薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
 非公式二次創作ブログサイト

メイン

色気より日常
柊英です


「…珍しい。バーなんて」
 それも個室じゃない。そう付け足せば柊羽はひっそりと笑った。
 大学生の頃からお酒を飲む場と言ったら安いチェーン店の居酒屋や、コンビニで買った安い缶チューハイを持ち寄っての宅飲みばかりだった。決してバーに行ったことがないわけではないけれど、柊羽に連れられてやってきたそこは少し慣れなくて落ち着かない。
 1番奥のカウンター席に腰掛けた柊羽を少し意外に思いながら、その隣に腰掛ければ目尻に消えない皺が刻まれ始めた初老のバーテンダーがそっと目の前に水を置いた。何を頼めばいいのか、それすら分からなくなりそうだった。
「前に来た時、雰囲気を気に入ったんだ。…珍しく2人して夜の予定が空いただろう?たまにはゆっくり飲むのも悪くないと思った」
「なるほど…っても、あんまりこういうとこ来たことないから、ちょっと緊張する」
「別に普段通りでいい」
「簡単に言うけどそれが難しいんだよ」
 柊羽が片手を上げてバーテンダーを呼び、ノンアルコールカクテルを頼む姿は何かのワンシーンを切り取ったように様になる。きっと自分じゃあこうはいかない。
「英知は?」
「柊羽と同じので」
 いつからか、気にせず酒を飲んだらいいのにと言われなくなった。それが諦めとかではないのを知っているから、時折あるこのやり取りが英知は存外に好きだ。
 静かに下がっていったバーテンダーを見送ってから口を開けば、自然となんてことない会話が始まる。ちょっとくらい雰囲気に合わせた普段じゃしないような甘い会話でも出来たらよかったのだろうけれど、あいにく英知はそんな簡単に上手で綺麗な言葉が出る人間ではなかった。
「そういえばこの間ロケ先で紫陽花が咲いてるのを見たんだよね」
「もうそんな季節か」
「あっという間だよねぇ。ちょっと前まで桜が咲いてたのに、もう紫陽花が咲く季節だもん」
 しとしとと濡れた空気によく似合う紫陽花は、雨続きで憂鬱になる気分を明るくしてくれる。洗濯物が乾かなくても、湿気で髪の毛が好き放題に跳ねてても、折りたたみじゃない傘が荷物になっても。それにちょっとだけ、なんだか青い紫陽花は自分たちのグループカラーにも似合う気がして。
「…ねぇ、柊羽」
「ん?」
「今日は何時まで飲む?俺は明日オフなんだけど」
 英知の言葉に柊羽の瞳が僅かに細められた。仕事の予定はそれぞれ共有しているけれど、敢えて声にして言うことに意味があるのだ。
 そうだなあとわざとらしい間を開けた柊羽の前に注文したカクテルが運ばれる。同時に、英知の目の前にも。
「英知が望むまで、かな」
 しかし自分たちは大人な誘いがさらりと出来るほどまだまだ出来ちゃいない。柊羽がやれば勿論絵になるけれど。
「…じゃあたまには朝帰りして紫陽花でも探しに行こうよ。俺たちみたいな色したやつ」
「っはは、それはいい。朝露が光って綺麗だろうな」
「それで朝帰りしてイッチーとイッセーに叱られる」
「言い訳は?」
「飲みすぎた!」

畳む

編集

Powered by てがろぐ Ver 4.2.0.