすりと寝た頭はちゃんと昨夜の記憶を掘り起こして今の状況を正しく教えてくれる。
「っ、起こしてくださいよ!」
「だって起こすの可哀想だったから」
テーブルと小さな冷蔵庫にその他必要最低限の物しかない部屋で自分の布団だけはしっかり畳んで隅に寄せていた五条は、悪びれることなくそう言っていつの間に買ったのか紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいた。伏黒が寝ている間に外にでも出たのだろう。だったら尚のこと起こせばいいものを。寝る前に明日はこの辺りを探索しようと言っていたのは誰だったか。
「…もう昼ですよ。出掛けるにも中途半端だ」
「でも、元気になってきたからよかったじゃん。顔色もいいし、最近寝れてなかったんでしょ」
「……それは…」
そうだけど、とは言えなかった。言ってしまえばまるで自分が弱い人間であることを認めてしまう気がして、みっともない気がして、情けない気がして。両親がいなくなってもなんてこと無かったくせに。
だが、そんなものは五条の前で隠すだけ無駄なのだろう。本当は家を連れ出されて早朝の電車に乗った時から気付いていた。津美紀が眠りこけてしまってから平静を装っているつもりで中身が徐々に崩れていく伏黒を気にしての旅行だということは。それでも素直に認めるにはまだ、その弱くて情けない自分が邪魔をした。
「まぁいいよ。寝起きにしては元気十分」
寝癖のついているだろう伏黒の髪を五条が摘んだ。そのまま軽く引っ張られても、それを振り払おうなんて気にはならなかった。無気力だとか、面倒だとか、そんなものじゃない。甘やかされている。その事実に絆されているのだ。
やはり伏黒が寝ている間に少し近くを散策したらしく、身支度を整えるなり連れ出されたのは宿からすぐ近くにある大衆食堂だった。昼時ということもあり、店内は半分ほど埋まっており少し活気が感じられる。泊まった宿にもここにも旅行者らしき人の姿は見えなかったけれど。
「おじちゃーん、連れてきたよ」
「お、朝言ってた連れか!適当に空いてる席に座りな」
五条が厨房に向かってそう声をかけると、気の良さそうな店長と思しき人がにかりと歯を見せて笑った。底抜けに明るそうな、夏のためにいるような、日に焼けた肌が良く似合う人だった。朝方にここへやってきた五条が彼とどんな話をしたのかは知らない。だが、席につくなり2人がにこやかに話している様子からしてそう悪いことは言っていないのだろう。その会話の中で勝手に海鮮丼を2つ頼まれたことに関しては、形だけでも何を食べるか聞けと言ってやりたかったが。
「おじちゃんが言うには海鮮丼がオススメだって」
「もう食べたのかと思いました」
「まさか。恵が起きてから一緒に食べようと思ってたから、オススメだけ聞いてた」
「でも一応何食べるかくらいは聞いてくださいよ。海鮮丼食いたくなかったらどうすんですか」
「食べたくなかった?」
「…そういう訳じゃ、ないけど」
「ならいいじゃん」
息が零れるように笑った五条が、眩しかった。真昼の日差しが窓から差し込んで、白い髪を透かす。サングラスに隠されていなければ、きっと真っ青な瞳だってきらきらしていただろう。彼は伏黒が思っているより、夏が似合う人だった。
「この旅行、」
「ん?」
ここに辿り着くまでにあちこちで下車しては次へと乗り継いでいった。お互い何を言うでもなく何となく人の少ない、寂れた方へと向かっているのは分かっていた。電車からもバスからも人が減っていって、若者の姿も減っていく。コンビニの数も減り、あるのは個人で細々とやっているような店ばかり。娯楽らしい娯楽も見当たらない。そういう終わりが見える街を通り過ぎてここに来た。きっと駆け落ちをするような人達はこういう道のりを辿るのだろう。
「津美紀には言いたくないですね」
けれどこれは駆け落ちではない。8月のたった5日間。たった5日間だけ全ての連絡を絶って遠出しただけだ。駆け落ちでもなんでもない。連絡を絶ったところで伏黒には心配してくれるような人などいないのだ。数少ない心配してくれる人は目の前にいるし、もう1人は病院のベッドの上だ。狭い世界の、狭い傷心旅行。津美紀がいつかこの2人だけの旅行の存在を知った時、きっと私も行きたかったなんて言うだろう。だがこの旅の目的を知ってしまえば今度は怒るに違いなかった。ごめんなんて謝って、それから自分自身に怒るのだ。姉はそういう優しい人だ。だからこそ、ここで過ごした数日は誰にも言わず誰にも知られず伏黒と五条の中だけで完結させたかった。
「大丈夫だよ」
この街に辿り着く前、見つけた古着屋で何着か服を買った。旅行のくせにほぼ手ぶらで飛び出したのだから必要なものは全て現地調達なのだ。だから今着ているのも名前も忘れた古着屋で買ったもので、最初に着ていたものは服を買った時に入れてもらった袋にまとめられている。伏黒が寝ている間にどうやらコインランドリーも見つけたようで、ここで遅めの昼食を終えたらそこに向かうのだという。ぎゅうぎゅうに詰められた袋が五条の足元に傾きながら立っている。
「はいよ、ちょっとマグロおまけしといたよ」
「おじちゃんありがとー!」
「ありがとうございます」
「旅行者なんて珍しいからね」
元がどのくらいの量なのかは知らないが、山と盛られた丼に礼を伝えれば大きく笑って「なんも無い街だけど楽しんで!」と告げて厨房へと戻っていった。
起き抜けにこれは重たくないか、と思うがたっぷりと眠った身体はしっかりと空腹を訴えている。何も知らない土地、知らない天井、知らない部屋の匂い、知らない空気、知らない波の音。ここにある全ては津美紀の存在しないものだ。津美紀を思い出す要素のない、その全てに少しずつ伏黒の心に隙間が出来てゆくのを感じる。ずっと考えて、張り詰めて、そして見るもの全てに思い出があって焦りを生み出していく。そんなあの場所から離れることで少しだけ気持ちが楽になった、だなんて津美紀が起きても言わないだろう。言えるわけが無い。
2人でいただきますと手を合わせて食べた海鮮丼は美味しかった。
堪えきれず笑えば五条は笑い事じゃない!とむくれてみせた。
それは伏黒が生まれる前からありそうなコインランドリーでひとまず洗濯を終えて、乾燥機に入れている間のことだった。甘いものが食べたいと言い出した五条に、遅い昼食を食べてからそう時間も開いていないから1人でなんか買ってくればいいと言えば嫌だと言う。そんな、結局伏黒が折れることになると分かりきっている押し問答をどこか楽しいと思いながら続けていたら、入口の自動ドアの隙間から白い紙のような何かが入り込んできたのだ。音もなく隙間から入り込んだそれは、鳩の形をしてふわふわと漂いながら五条の方へと向かう。それを見た時の五条の顔と言ったら。
「たった2日、僕がいないだけでどうにかなる世界なら勝手になっとけよ」
そう言って、たまたま見つけた駄菓子屋で買ったモナカアイスを五条は大きく齧った。
五条の前に現れた誰かの術式による紙製の鳩は、目の前に来た瞬間ただの紙になり五条の膝の上に落ちた。そこには五条に連れられて高専に行った時に顔を合わせた学長の名前があり、そしてシンプルに携帯に出ろとあった。この人が普段どんな任務をこなしているのか、話に聞いていても具体的なことはまだ想像でしか考えられない。だが話を聞いている限り人手はどう考えても足りていないだろうし、きっと五条にしかこなせない様なものも多々あるのだろう。そうでもなかったら携帯電話が繋がらないからといってわざわざこんな方法を使ってまで連絡させようとなんてしない。
やっぱり、5日間も連絡を遮断するのは良いことではなかったのだ。だからといって五条を咎めたりはしないが。
「仕方ないでしょう。仕事なんだから」
「ちゃんと仕事片付けてもぎ取った休みなんだけど?労基に訴えてやろうかな」
「どう見てもまともな労働基準なんてないでしょ」
乾燥を終えた洗濯物の入った袋を持ちながら、急遽日程が大幅に縮んでしまったのを理由に海へと向かっていた。どうやら今日はこのまま携帯電話は電源を落としたままにするらしく、明日起きた時に連絡を取るらしい。わざわざこんな手間をかけてまで連絡を寄越してきた相手にそれは如何なものかと思うが、これも伏黒は咎めようとは思わなかった。何だかんだで、伏黒もこの旅行を楽しみ始めているのだ。
夕方に片足を突っ込んだ時間。太陽はもう傾き出しているがまだまだ暑い。じりじりと肌を焼く太陽光線と湿った空気に汗が滲む。額から流れた汗が頬を伝い、シャツに染み込んだ。身体のうちに熱が篭っていくのが分かって、こんなことなら先程の駄菓子屋で自分もアイスを買ってもらえばよかったと僅かに後悔する。海からの帰り、向かっている道中に売ってそうな店があればそこでもいい、後で買ってもらおうと思う。
「そういえば名産的なものは聞かなかったんですか。さっきの海鮮丼の所で」
「一応聞いたんだけどねー、魚が美味いくらいしかないってさ」
「じゃあ土地ならではのスイーツ的なものは」
「ないって」
「観光出来そうな歴史的な建物とかは」
「特には」
「てことは、海見たらほぼ終わりですかね」
ちらりと見上げれば、同じようにこちらを見ていた五条と目が合う。夏の一日は長い。けれどここではその時間を持て余す。だがそれが、今の伏黒にはちょうど良かった。
「…結構楽しそうな顔してるじゃん」
「こういうのは楽しんだもの勝ちでしょう」
____
人のいない海は、どれだけ2人で居座っていようが何も言われない。見ている人間もいない。たぶん、キスのひとつくらいしても誰にも見られなかっただろう。
波打ち際に足跡を並べながら繋いでいた五条の手は、少しだけ冷たかった。
「五条さん」
寝るにはまだ早い時間。けれどお互い風呂も済ませて布団も敷いてしまって時間だけが余った。少しだけ海から離れているここは波の音などしないが、そんな贅沢なんて言える街じゃない。窓から差し込む月明かりがひどく綺麗だった。都会より、伏黒が住む家より、ずっと灯りの少ないここは夜の光がよく通る。きっと部屋の電気も消したらもっとそれは映えるだろう。
「なに?」
「明日、何時に出るんですか」
「どうしよっかな。起きた時に考えればよくない?」
「大丈夫なんですか」
「今すぐ僕が必要なら携帯に出ろ、じゃなくて高専に帰れって言われてるか直接場所伝えられてるよ」
そういうものなのか、と思うが五条が言うならそうなのだろう。五条がとても存在価値がある人間なのは分かっている。いないと困る人間なのも知っている。だが、少なくとも今日だけは世界を好き勝手出来る最強の術師などではないのだ。宛てもなくこの街に流れ着いた、駆け落ちの成り損ないをしているただの男だった。
「じゃあ抱いてください」
「…なんで?」
サングラスをしていない五条の目が、僅かに細められた。伏黒の意図を探るような、それとも見透かしているような。その視線から逃げることなく合わせたまま、手探りで天井からぶら下がっている紐を引いて煌々とついていた電気を消した。
常夜灯すら消された部屋で、月明かりだけが照明となって五条と伏黒を照らす。
なんで、なんでってそんなの。苦しい現実を忘れたいからだ。ここで犯した罪は全てここに捨てゆくからだ。ここに辿り着くまでの道のりは全てここで完結するからだ。何も知らずに眠っている彼女を忘れて、少しだけ、本当に少しだけ楽になってしまったことなんて墓にも持っていけやしない。
「付き合ってるのに、まだ手を出してこないから」
伏黒の言葉に、小さく笑った五条は同じように小さな声で「へたくそ」と言った。その意味を理解する前に伸びてきた手が、伏黒の頬をなぞる。明確な意図を持った触れ方に、思わず肩が強ばる。
「明日、海に全部捨てようね」
その手は頬から首へと流れ、鎖骨の窪みをひと撫でしてから心臓の辺りで止まった。言い出したのは自分なのに、緊張でいやに忙しなく心臓が騒いでいることがばれてしまう。それがどんなに気恥しかろうが、しかし五条の視線から逃れるなんて出来やしなかった。目を離すことが出来なかった。
「ここまでの道のりも、この宿の名前も、海鮮丼の味も、駄菓子屋のおばあちゃんの顔も、」
ぐるぐると回るコインランドリー、ほとんど人のいない海、その帰りに買ってもらったバニラ味の市販でよく売られている棒アイス、通りすがりに珍しい旅行者だからと声をかけてくれた人。何も無いと言っていたわりにはよく思い出が流れた。
同じところを何度も回る洗濯物。日常は繰り返す。いつ目が覚めるともしれない姉を待つ日々は帰ってくる。数ヶ月前の日常が戻ってくるのは、回る洗濯物がそこから抜け出すのは、いつになるか分からないけれど。
「全部捨てて、置いて行くんだよ」
五条の布団の枕元、そこに置かれたバッグの中にある伏黒の携帯は結局この日も鳴ることはなかった。たぶん、明日も鳴らない。
「でも寝れない日だけ、この夜だけ、思い出して」
月の光を吸い込んで、きらきらと光る五条の目が伏黒を射抜く。食べられるとはこの事か、とどこか他人事のように考えていれば心臓の上で止まっていた手が伏黒をそっと押す。背中に布団を感じながら、五条越しに見えた天井は当たり前だが知らない天井だった。
_____
この日も目を覚ましたのはすっかり太陽が登り切った昼間だった。窓からは燦々と太陽が部屋を照らし熱も運ぶ。また勿体ない時間の使い方をした、と思うが今日は昨日と違って伏黒だけが寝過ごしたのではない。2人揃ってこの時間まで寝過したのだ。先に伏黒が目覚めて、少ししてから五条も目覚めて、それから昨夜のことを思い出して気まずい顔をした伏黒を見て五条が笑う。時間は昼だがいい朝だった。
しかし現実はやってくるもので、だらだらと身支度を整えてあとはここを出るだけという段階になってようやっと電源を落とし続けていた携帯電話を起動してみれば、夥しい量の着信履歴が表示された。なるほど、これは確かに手間をかけてまで五条に連絡してくるはずだと納得してしまう程に。
「うわキモ」
「本当に休み取ってきたんですか」
「ちゃんと取ったって!凄い頑張った!」
「本当に?」
想像以上の着信に疑いの目を向ければ五条は本当だって!と叫んでからもう一度電源を落とそうとした。
「こら、駄目でしょ」
「絶対怒られる。超めんどくさい」
「諦めてください。大人なんだから」
あーやだやだ、とぼやきながらひとまず電源を切る事はやめた五条は伏黒の家までの経路を調べ始めた。ここで初めて、この街の名前と距離を知る。ちゃんと通ってきた筈なのに、会話だってしてきた筈なのに、いかに自分の心が余裕を無くして周りを見れていなかったのか。
3日前、家を出る時と同じ格好でここを出る。使い捨てるために買った服も、その他の物も、全てどこかのゴミ箱に入れることになるだろう。
カメラもなければ携帯電話の電源も落としていたから写真もない、着てきた服は全部使い捨て、土産なんて当然買わない。波打ち際に作った足跡ももうない。形の残るものは何も無い旅行だった。何も残らなくて、忘れられないもの。
「じゃ、行こっか。お小言聞くのは恵の家に着いてからにしてさ」
明日になればきっと名前も思い出せない。行き方も分からなくなる。二度と訪れることはなくて、二度と会うことも無い。ここは、何かを捨て、忘れる為の街だ。
残るのは知らない天井。それだけでいい。
「この街、もう一度来れると思います?」
「さぁ?行こうと思えば行けるんじゃない?」
五条が顎に手を持ってくる時は、何も考えていない時か適当な嘘を言う時だ。
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2023.09.08 23:12:50
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2020年に書いたから色々情報に齟齬があると思う
「じゃ、夏休み5日間空けといてね」
唐突に伏黒の住むアパートにやって来るなりそう告げた五条は、伏黒の返事を待たずに言うだけ言ってさっさと帰ろうとした。夏休みが始まるまであと少し。いつから5日間なのか、何をする気なのか、今度はどこに連れていかれるのか。予定を開けろと言われた5日間の内容がさっぱり分からない。中身によっては断りたい伏黒の気持ちなど初めから考えていないのだろう。本当に断れるかは別として、形式的にでももっと詳細を言えと伏黒は今すぐにでも玄関扉を開けそうな五条を引き止めた。
「もっと他に言うことあるでしょう」
「……今日も可愛いね?」
「可愛くないし、そうじゃなくていつからどこで何するんですか」
中途半端にドアノブに掛けられた手を離そうともしないで、五条は形ばかり考える素振りをした。わざとらしくドアノブを掴んでいない方の手を顎に持ってくる姿は、何も考えていない時か適当な嘘を言う時だ。この場合は何も考えていないから今考えている、そんなところだろう。
「夏休みいつから?7月末だっけ?」
「…そんなところです」
「じゃあ8月1日。1日から5日間空けといてね。…あ、着替え含めて持ち物何もいらないから」
作りも古いこの部屋のドアは規格外の大きさを持つ人間には対応していない。ドアノブを捻り、開け放たれたドアから少しだけ腰を曲げて五条は出て行った。
1人きりになって少しだけ広くなった筈なのに、しかし小学生の記憶に比べれば随分と小さく感じるこの部屋。大きくなった身体の分だけ窮屈になって、1人減った分だけ隙間が広がった部屋。網戸から吹き込む風がカーテンを揺らしながら遠くの蝉の鳴き声を連れてくる。もうとっくに行く場所の決まっている伏黒には受験勉強などというものは関係なかった。そういう意味では他の同級生に比べれば随分と落ち着いた夏だ。わざわざ休みの日に顔を合わせるような友人もいない。一緒に過ごす家族も今はいない。
中学3年生の夏。姉のいない、初めての1人きりの夏が始まろうとしていた。
______
ここ数ヶ月、元々浅い方だった眠りが更に浅くなった。日付が変わった頃に布団に潜り、そこからうとうとと眠っているのかいないのか分からない浅瀬を漂う。少しの物音で直ぐに覚醒しては、枕元にある携帯電話が静かなことに落胆する。それを繰り返しているうちにやってきた朝日がカーテンの向こうにある空を少しだけ明るくして、新聞配達員のバイクの音と誰かの家のポストに新聞を投げ入れる音が早朝に響く。少しもすっきりしない眠りだ。眠りとも呼べない。それが数ヶ月続いている。
古びて寿命の近い扇風機しかない部屋でただ目を閉じるだけの夜。夏休みに入っても何も変わらない。姉が目覚めたという連絡を待って浅くなる眠り、部屋の隅では呼んでもないのに伏黒だけの式神だという2匹の犬がどこか心配するようにじっとこちらを見ている気がした。
今日は8月1日。行くとも行かないとも返事をしないまま迎えた今日は、結局何時に出発するのかどこに向かうのか、そもそも現地集合なのか迎えに来るのかも分からないままだった。今日を迎えるまでに半月ほど日はあったが、伏黒から聞くこともなかったし五条から何か言ってくることもなかった。聞いたところでまともな返事が帰ってくるとは思わなかったが、そもそも興味がなかったのだ。一応伏黒の家に五条が訪れた最初の1回は概要を聞きはしたが、本当はあの場で勝手に連れ去っても構わなかった。自棄だと言われてしまえばそれまでだが。
遠くでバイクのエンジン音がした。もう朝がやってきたのだ。ゆっくりと目を開ければカーテンをすり抜けた朝日が天井を明るくしていた。枕元にある携帯電話は、変わらずなんの知らせも伏黒に寄越してはくれない。小さく嘆息して布団から起き上がる。欠伸すら出てきやしない。使い古して限界まで薄くなった布団をおざなりに畳んで、部屋の隅に寄せてからシンクで朝の支度をすることにした。
姉が何かに呪われて数ヶ月。幼稚園で読み聞かされた眠り姫のように穏やかに眠る姉は、春が終わったことを知らない。揺すっても叩いても起きない姉の症状を呪いだと診断したのは五条だ。いつもならとっくに起き出す時間になっても目覚めない姉に、伏黒が咄嗟に頼った大人は119番の救急車でも、アパートの管理人でもなく五条だった。伏黒にとって1番身近で1番物事をよく知っている大人がこれは呪いだと言い、けれど原因も分からなければ解く方法も分からないとも言う。目の前が真っ暗になる、という経験は初めてだった。ある日忽然と両親が姿を消したって、親に捨てられた子だと同級生から後ろ指を指されたって平気だったのに。
水道を閉め、適当に身支度を終えた伏黒はまだ日が登りきっていない部屋を眺めた。小学校に上がったばかりの頃は2人になって随分と広くなってしまったと思ったこの部屋は、中学生にもなれば2人いれば狭いと感じるようになった。そこに五条が押しかけてくれば尚のこと。けれど今は姉は呪術高専と濃い繋がりがあるという病院で穏やかに眠っているから1人きりだ。五条が来たってこの隙間は埋まらない。
小さく息をついてから伏黒はいつ来るかも分からない五条を待ちながらどこに行くのかも分からない旅行の準備を始めた。といっても荷物は何もいらないと言っていたから着替えて携帯電話の充電をしておくくらいだが。きっと五条のことだ、財布も持ってこなくていいと言うだろう。五条が伏黒と姉を連れてどこかへ出かける時はいつだってそうだった。
「早起きじゃん」
「…いつくるか分からないからですよ」
準備と言えるのかも分からない準備を終えて、ぼんやりと窓から早朝の空を眺めていればチャイムも押さずに五条がやってきた。最初の頃はチャイムを鳴らしていた気がするけれど、気が付けば勝手に合鍵を作って勝手に開けるようになったのだ。
窓から視線を外して玄関へと向ければ、丁度首から上がドア枠からはみ出して顔が見えない五条が外に立っていた。狭いこの部屋は玄関を開けるだけで外から丸見えだ。
「行く準備できてる?」
「はい」
「じゃ行こっか」
財布もいらないよ。相変わらず顔が見えないままの五条はそう付け足した。彼もまた、5日間の旅行に行くには不釣り合いなショルダーバッグ一つしか下げていない。
今日は本当に休みなのだろう。首から下は見慣れた黒づくめではなかった。
____
早朝と言えども夏の真っただ中となれば澄んだ空気と湿気が混ざり合っている。だらだらと歩いているだけでぬるい湿気がまとわりついてくるのを鬱陶しいと思いながら五条について行けば、向かう先は駅だった。まだ通勤時間には早い時間。改札周辺は人もまばらで閑散としていた。
「はい、これ恵のね。いっぱい入ってるから足りなくなることはないと思うけど」
「どこ行くんですか」
改札を通る前に五条から交通費の入っているのであろうICカードを渡された。それを受け取りながら問えば五条はうーん、と唸ってから顎に手を当てた。五条の横顔を見上げていればサングラスの隙間からちらりとこちらを見た瞳と真っ直ぐかち合う。真っ青な空と、五条の瞳の色はよく似ている。
「さぁ?夏だし海の見えるところがいいかな」
「…さぁ?」
「だってこれ、ぶらり旅だから」
楽し気に瞳を細めた五条はそう言って伏黒に渡したのとは別のICカードでもって改札を抜けた。ぴ、と軽い音がして五条と伏黒を別つ。
どこに行くのかも決まっていないような、旅行と呼んでもいいかすら怪しい旅行。もう五条は改札の向こうへと行ってしまったのだから行かないと言い放って自分だけ帰ってもよかったのだけど、そう言わずに同じように改札を抜けてしまったのは、たぶんもう考えることに疲れていたからだ。寝不足のどこかぼんやりした頭では姉のことだけで頭のキャパシティはいっぱいで、それ以上の出来事の意味なんて考えてなどいられなかった。
「適当に海が見えそうな方に乗ってこうか」
「本当にノープランなんですね」
「まぁね」
五条が気ままに向かったホームはやはり人も少なく静まり返っていた。電光案内板ではあと五分程で電車が来るとあったが、出掛けるのに殆ど手ぶらの状態は何となく落ち着かなくて、足元の乗車位置の案内を見る。ジーパンのポケットに雑に突っ込んだ携帯電話はうんともすんとも言わず黙りこんだままで、その事に僅かばかり罪悪感が浮かぶ。もしもこの5日間のどこかで目が覚めた時、なんと説明しよう。電話の向こうで人が寝ていたのに遊び呆けていたことを呆れられるだろうか、次は自分も行きたいなと笑うだろうか。恐らく後者だが、罪悪感は前者を押し付けてくる。
やがてホームに電車が滑り込んできて、どこまで乗るとかどこに向かう電車なのかもお互い話すことなく開いた扉から乗り込めば案の定車内に人は殆どいなかった。せいぜい別の車両に数人いる程度で、五条と伏黒が乗り込んだ車両には誰もいない。人のいない静かな車内でわざわざ真ん中に座った五条の左隣に腰掛けるとおもむろに右手を差し出された。
「ケータイ、回収ね」
「……なんでですか」
「デートなのにケータイばっか気にされたら妬けちゃうから」
「…だからって」
「病院から連絡あったらすぐ恵に返すよ」
有無を言わせない圧と伏黒が渋る理由を取り上げられては従うしかなかった。病院から津美紀に関する連絡を待つ以外に携帯電話を必要とする理由もないのだから。
「何かあったら、お願いしますよ」そう言い加えながら唯一の荷物だった携帯電話を五条に渡す。
本当に身一つになって、どこか身体が軽くなったような気がしたと思ったら勝手に欠伸がこぼれた。早朝の電車内に人影はなく、窓を規則的に流れる代わり映えのしない景色もまた眠気を誘う。こんなに眠いと思ったのは久しぶりだった。
「降りる時起こすから寝な」
口ばかりが軽くてよく回る五条が、本当はそこまで軽薄ではないことを知っている。起こすと言えば起こしてくれるし、伏黒の携帯電話に何かあればすぐに返してくれるだろうことも知っている。
容赦なく重さを増していく瞼に従って目を閉じれば、意識はあっという間に沈んでいった。右頬に五条の身体が触れる感覚がした気がしたが、それを気にする暇もなかった。
「起きて」
その言葉と共に肩を揺すられて目を覚ませば、車内には人が増え始めていた。伏黒の隣にも夏休みシーズンだからか学生の集団が座っていた。霞む目を軽くこすりながら五条に凭れかかっていた身体を起こす。
「…どこですか、ここ」
間もなく停車するというアナウンスにつられて扉の上にある電光板を見れば知らない駅の名前があった。続けて流れるアナウンスでここが終点だと知る。
「どこだろ。ほら、次の電車乗るよ」
やがて停車して開いたドアから五条に連れられて降り、ホームにあった時計を見れば出発が早かったのもあってまだ朝の8時半頃だった。どこに向かうかも決めてないと言っていたから、ここで降りたのもただ終点だからというだけなのかもしれない。ぐるりとホームを見渡した五条は案内板を見て「じゃあこっち」と歩き出した。
「朝食べてないでしょ?」
「そうですね」
「お腹すいた?」
「…どうでしょう」
言われてみれば空腹な気はするけれど、それを感じるのも久しぶりな気がしてどこか自信がない。無気力、それとも虚無感。なんと呼べばいいのか分からないが何もかもが億劫で仕方ないのだ。終点まで眠った頭は多少すっきりしてはいるのだけど。
じゃあ適当にどっかで食べようか。揶揄うのでもなくそう言った五条の言葉が存外優しくて、泣きたくなる。けれどその理由を考えられるほどまだ伏黒の頭にも心にも隙間なんてものはなかった。
どこだか分からない駅の知らない改札を抜ければ当然そこには知らない街並みがある。伏黒が住んでいた町も寂れて廃れてはいたが、乗り込んだ電車は更に寂れた方へと進んだようで、見える風景にはコンビニの姿もなかった。
「な~んもないね」
「調べないんですか。携帯で」
「電源切ってるから調べないよ」
「なんで電源を?」
「めっちゃ連絡くるから」
言葉を交わしながらあてもなく寂れた街を歩く。コンビニもなければファストフード店もない。人の姿もそれほど多くはない。そして、海も見えやしない。
この人が呪術師の世界で類を見ない程強くて必要とされていることは知っている。この界隈に真っ当な労働基準なんてものがあるとは思えないが、そんな人が5日分も休みを取ることは大変なのだろうと予想もつく。長い付き合いの中で急な呼び出しがあったことも少なくない。だからといって伏黒と過ごすために5日間もそれを遮断してしまうことが良いこととは当然思えないけれど。
「でも調べないで海に行けるんですか」
「そこは僕の運の見せ所ってやつ?あ、ここでいっか」
「そうですね」
空調の効いた車内を抜けて陽射しが照り始めた町へと繰り出せばあっという間に汗が背中を伝う。じりじりと肌を焼く熱光線から逃げるように、視界に入った古めかしい喫茶店へと向かった。駅からそれほど距離がある訳でもないのに頬を汗が一筋流れていく。真夏は朝でも暑い。そんな中で適当な方向に適当に歩いただけで喫茶店を見つけられたということは、五条の運というのも案外悪くは無いのかもしれない、なんて。
ドアベルの音色に出迎えてもらいながら店内へと足を踏み入れれば、外よりは多少冷えている程度の空気が身体の表面を流れる。朝だから空調がきいていないのか、元からこんなものなのかは分からない。しかし肌を焼く日差しが無いだけで十分だった。
カウンターの隅で新聞を眺めていた初老の店主はちらりと伏黒達を見てからぶっきらぼうに空いてる席へ、とだけ言って再び視線を新聞へと戻した。地元の人間しか来ないような、何も気取っていない店内は酷くシンプルだった。ぽつぽつと置かれた人工の観葉植物と年季の入った木製のテーブルに椅子、天井ではどこか場違いなシーリングファンが回っていて、控えめに流れるラジオからは知らないJ-POPが流れていた。
誰もいない店内。特に深い理由もなく奥まったテーブル席へと腰掛ければ、隅のメニュー立てにラミネート1枚の簡素なメニューが置かれていた。
「何にする?僕はとりあえずパンケーキとカフェオレ」
「朝から重くないですか」
「お腹すいてるし」
それはいまいち答えになってないと思うが、それ以上の返答は避けて「サンドイッチと珈琲で」と伝えた。五条が席から少しだけ身を乗り出して店主を呼んでオーダーを伝えれば、ついでに水の入ったグラスを置いた店主は入ってきた時と同様にぶっきらぼうな返事でもってカウンターへと戻っていく。
頼んだものが届くまでの隙間の時間、垣間見たこの街の景色を思い出す。人もいなくて、寂れて廃れて、きっともう変わることの無い街。まさしく終点に相応しい街だった。
「……ここで適当に宿探すんでもいいんじゃないですか」
どこからか控えめに流れるラジオではもう次の曲が流れ始めていた。やはりこれも、伏黒の知らない曲だ。
やっと空腹を感じ始めた腹の虫が今になって小さく鳴く。
「海ないじゃん」
「そうですけど、…行き当たりばったりで、ずっと海に着けなかったらどうするんですか」
「着くまで電車乗り継ぐだけだよ」
「真逆に向かってても分からないのに」
「駅員に訊けばいいじゃん」
「…………それでも、分からなかったら、」
眠ったきり、夢の中で時間を浪費し続ける姉の姿が頭を過ぎる。閉じた瞼の向こうで夢を見ているのか、それともただ意識もなく暗闇の中を漂っているのかは分からないが終わりの見えない世界にいることに違いはなかった。終わりが、分からないのだ。見つかるとも限らない。
結露がグラスを伝い、テーブルに綺麗に丸い輪の形をした水溜まりを作る。
「どうにかなるよ」
サングラス越しに、五条の目が伏黒をまっすぐ映していた。この会話は海に行けるかどうかというものの筈だが、五条はそこに滲む伏黒の言葉の意味を見透かしているようだった。それから逃れる様に五条から視線を外す。
グラスの中の氷が少しずつ小さくなっていく。
「お、なかなか美味しそう」
やがて運ばれてきたパンケーキに一緒に運ばれてきたメープルシロップをあるだけかけた五条の目はもう伏黒を射貫いてはいなかった。それにどこかほっとしたような、寂しさを感じるような。
「…頂きます」
子供にだって作れそうなサンドイッチは、一口食べれば田舎の寂れたカフェらしいそれなりの味がした。
電車を乗り継ぎ、それに飽きたら今度は路線バスを乗り継ぎ、小腹が空けばコンビニでアイスを買った。一度も道を調べることなく、路線図を見ることもせず、行き当たりばったりで突き進んで陽が傾き始めた頃。名前も知らない街で乗ったバスの窓の向こうには海が広がっていた。宿があるのか些か不安ではあるが、斜めになった陽が海を照らしてなかなか悪くはなかった。
「本当に海、ありましたね」
「ほら、どうにかなった」
夏休みの真っ最中だというのにバスの中に人は殆どいない。いても買い物や仕事帰りの主婦やサラリーマンばかりで、旅行者らしいのは伏黒と五条くらいだった。といっても旅行らしい荷物を持っているわけでもないから傍から見れば旅行者には映っていないかもしれないが。
車内アナウンスが流れて、それを最後まで聞かずに誰かが停車ボタンを押した。
「次で降りよっか」
「はい」
車窓から見える海が一旦遠ざかり街中へと進んでいく。朝食を食べた街に比べれば人通りも僅かながらコンビニも見えるということは多少は活気のある街なのだろう。細々とした、僅かばかりの漁業でどうにか生きている街なのかもしれない。
随分と遠くまで来た。早朝だった筈の空がもう夕暮れ近くになっている。五条と伏黒のことを知っている人間はどこにもいない、遠い遠い場所だ。
ほどなくして停車したバスから降りれば、住宅地のようで海は見えなくなっていた。しかし僅かに磯の匂いがしてちゃんと海があるのだと教えてくれる。
「もう一個前のバス停で降りればよかった」
「どう見てもここに宿はなさそうですからね」
「海の方に向かいながら探そっか」
「逆のバス乗ればよくないですか」
「それじゃあつまらないじゃない。旅は自分の足で歩いてこそだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ」
乗ってきた道を戻りながら宿を探すが、もしも見つからなかったらどうしようなんて気持ちは湧いてこなかった。海に行くと言って本当に海のある街に辿りつけたのだ。五条ほどではないが、ここでもきっとどうにかなる。そんな気持ちがしてくる。
一度陽が傾けば暗くなるまではあっという間だ。暗くなっていく街を歩く部外者である自分たちを気にする者はどこにもいない。ここには五条と伏黒しかいない。相変わらず殆ど手ぶらのまま、身体の横で揺らしていた手を不意に掬い上げられた。自分のものより大きい手を振りほどこうなんて気はここではしないけれど、そう思ったとしても解けないような強さだった。
少しずつ少しずつ、潮の匂いが増してきて民家も減っていく。明日は何をしようか、この街を歩き回ろうか、名産とかあるのだろうか、何が食べたい、そんな話をしながら繋いだ手を揺らして歩けば、既に今日の営業を終えた店の並ぶ通りに小さな旅館の看板が見えた。どこも暗い通りの中で一つだけ灯りの灯されたそこは目立つ。
当然、自然と足はそこへ向かった。そこは民家を人が泊まれるように改修したような、まさしく個人でこじんまり細々と経営しているような宿屋だった。中に入った時には入口に人はおらず、カウンター的なものもない。けれど五条が人気のない廊下の奥に向かって声をかければ、女将らしき50半ば程の女性が奥からやってきた。繋いでいた手はどちらからともなく離された。
「今日泊まりたいんだけど、泊まれる?」
「ええ。お部屋は御一緒で?」
「うん」
五条が彼女と話を進めていくのをぼんやりと聞きながら、ネットにも旅行雑誌にも穴場としてすら掲載されていないだろうこの宿を見渡す。ここで、これから数日過ごすのか。そんな当たり前のことを考える。引くほど金がかかるような旅館でもない、温泉があるでも露天風呂があるでもない、あちらこちらに観光地があるような派手な土地でもない、それどころか7時を回ればどこもさっさと店仕舞いしてしまうくらいには訪れる人の少ない海辺の街。
「素泊まりにしたからさ、コンビニで何か買ってこようよ。お腹すいてる?」
話はついたのだろう、伏黒に向き直った五条が聞いてくる。小さい街の小さい建物に、五条は馴染まなくて少しおかしかった。
「…そうですね、お腹すきました」
ここはきっと、次に訪れることはもうない街だった。
_____
「………嘘だろ」
窓の外にある太陽はすっかり昇りきっていて、外から聞こえるのは雀の鳴き声ではなかった。クーラーが効いているから暑くはないが、朝の爽やかさなんてものもない。目が覚めたばかりの伏黒にも分かるほど、真昼間だった。慌てて起き起き上がれば、とっくに起きていたのだろう五条がへらりと笑って「おそよう」と言った。
広くはないこの部屋は、寝る時にテーブルを端に寄せてから押し入れから布団を出さなくてはいけない。だから昨夜は適当にコンビニで買ってきたものを食べた後にシャワーを浴びてからそうして寝支度を整えて寝た。いつぶりか、ぐっすりと寝た頭はちゃんと昨夜の記憶を掘り起こして今の状況を正しく教えてくれる。
「っ、起こしてくださいよ!」
「だって起こすの可哀想だったから」
テーブルと小さな冷蔵庫にその他必要最低限の物しかない部屋で自分の布団だけはしっかり畳んで隅に寄せていた五条は、悪びれることなくそう言っていつの間に買ったのか紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいた。伏黒が寝ている間に外にでも出たのだろう。だったら尚のこと起こせばいいものを。寝る前に明日はこの辺りを探索しようと言っていたのは誰だったか。
「…もう昼ですよ。出掛けるにも中途半端だ」
「でも、元気になってきたからよかったじゃん。顔色もいいし、最近寝れてなかったんでしょ」
「……それは…」
そうだけど、とは言えなかった。言ってしまえばまるで自分が弱い人間であることを認めてしまう気がして、みっともない気がして、情けない気がして。両親がいなくなってもなんてこと無かったくせに。
だが、そんなものは五条の前で隠すだけ無駄なのだろう。本当は家を連れ出されて早朝の電車に乗った時から気付いていた。津美紀が眠りこけてしまってから平静を装っているつもりで中身が徐々に崩れていく伏黒を気にしての旅行だということは。それでも素直に認めるにはまだ、その弱くて情けない自分が邪魔をした。
「まぁいいよ。寝起きにしては元気十分」
寝癖のついているだろう伏黒の髪を五条が摘んだ。そのまま軽く引っ張られても、それを振り払おうなんて気にはならなかった。無気力だとか、面倒だとか、そんなものじゃない。甘やかされている。その事実に絆されているのだ。
やはり伏黒が寝ている間に少し近くを散策したらしく、身支度を整えるなり連れ出されたのは宿からすぐ近くにある大衆食堂だった。昼時ということもあり、店内は半分ほど埋まっており少し活気が感じられる。泊まった宿にもここにも旅行者らしき人の姿は見えなかったけれど。
「おじちゃーん、連れてきたよ」
「お、朝言ってた連れか!適当に空いてる席に座りな」
五条が厨房に向かってそう声をかけると、気の良さそうな店長と思しき人がにかりと歯を見せて笑った。底抜けに明るそうな、夏のためにいるような、日に焼けた肌が良く似合う人だった。朝方にここへやってきた五条が彼とどんな話をしたのかは知らない。だが、席につくなり2人がにこやかに話している様子からしてそう悪いことは言っていないのだろう。その会話の中で勝手に海鮮丼を2つ頼まれたことに関しては、形だけでも何を食べるか聞けと言ってやりたかったが。
「おじちゃんが言うには海鮮丼がオススメだって」
「もう食べたのかと思いました」
「まさか。恵が起きてから一緒に食べようと思ってたから、オススメだけ聞いてた」
「でも一応何食べるかくらいは聞いてくださいよ。海鮮丼食いたくなかったらどうすんですか」
「食べたくなかった?」
「…そういう訳じゃ、ないけど」
「ならいいじゃん」
息が零れるように笑った五条が、眩しかった。真昼の日差しが窓から差し込んで、白い髪を透かす。サングラスに隠されていなければ、きっと真っ青な瞳だってきらきらしていただろう。彼は伏黒が思っているより、夏が似合う人だった。
「この旅行、」
「ん?」
ここに辿り着くまでにあちこちで下車しては次へと乗り継いでいった。お互い何を言うでもなく何となく人の少ない、寂れた方へと向かっているのは分かっていた。電車からもバスからも人が減っていって、若者の姿も減っていく。コンビニの数も減り、あるのは個人で細々とやっているような店ばかり。娯楽らしい娯楽も見当たらない。そういう終わりが見える街を通り過ぎてここに来た。きっと駆け落ちをするような人達はこういう道のりを辿るのだろう。
「津美紀には言いたくないですね」
けれどこれは駆け落ちではない。8月のたった5日間。たった5日間だけ全ての連絡を絶って遠出しただけだ。駆け落ちでもなんでもない。連絡を絶ったところで伏黒には心配してくれるような人などいないのだ。数少ない心配してくれる人は目の前にいるし、もう1人は病院のベッドの上だ。狭い世界の、狭い傷心旅行。津美紀がいつかこの2人だけの旅行の存在を知った時、きっと私も行きたかったなんて言うだろう。だがこの旅の目的を知ってしまえば今度は怒るに違いなかった。ごめんなんて謝って、それから自分自身に怒るのだ。姉はそういう優しい人だ。だからこそ、ここで過ごした数日は誰にも言わず誰にも知られず伏黒と五条の中だけで完結させたかった。
「大丈夫だよ」
この街に辿り着く前、見つけた古着屋で何着か服を買った。旅行のくせにほぼ手ぶらで飛び出したのだから必要なものは全て現地調達なのだ。だから今着ているのも名前も忘れた古着屋で買ったもので、最初に着ていたものは服を買った時に入れてもらった袋にまとめられている。伏黒が寝ている間にどうやらコインランドリーも見つけたようで、ここで遅めの昼食を終えたらそこに向かうのだという。ぎゅうぎゅうに詰められた袋が五条の足元に傾きながら立っている。
「はいよ、ちょっとマグロおまけしといたよ」
「おじちゃんありがとー!」
「ありがとうございます」
「旅行者なんて珍しいからね」
元がどのくらいの量なのかは知らないが、山と盛られた丼に礼を伝えれば大きく笑って「なんも無い街だけど楽しんで!」と告げて厨房へと戻っていった。
起き抜けにこれは重たくないか、と思うがたっぷりと眠った身体はしっかりと空腹を訴えている。何も知らない土地、知らない天井、知らない部屋の匂い、知らない空気、知らない波の音。ここにある全ては津美紀の存在しないものだ。津美紀を思い出す要素のない、その全てに少しずつ伏黒の心に隙間が出来てゆくのを感じる。ずっと考えて、張り詰めて、そして見るもの全てに思い出があって焦りを生み出していく。そんなあの場所から離れることで少しだけ気持ちが楽になった、だなんて津美紀が起きても言わないだろう。言えるわけが無い。
2人でいただきますと手を合わせて食べた海鮮丼は美味しかった。
堪えきれず笑えば五条は笑い事じゃない!とむくれてみせた。
それは伏黒が生まれる前からありそうなコインランドリーでひとまず洗濯を終えて、乾燥機に入れている間のことだった。甘いものが食べたいと言い出した五条に、遅い昼食を食べてからそう時間も開いていないから1人でなんか買ってくればいいと言えば嫌だと言う。そんな、結局伏黒が折れることになると分かりきっている押し問答をどこか楽しいと思いながら続けていたら、入口の自動ドアの隙間から白い紙のような何かが入り込んできたのだ。音もなく隙間から入り込んだそれは、鳩の形をしてふわふわと漂いながら五条の方へと向かう。それを見た時の五条の顔と言ったら。
「たった2日、僕がいないだけでどうにかなる世界なら勝手になっとけよ」
そう言って、たまたま見つけた駄菓子屋で買ったモナカアイスを五条は大きく齧った。
五条の前に現れた誰かの術式による紙製の鳩は、目の前に来た瞬間ただの紙になり五条の膝の上に落ちた。そこには五条に連れられて高専に行った時に顔を合わせた学長の名前があり、そしてシンプルに携帯に出ろとあった。この人が普段どんな任務をこなしているのか、話に聞いていても具体的なことはまだ想像でしか考えられない。だが話を聞いている限り人手はどう考えても足りていないだろうし、きっと五条にしかこなせない様なものも多々あるのだろう。そうでもなかったら携帯電話が繋がらないからといってわざわざこんな方法を使ってまで連絡させようとなんてしない。
やっぱり、5日間も連絡を遮断するのは良いことではなかったのだ。だからといって五条を咎めたりはしないが。
「仕方ないでしょう。仕事なんだから」
「ちゃんと仕事片付けてもぎ取った休みなんだけど?労基に訴えてやろうかな」
「どう見てもまともな労働基準なんてないでしょ」
乾燥を終えた洗濯物の入った袋を持ちながら、急遽日程が大幅に縮んでしまったのを理由に海へと向かっていた。どうやら今日はこのまま携帯電話は電源を落としたままにするらしく、明日起きた時に連絡を取るらしい。わざわざこんな手間をかけてまで連絡を寄越してきた相手にそれは如何なものかと思うが、これも伏黒は咎めようとは思わなかった。何だかんだで、伏黒もこの旅行を楽しみ始めているのだ。
夕方に片足を突っ込んだ時間。太陽はもう傾き出しているがまだまだ暑い。じりじりと肌を焼く太陽光線と湿った空気に汗が滲む。額から流れた汗が頬を伝い、シャツに染み込んだ。身体のうちに熱が篭っていくのが分かって、こんなことなら先程の駄菓子屋で自分もアイスを買ってもらえばよかったと僅かに後悔する。海からの帰り、向かっている道中に売ってそうな店があればそこでもいい、後で買ってもらおうと思う。
「そういえば名産的なものは聞かなかったんですか。さっきの海鮮丼の所で」
「一応聞いたんだけどねー、魚が美味いくらいしかないってさ」
「じゃあ土地ならではのスイーツ的なものは」
「ないって」
「観光出来そうな歴史的な建物とかは」
「特には」
「てことは、海見たらほぼ終わりですかね」
ちらりと見上げれば、同じようにこちらを見ていた五条と目が合う。夏の一日は長い。けれどここではその時間を持て余す。だがそれが、今の伏黒にはちょうど良かった。
「…結構楽しそうな顔してるじゃん」
「こういうのは楽しんだもの勝ちでしょう」
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人のいない海は、どれだけ2人で居座っていようが何も言われない。見ている人間もいない。たぶん、キスのひとつくらいしても誰にも見られなかっただろう。
波打ち際に足跡を並べながら繋いでいた五条の手は、少しだけ冷たかった。
「五条さん」
寝るにはまだ早い時間。けれどお互い風呂も済ませて布団も敷いてしまって時間だけが余った。少しだけ海から離れているここは波の音などしないが、そんな贅沢なんて言える街じゃない。窓から差し込む月明かりがひどく綺麗だった。都会より、伏黒が住む家より、ずっと灯りの少ないここは夜の光がよく通る。きっと部屋の電気も消したらもっとそれは映えるだろう。
「なに?」
「明日、何時に出るんですか」
「どうしよっかな。起きた時に考えればよくない?」
「大丈夫なんですか」
「今すぐ僕が必要なら携帯に出ろ、じゃなくて高専に帰れって言われてるか直接場所伝えられてるよ」
そういうものなのか、と思うが五条が言うならそうなのだろう。五条がとても存在価値がある人間なのは分かっている。いないと困る人間なのも知っている。だが、少なくとも今日だけは世界を好き勝手出来る最強の術師などではないのだ。宛てもなくこの街に流れ着いた、駆け落ちの成り損ないをしているただの男だった。
「じゃあ抱いてください」
「…なんで?」
サングラスをしていない五条の目が、僅かに細められた。伏黒の意図を探るような、それとも見透かしているような。その視線から逃げることなく合わせたまま、手探りで天井からぶら下がっている紐を引いて煌々とついていた電気を消した。
常夜灯すら消された部屋で、月明かりだけが照明となって五条と伏黒を照らす。
なんで、なんでってそんなの。苦しい現実を忘れたいからだ。ここで犯した罪は全てここに捨てゆくからだ。ここに辿り着くまでの道のりは全てここで完結するからだ。何も知らずに眠っている彼女を忘れて、少しだけ、本当に少しだけ楽になってしまったことなんて墓にも持っていけやしない。
「付き合ってるのに、まだ手を出してこないから」
伏黒の言葉に、小さく笑った五条は同じように小さな声で「へたくそ」と言った。その意味を理解する前に伸びてきた手が、伏黒の頬をなぞる。明確な意図を持った触れ方に、思わず肩が強ばる。
「明日、海に全部捨てようね」
その手は頬から首へと流れ、鎖骨の窪みをひと撫でしてから心臓の辺りで止まった。言い出したのは自分なのに、緊張でいやに忙しなく心臓が騒いでいることがばれてしまう。それがどんなに気恥しかろうが、しかし五条の視線から逃れるなんて出来やしなかった。目を離すことが出来なかった。
「ここまでの道のりも、この宿の名前も、海鮮丼の味も、駄菓子屋のおばあちゃんの顔も、」
ぐるぐると回るコインランドリー、ほとんど人のいない海、その帰りに買ってもらったバニラ味の市販でよく売られている棒アイス、通りすがりに珍しい旅行者だからと声をかけてくれた人。何も無いと言っていたわりにはよく思い出が流れた。
同じところを何度も回る洗濯物。日常は繰り返す。いつ目が覚めるともしれない姉を待つ日々は帰ってくる。数ヶ月前の日常が戻ってくるのは、回る洗濯物がそこから抜け出すのは、いつになるか分からないけれど。
「全部捨てて、置いて行くんだよ」
五条の布団の枕元、そこに置かれたバッグの中にある伏黒の携帯は結局この日も鳴ることはなかった。たぶん、明日も鳴らない。
「でも寝れない日だけ、この夜だけ、思い出して」
月の光を吸い込んで、きらきらと光る五条の目が伏黒を射抜く。食べられるとはこの事か、とどこか他人事のように考えていれば心臓の上で止まっていた手が伏黒をそっと押す。背中に布団を感じながら、五条越しに見えた天井は当たり前だが知らない天井だった。
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この日も目を覚ましたのはすっかり太陽が登り切った昼間だった。窓からは燦々と太陽が部屋を照らし熱も運ぶ。また勿体ない時間の使い方をした、と思うが今日は昨日と違って伏黒だけが寝過ごしたのではない。2人揃ってこの時間まで寝過したのだ。先に伏黒が目覚めて、少ししてから五条も目覚めて、それから昨夜のことを思い出して気まずい顔をした伏黒を見て五条が笑う。時間は昼だがいい朝だった。
しかし現実はやってくるもので、だらだらと身支度を整えてあとはここを出るだけという段階になってようやっと電源を落とし続けていた携帯電話を起動してみれば、夥しい量の着信履歴が表示された。なるほど、これは確かに手間をかけてまで五条に連絡してくるはずだと納得してしまう程に。
「うわキモ」
「本当に休み取ってきたんですか」
「ちゃんと取ったって!凄い頑張った!」
「本当に?」
想像以上の着信に疑いの目を向ければ五条は本当だって!と叫んでからもう一度電源を落とそうとした。
「こら、駄目でしょ」
「絶対怒られる。超めんどくさい」
「諦めてください。大人なんだから」
あーやだやだ、とぼやきながらひとまず電源を切る事はやめた五条は伏黒の家までの経路を調べ始めた。ここで初めて、この街の名前と距離を知る。ちゃんと通ってきた筈なのに、会話だってしてきた筈なのに、いかに自分の心が余裕を無くして周りを見れていなかったのか。
3日前、家を出る時と同じ格好でここを出る。使い捨てるために買った服も、その他の物も、全てどこかのゴミ箱に入れることになるだろう。
カメラもなければ携帯電話の電源も落としていたから写真もない、着てきた服は全部使い捨て、土産なんて当然買わない。波打ち際に作った足跡ももうない。形の残るものは何も無い旅行だった。何も残らなくて、忘れられないもの。
「じゃ、行こっか。お小言聞くのは恵の家に着いてからにしてさ」
明日になればきっと名前も思い出せない。行き方も分からなくなる。二度と訪れることはなくて、二度と会うことも無い。ここは、何かを捨て、忘れる為の街だ。
残るのは知らない天井。それだけでいい。
「この街、もう一度来れると思います?」
「さぁ?行こうと思えば行けるんじゃない?」
五条が顎に手を持ってくる時は、何も考えていない時か適当な嘘を言う時だ。
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