薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

偏頭痛(side伏)
230話ネタ含む

 良い子は寝ている深夜3時。音を立てないように玄関扉を開け、真っ暗でしんとした家に帰る。物音1つしない家の中を真っ直ぐ寝室へと進み、このドアも音を立てないように開けた。
 カーテンは閉められ、常夜灯すらも付いていない寝室のベットの上、五条から見て右端に小さな山があった。1人でいる時くらい真ん中で寝ればいいのに、口元だけで笑ってから山に向かう。その小さな山の端っこから髪の毛がはみ出していた。恵の頭があるそこに目線を合わせるように寝室の床に腰掛け、布団の中から寝息が聞こえるのを確認する。
 このまま寝かせてやりたい気持ちより、少しだけ顔が見たい気持ちが勝ってしまった。
「……あつそ」
 布団の端を掴み軽く捲れば、額に髪の毛を張り付かせた恵の寝顔があった。全身すっぽり収まった布団の中はやはり熱が篭るのか、頬も少し赤かった。けれど僅かな光でも視界に入るのが辛いのだろう。五条にもそんな時はあるから無理に布団を剥がす気にはなれなかった。
 五条は常に自身の脳を反転術式で回復させていることの副作用として慢性的な頭痛に苛まれているが、時折薬なんか効かない程の酷い頭痛が訪れる。そんな時は今の恵のように部屋の電気を消して、カーテンを閉めて、視界に入る光を消してじっと過ごすしかない。五条がこうなった時、恵は目元に当てる氷嚢も持ってきてくれたりしたのだったか。そしてその時と同じことが、今恵にも起きている。あの場では仕方ない事だとはいえ、何度も五条の領域を受け、脳に多大な負担がかかったことで恵にも慢性的な頭痛が残された。僅かな光すら受け付けない、動けないほどの酷い頭痛も合わせて。
「……ん、」
「ごめん、起こした?」
 さっさと布団を戻せばいいのに、要らぬ過去を振り返っていたら恵の瞼が小さく震えて薄く持ち上げられてしまった。半分閉じた目がぼんやりと五条を映してから掠れた声で「…はよ、ございます」と律儀に挨拶を返してくれるのを見て小さく笑った。
「おはよ。夜中の3時だからまだ寝てていいよ」
 今こうしてお互いが五体満足で生きている。それだけあればもうそれ以上のことは望めやしない。この業界はいつだって生きているだけで御の字で、ましてやこの世界の運命がどうなるという大きな戦いの後ともなれば、時折訪れるだけの動けない程の頭痛なんて奇跡みたいなものだ。それ以上を望むのは呪術師としてあまりにも馬鹿らしい。ごめんなんて口にしたこともないし、恵から責められたこともない。お互いちゃんと理解している。それでも、胸が痛まないわけじゃあないのだ。
 寝てていいの一言に瞼を閉じた恵を見届けてから布団を戻し、小さく息を吐き出す。意味の無いことを考える時間が増えたのも、小さな悩みのひとつだ。
 軽くシャワーでも浴びてさっさとソファで寝るかと立ち上がった時だった。くい、と服の裾が引かれた。見れば布団の山から腕が1本伸びていて、五条の服を掴んでいた。
「なに?寝れない?」
「よこ、空いてますよ」
 布団の中からもごもごと不明瞭な言葉が聞こえた。一緒に寝てくれと、そう言っているのだ。月の無い夜、光を受け付けない夜、たまに恵はこうして一緒に寝てくれとねだる時があるがそれもまたあの日の後遺症みたいなものだった。心が痛まないと言えば嘘になる。嘘になるが、嬉しいのもまた事実だ。
「シャワー浴びたらすぐ来るから、だからさっさと寝な」
 ぎゅうと掴んで離さない恵の指を一つ一つ剥がしながら言えば、少しの躊躇いの後ゆっくりと腕は布団の中へと帰っていった。
 こんな事で少しでも痛みが軽くなるのならそれでいい、五条は足早に、けれど物音を立てないように寝室を抜け出した。

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ナンパごっこ

 夏の日差しが伏黒の頭上に強く差し込む。背後に大きく育った木があるお陰で何も無いよりは大分マシだが、それでもベンチはすっかり温められているし、シャツの下で汗が背中を伝うのが分かった。時刻は11時40分。気温のピークが近い。
 待ち合わせ場所に指定された公園には思いのほか走り回る子供や、ジョギングしている老夫婦がいる。伏黒の座るベンチから少し歩いた所にはアイスの路上販売もしているが、しかし日陰から出て日向を歩く気はしなかった。
 バックライトを最大にし、夏の日差しに負けないようにした代わりにスマホも熱を持ち始めていた。若干見づらいスマホを操作してメッセージアプリを開く。「どこにいるんですか」と打ち込めば、直ぐに既読が付いたが返事は無い。
「…っとに……」
 舌打ちが出そうになった時、伏黒の前に日陰が現れた。スマホの画面が一気に見やすくなる。
「お兄さん、なにやってんの?」
「…待ち合わせ」
 顔も上げない伏黒を気にもせず、目の前に現れた男は伏黒の横に腰掛けた。ベンチが軋んだ音を立てる。じっとりとしたまとわりつく気温に人の体温も追加されて、伏黒はため息を吐き出した。
「結構汗かいてるけど、だいぶ待ってんの?」
「10分遅れ」
「こんな暑いのに?薄情だね~」
 メッセージアプリに打ち込む。「何してるんですか」。しかし今度は既読は付かなかった。
 スマホを見たまま男の方を見ようともしない伏黒に痺れを切らしたのか、男の手が伸びてきた。気温に対して腕を掴んできた男の手は冷たかった。何か冷たいものでも持っていたのか。
 そのままぐいと伏黒を引き寄せて、無理やりに男の方を向かせる。男と思っていたより近い距離で目が合う。サングラスに機嫌の悪そうな伏黒の顔が映っていた。
「怒ってんの?」
「当たり前でしょ。クソ暑い中待たせて。よく分からない小芝居するんだったらまずは詫びてくださいよ」
「アイスコーヒー買ってきたんだけど、それじゃ駄目?」
 五条が笑いながら伏黒の頬に自販機で買ってきたのだろう缶コーヒーを押し付ける。買ってきたばかりなのか、まだ随分と冷たい。熱を持った身体にはひどく気持ちよかった。が、それに絆されてしまう程夏の日差しは甘くなかった。
「…アイス。あそこで売ってるやつ」
 五条から缶コーヒーを受け取りながら、路上販売店を指さす。指さした先を見た五条がにまりと笑って「トッピング全盛りとかする?贅沢に」と言うが、そこまではいらないと首を横に振る。
「普通の1個でいいです」
「何個でも重ねられるけど」
「1個で」
「はいよ」
 立ち上がった五条がアイスを買いに向かう背中を見ながら、買ってきてくれた缶コーヒーを1口飲めば火照った身体が少し冷やされる。そこでアイスの味を指定しなかったことを思い出すが、そもそもラインナップが分からないことにも気付く。けれど五条だったら適当に伏黒が好みそうなものを買ってきてくれるだろう。もしかしたら、トッピング全盛りで。

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芽生え

 1度だけ、五条が半年ほど訪れなかった時期がある。
 何かと恵と津美紀の暮らす寂れたアパートにやってきては、何か甘いものを持ってきたり、ただ仕事の愚痴を零したり、晩御飯を一緒に食べたりしていた。時折、津美紀を家に置いて恵だけを五条の任務に付き合わせることもあったけれど、遊びに来ることの方が幼い頃はイメージとしては強かった。
 そんな五条が来なくなって最初の1ヶ月2ヶ月はよくある事だったから気にもしなかった。そこからもう2ヶ月経って、津美紀が恵の方を見ながら「五条さん、忙しい人だもんね」と理由とも呼べない薄い理由を考えたりもした。忙しい人だなんてことは分かっていたから、来なくなって5ヶ月目になっても恵は何も言わなかったけれど、頭の片隅では捨てられたと思っていた。五条が来なくても定期的にお金がやってくる点は違うが、2人の前から大人がいなくなるのはこれが初めてじゃないのだ。最低限の面倒を見てくれるだけ親よりは良い人、と恵も津美紀も心の中では考えていたと思う。2人ともそういう諦めに関しては経験が人よりあったから。
 そうして6ヶ月目、五条に捨てられても恵も津美紀も小学校に行かなくてはいけないし、帰ってきたら家事をしないといけない。いい加減五条のいない生活に慣れてきた頃。
「あれ、恵すっごい顔してんじゃん」
 玄関扉を開けると、居間で勝手にお茶を淹れている五条がいた。横には何やら土産の入っていそうな紙袋を置いて、窮屈そうにちゃぶ台の前に座っている。恵の後に続いて中の様子を見た津美紀が後ろで「五条さんだ!」と驚いた声を上げたのがどこか遠くで聞こえた。なんだ急にと言いたいのにびっくりした頭は言葉を忘れてしまったようで、玄関に立ち尽くしたまま津美紀に追い抜かされても何も言えなかった。津美紀にどこのものか分からない置物を手渡してから、恵の方を向いた五条がくしゃりと笑う。
「まだすっげぇ顔してる。なに、捨てられたとか思ってたの?」
「っそ、そんな変な顔してない…」
「つっこむ所そこ」
 五条に話しかけられたことでやっと動くことを思い出したのか、言葉はまだスムーズに出てこないが靴を脱いで居間へと動けるようになった。この半年で恵と津美紀だけの空間に慣れてしまって、五条で少し狭くなった家はなんだか違和感がある。けれど置物を抱えた津美紀の横に座る頃にはその違和感もすぐに薄れてしまって、それだけ五条が恵の日常へ溶け込んでいたのだと気付く。
電波も無いような僻地の海外に飛ばされただとか、予定より時間がかかったとか、移動にも日数がかかっただとか、愚痴と合わせて長いこと顔を見せなかった理由を述べていた五条が恵の顔を見てもう一度笑う。
「ごめんって、捨てたりしないからむくれないでよ」


「…っていう夢を見たんですよ」
「懐かしい〜!あの頃の恵は可愛かったのに今の恵ときたら…」
 よよよ、と泣いたフリをした五条が「てまぁ今も可愛いんだけどさ」とすぐに真顔に戻して続けた。任務帰りの電車内は、既に終電も近くて乗り込んでいるのは五条と恵だけ。今朝の夢の話をしても、五条がしょうもない泣き真似をしても、誰も見ていなかった。
「やっぱあん時って本当に捨てられたとか思ったの?」
「まぁ、多少は」
 本当は多少とかではなくてかなり、だったのだけどそれは胸にしまう。
 思えばあれが芽生えのひとつだったのかもしれない。勿論あの出来事が全てではないが、五条に居てほしいと思うきっかけにはなった筈だ。失恋の喪失感、に近いものを体験したのだ。そんな体験をしたあの時の恵がどんな顔で五条を見ていたのか、分かりはしないが想像はつく。会えて嬉しくて、笑いかけてくれて嬉しくて、捨てないよと言ってくれて嬉しくて、でも素直には言葉に出せない性分。その分だけ顔にはよく出てたのだろう。悔しいことに。
「でも、まだまだそんな心配要らなそうだなって思ってますよ。今は」
 黒い窓に五条と恵が並んでいる姿が映る。隣にいるのだ。あれから何年も経った今も。これを見て信じない方が五条にしてもらったこれまでに失礼というもの。
「今は、じゃなくてこれからも、でしょうが」
「五条さんが帰って直ぐに報告書やってくれたら、そういうことにします。この間の分もまだサボってますよね」
「うわ、可愛くない」

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待ちきれないのはお互い様

「……もう金曜も終わりかよ」
 大きく溜息を吐き出して五条はスマートフォンをベッド脇にあるサイドチェストの上に放り投げた。今日も一日駆け回って携帯なんてろくに見れていない。充電なんて必要なかった。
 与えられた宿は一級品だが、この宿を起点にあちらこちらへと仕事に駆り出されているおかげで名物の露天風呂もろくに楽しめていない。さっとシャワーを浴びては寝て、起きたらさっさと仕事に向かう。忙しすぎて月曜から始まったこの出張も気がつけば5日が過ぎ、明日(既に今日になっているが)が最終日となっていた。だらだらと長く感じるくらいなら知らぬ間に過ぎ去っていた方がまだいいのかもしれないが、やはり勿体ないと感じるのは仕方ない。本当に仕事のこと以外この1週間の記憶がないのだから。
 けれど明日が終わればあとは帰るだけ。余程予定を詰め込んだ自覚があるのか、お上の人間は一応日曜日を丸々オフにしてくれた。といっても帰るための移動で半分終わるが。
「………ん、」
 さっさと寝てしまおうと目を閉じた時、サイドチェストの上で携帯が震えた。既に12時を回り、金曜を通り越して土曜になっている。こんな時間にくる連絡と言えば追加の仕事くらいなものだった。寝たことにして無視してしまおうかと思ったが、なかなか途切れない着信に五条はもう一度大きな溜息を吐き出しながら画面もろくに見ないで着信を取った。
「なに」
「随分と機嫌悪そうだから切りましょうか」
「っ、えっ、いやそのままで!」
 五条の慌てふためいた様子に携帯の向こうで伏黒が小さく笑った。こんな時間に、ましてや伏黒から連絡が来るなんて思いもしなかったのだ。けれど五条の機嫌がすこぶる悪いのは予想していたのか、通話は切られることなく続けられた。
「全く連絡来ないし、余程忙しいみたいなのでたまには俺から電話しました。多分メッセージだと見ないでしょうし」
「寂しかった?」
「五条さんが、でしょ」
 言外に寂しかったと言われて疲れきった五条の気持ちが持ち上がっていく。忙しすぎて笑うことすら忘れかけていた。喉の奥で素直じゃないなと笑って携帯を充電コードに繋いだ。
「そういうことにしとくけどさ、折角恵からかけてくれたしなんかする?」
「なにか?」
「テレセク」
 少しの間。初めて聞く言葉だろうが、五条の言い方からやがて何の略語か気が付いた伏黒が呆れた声で言った。
「そんな気分じゃないでしょ、五条さんが」
「はは」
 伏黒の言う通りだったが、答えずに笑うだけで誤魔化す。実際、今はこうして他愛のない話をしたかった。五条の方にはこの5日間に話して聞かせるような面白いことは何も無いが、伏黒の方には何かしらあるだろう。それを聞くだけでよかった。ここに伏黒本人がいたらもっと良かったのだけど、こればっかりは仕方ない。
「日曜の夕方にはそっち着けると思うからさ、晩御飯でも一緒に食べようよ。駅で待ち合わせしてさ」
「…いや、俺がそっち向かいます」
「ん?」
 伏黒が少し言い淀む。そして続けた。
「明日…いやもう今日か…の夕方か夜にはそっちに着けると思うんで、一緒に帰りましょう。移動時間結構長いじゃないですか、五条さんがいるところ」
 伏黒の言葉を咀嚼して、飲み込んで、理解して、そして一番に笑いが込み上げた。寂しかった、くらい素直に言えばいいのに。会いたかったとか、直ぐに顔が見たいとか、待ちきれないとか、素直に言えばいいのに。素直なことは言わないでこんなことをするから余計に愛らしい。
「僕の仕事終わるの、たぶん夜遅いよ。夕方には終わってない」
「いいですよ。宿の住所教えてくれたらその辺で時間潰します」
「…明後日の朝一で帰る予定だったけどさ、明日は恵も泊まれるようにしておくよ。一緒にゆっくり寝よ」
 一緒に寝てほしい、ただ何もしないで横にいてくれるだけでいい。伏黒にはちゃんとこれも伝わっているだろう。携帯の向こうで伏黒が仕方ないですねと吐息だけで笑うのが聞こえたのだから。
近くに空港も無ければ新幹線もない。途中から電車を乗り継いで行くような、辺鄙な場所だ。そんなところに来たって時間を潰せるようなものがあるとは思えない。そんなの伏黒も分かっているだろうに、それでも五条が帰ってくるのを待ちきれないのだという。
 明日は仕事の合間に伏黒と食べれそうな場所を探そう。夜遅くまで営業していて、未成年でも入れるような場所。それかコンビニで何か買って食べながらこの旅館で贅沢に夜を明かしてもいい。
「後で住所送っておくね。気をつけて来て」
「はい。…それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 ただ間違いないのは、可能な限り早く仕事を終わらせないといけないことだ。五条だって伏黒の顔が見たくて待ちきれないのだから。

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酔っ払い
上手いこと誰も死なずに成人迎えた世界

「めっずらし〜」
 そう零したのが聞こえたのか聞こえてないのか、伏黒は五条が玄関を開けて迎え入れるなり靴も脱がずに崩れ落ちた。真っ赤な顔で、息はひどく酒臭い。誰と飲みに行こうが殆ど酒なんて飲んでこないのに、ましてや血筋かそこらの人間よりはずっと酒に強くてまず酔わないというのに、今日の伏黒は帰宅出来たのが不思議なくらいの酔っ払いになっていた。思わず玄関から顔を出して辺りを見回すが、伏黒を送り届けてくれた人は見当たらない。本当に1人で帰ってきたらしい。
「恵?立てる?」
 今にも靴に囲まれながら寝転がってしまいそうな伏黒にそう声をかければ、ゆっくりと首を横に振った。視界が回るのか、へたれこんでいるだけでもふらふらしている。
 今日は呪術高専時代の同級生と先輩たちとの飲み会だったはずだ。見知ったメンバーであれば伏黒はきっぱり断って殆ど飲まない筈だが、どうして今日に限って。原因を考えながらふにゃふにゃになった伏黒を横抱きで持ち上げる。五条ももう三十路もいいところだが、意外とどうにかなって少し安心した。
「水飲める?ていうか1回トイレで吐いてくる?」
「…も、出した…」
「道で?」
「いざかや…」
「んじゃ水だけちょっと飲んでさっさと寝な」
 寝室に向かって歩く揺れですらしんどいのか、うーうーと唸りながら五条に縋り付く。もうすぐ着くよ、と言いながら背中をさすっているうちに寝室に着いて、伏黒を優しくベッドに転がした時だった。伏黒の腕が五条の首に巻きついたまま離れない。離れないどころか五条の首元を唇だけで軽く食んできた。いやに熱い舌が時折肌の上を滑っては、また唇だけで柔く噛み付いてくる。
「…恵さーん、離してくださーい」
「ん、…」
「やじゃなくて」
 ようするにお誘いだ。酔いで頭の中がふやけているからか、随分と分かりやすい。素面の時にこうしてもらえればすぐ乗っかるのだが、流石に今日は乗っかるわけにいかなかった。惜しいなぁ、と心の中で零してから無理矢理首に巻きついていた伏黒の腕を解く。
 酒で真っ赤な顔をした伏黒が不服そうな顔をするが、その頬を両手のひらで包んだ。
「どーしてもシたいんだったら僕が一緒に行って中の洗浄することになるけどそれでもいいの?こんなフラフラの酔っ払いを1人で風呂場になんて行かせらんないよ」
 男同士のセックスは手間がかかるのだ。そしてそれはふやけた頭でもしっかり刷り込まれているようで、段々五条の言葉を理解したのか伏黒の顔から血の気が引いていく。そして五条の手に挟まれながら小さく首を横に振った。
「…ね、ます、」
「よろしい。素面の時にまたこのお誘いしてね」
 五条の言葉を最後まで聞いたのか聞いていないのか、五条の手から逃れた伏黒はのそのそと布団の中に潜り込んでいった。水を用意する間もなくすぐに寝息が聞こえて、伏黒がぐっすりと寝落ちたのを確認してから五条はリビングへと向かった。添い寝してやりたいのは山々だが、これだけ飲まされているとなると多分酒臭いその息だけでも五条には少しきつい。しかし明日起き出した伏黒に今夜のこの一連の流れを全て教えた時の反応を思えば、今夜くらいソファで寝るのも大したことじゃない。
「……あ、そういえば今日って硝子いたんだっけ」

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天変地異

 これは天変地異の前触れか。
 声に出していたら間違いなく伏黒に没収されそうなことを五条は思った。コンビニで1個数十円で売られている全国的に有名な1口サイズのチョコ。それを任務の報告書と共に五条に渡してきたのだ。
 思えばバレンタインといえばデパ地下で限定物のチョコを買い溜める日、気まぐれに伏黒の口にビターチョコを放り込む日であり、伏黒からチョコなんて渡されたことはなかった。今年は恵から欲しいなぁ、なんて毎年1回は言ってみるが「自分でいつも買ってるでしょう」と一蹴されてしまうのだ。
「なんかコンビニ行ったら700円で1回、レジでくじが引けたんで金額合わせに買ったんですけど」
 それしか味なくて。そう言う伏黒は視線を少し右下に落としている。金額合わせなんていうのは体のいい言い訳で、いくつか種類のある中からわざわざ選んできたに違いない。甘いミルクチョコしかないなんて、そんな都合のいいことが今日に限ってあるだろうか。
 ばつの悪いこと、気恥しいことがあると伏黒は視線をどこかに泳がすのだ。つまりはそういうこと。
「可愛いことすんじゃん…」
「ちょっと、あんま握ると溶けますよ」
 報告書をそっちのけで手のひらに収まるチョコを噛み締めるように握り締めれば、体温で少し形が歪んだ気がした。

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形の遺るもの

「もうすぐ卒業だしさ、指輪でも買い行こうか」
 ダイニングテーブルで仕事の資料を見るふりをしながら、その実タブレットでペット動画を見ている五条がまるで今日の夕飯どうしようか、なんてノリでそう言い出した。対してその向かいで同じようにタブレット端末で真面目に資料を読み込んでいた伏黒は、さらりと告げられた言葉に数拍遅れてから視線は資料に向けたままに返事を返した。
「急に何言ってんですか」
「卒業したら高専の狭いコミュニティから広い世界に旅立つじゃん?」
 そもそも呪術界自体が限りなく狭い世界じゃないか、と言いたいのを飲み込んで続きを待つ。本題までにつらつらと言葉を並べるあたり、どうやら今日の夕飯なんてノリで言い出したわけではないらしい。
「関わる人も増えてくし、ベタに指輪で虫除けしとくのありだな〜って。僕とか特に恵が卒業したのをいいことに声かかりまくるかもだし」
「あんたがあんまりにも口が軽いせいで意味ないですよ。この業界の常識になってますから、俺たちの関係」
 あんまりにも、を気持ち強めに言えば五条は口を尖らせて視線を明後日の方に向けた。一応はこの主張に無理があることも、自身の口が軽いことも理解しているようで、タブレットの画面を爪先でこつこつと叩いて次の言葉を探していた。
「……要するに、節目だから形に残るもの用意したいねって話なんだけど」
 一定の感覚で続いていた乾いた音が止んで、五条がじっと伏黒を見つめる。伏黒は資料に向けている視線をそのままに、指先で繰り返し小さく上下に画面をスクロールさせた。ぎっしりと詰まった文字が上下に揺れてその形を崩していく。
 五条の言いたいことなんて一言目から気付いていた。指輪の意味が分からないほど馬鹿じゃない。しかしだからといって手放しでいいですよとは口に出来なかった。形に残るものなんて、本当は少ないに越したことはない。後の片付けが楽で面倒も少ない。物は重たい。
 もう数度画面を上下にスクロールさせて、言葉を選んで、やっと返す。
 でもきっと、これは正答ではない。
「…あんまりここに物を残しても、荷物になるでしょ」
「それ、どっちの意味で言ってる?」
 伏黒が言い終わるかどうかというところで五条が言葉を差し込み、タブレットを持つ伏黒の手を掴んだ。伏黒の意思で顔を上げろと言っているのだ。
「僕の部屋に物増やして悪いって意味?それとも、先に死ぬのは自分だから遺しても悪いって意味?」
 恵、と名前を呼ばれる。それに促されて顔を上げれば、何にも遮られていない五条の目と正面からぶつかる。真っ青なその中に、情けない顔をした自分がいた。今更、形として残るものに怯えている自分がいた。既に手遅れだというのに。
「…後者です。すいません」
 正直に伝えれば、肺の中身を全部吐き出すんじゃないかという勢いで五条が大きな溜息を零す。掴んでいた手を離して、今度は伏黒の鼻を摘む。ぐ、なんて格好悪い声が漏れる。
「恵のことだからそうだと思ってたけどさ。死ぬことは当たり前にあるけど、でも死に急げとは教えてないよね?」
「……」
「返事は」
「…ふぁい」
 鼻を摘まれたままでは、はい、すらしっかり言えやしない。
「恵が先に死んだらこの部屋にある物、これから買いに行く指輪、全部で恵のこと思い出してやるからね。恵も僕が先に死んだらそうでしょ」
「……ふぁい」
 観念して頷けば、満足気に笑った五条が言う。
「物より重いんだよ、僕は。恵に関してはね」

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エチケット

 カーテンの隙間から朝日が目蓋を突き抜けて「起きろ!」と声をかけてくる。それに抗おうと強く目蓋を閉じても目の奥がちかちかするだけで、とうとう根負けして五条は目蓋を持ち上げた。爽やかな朝の澄んだ空気に、なにも連絡を寄越さない静かなスマートフォン、朝日に叩き起されるまでぐっすりと寝たお陰で軽い気のする身体。そして極めつけは隣で丸くなって寝ている伏黒。唯一難点を挙げるとすれば、こちらに背中を向けていることくらいだが、まさしくこれは素晴らしい朝の目覚めといえるだろう。2人分の体温で温もった布団の中はいつまでも籠っていたくなる程に心地好い。どうせ今日は朝から晩まで何も無いのだ、もう暫くここでだらけていてもいいだろう。頭の中で言い訳をして、寝返りついでに伏黒の身体に腕を回した。つんつんと跳ねた髪が首元を擽り、抱き締めた腕からは規則正しく呼吸に合わせて胸が上下するのが伝わる。抱き枕としても完璧だった。
「…ったけぇ〜…」
 溜息のように吐き出して、より密着するように身体を寄せる。このまま二度寝するのも悪くないと、目を閉じた時だった。
「…ちょっと、腕苦しいですよ」
 五条の腕の中でもぞもぞと動き出したかと思ったら、伏黒が寝起きの丸い発音と共に自身を抱き込む腕を軽く叩いた。くあ、と欠伸を零してからもう一度腕を叩く。
「そんな強く腕回してないよ。知ってるくせに」
「寝苦しいんですよ」
「嘘つけ」
「っあ、ちょっと!」
 回していた腕を片方だけ解いて、少し身体を持ち上げる。そのまま伏黒に覆い被さるようにして顔を寄せると、五条が何をする気か気がついた伏黒が逃げるように顔を逸らした。腕ごと抱き込まれているから首を傾けるくらいしか抵抗のすべは無いが、意外としぶとく逃げ回る。
「いーじゃん気にしないって」
「俺は気にするんですよ!」
「僕も恵も条件は一緒じゃん」
「一緒でも嫌なんですってば」
「ちぇー」
 そのうち伏黒から肘鉄が飛んできそうな予感がして追いかけるのをやめれば、すっかり目の覚めた伏黒が五条の腕を引き剥がした。ベッドの上にあっさり腕は投げ捨てられ、それに視線も向けずに伏黒はベッドから降りる。
「ちょっと潔癖なところあるよね」
「そっちがずぼらなだけですよ」
 ぐっと腕を真上に持ち上げて背筋を伸ばした伏黒が、五条を見下ろす。
「…歯、磨いてくるんで。五条さんは俺がお湯沸かしてる間にちゃんと起きて支度してくださいね」
 要するにキスがしたいからお前も支度をしろ、ということだ。可愛らしいことを言う。五条が寝起きに伏黒と戯れると、最終的には大体こうして照れ隠しを添えながら布団から連れ出してくれる。伏黒は五条の扱いが上手いのだ。
「ね、支度終わったらここに敷くカーペットか何か買いに行こうよ。やっぱフローリングは冷たいからさ」
 五条の言葉に、同じように冬のフローリングに対して思っていたのか伏黒は「ちゃんと起きれたらいいですよ」と返してくれた。

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彼シャツトレンカ(R18)怖い思いしたら泣くよな、思春期だし。ってことで
自カプを数字で

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フラッシュバック(R18)ごじょのをフェ…大してえろくない
自カプを数字で

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名前だけの星

 都会の空に星が少ない、とはよく言う話だ。実際任務でどこぞの田舎に行った時は都内よりずっと星明かりが見えた気がした。空も広く感じたのは背の高い建物が少ない他にもこうして星々がよく見えるのもあるのだろう。
 星座の名前なんて小さい時に津美紀が言っていたものしか分からない。ましてや空のどこにあるのかなんて当然分かるわけがなかった。実物は知らずに名前だけを知識として頭の片隅に置きながら空を見上げれば、やはりどこに何があるのかさっぱり分からなかった。
「恵、鼻真っ赤」
「…あんたがさぼってるから」
 人通りの少ない深夜の住宅街。星がすっかり人工的な光に押されて姿を隠してしまったお陰で、伏黒と五条を照らすのは味気ない街路灯だけだ。頭上からは白熱灯に近寄っては縋る虫の羽音がする。
 冬の夜はひどく寒い。五条が任務をこなした伏黒をたった5分待たせるだけでポケットに突っ込んでいる手は冷えきっているし、鼻の頭だけじゃなくて頬だって真っ赤になっているだろう。
「生徒をほったらかしてスイーツ買いに行ってていいんですか。引率でしょう」
「このくらい1人でも問題ないでしょ。恵のこと信頼して任せてるんじゃん」
「そのうち学長に本気で叱られますよ」
 伏黒の言葉にくつくつと五条が笑った。手に持っていた見るからに高そうな店の紙袋が僅かに音を立てる。暗に「チクらない癖に」なんて言っているのだ。
「叱られるのは嫌だなぁ」
 思ってもないことを言う。
 紙袋を持っていない方の手が伸びてきて伏黒の腕を掴んだ。そのまま五条の方へと無理矢理引かれて、ポケットから手のひらが飛び出した。爪先がきんと冷えて、代わりに唇にじゅわりと熱が乗る。
「……ここ、どこだと思ってるんですか」
「これで内緒にしてくれる?」
 伏黒の問いには答えずに許されることを分かっていて許しを乞う。はぁ、と伏黒は溜息を吐き出した。
 安い賄賂だ。キスひとつ、雰囲気にしたって都会の空は星が足りなくて風情が足りない。街路灯に集まる羽虫達が呆れたように飛び回っては白熱灯にぶつかっていく。そんな耳に入る音すら、俗っぽい。何もかもが安い。
「…どうせ俺の分もあるんでしょう。それ。仕方ないから買われてあげますよ」
「よく分かってんじゃん」
 手に持っていた紙袋を指させば無事に許された事に五条が笑う。
 そうして五条に腕を引かれて街路灯の下から抜け出して、つい今しがたの悪事から逃げる。しかしこんな悪事、どうせ見ているのはそのうち白熱灯に焼かれて死ぬ名前も知らない羽虫と、名前しか知らないどこにあるかも分からない星だけだった。

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不器用
ごじょ誕

 病院、というものが少し苦手だ。仄かに香る薬品の臭いや、歩けばいやに響く床、これから死ぬ人とこれから生きる人が混在した空気、慌ただしく駆けていく誰かの気配。津美紀が眠っている病院は五条が手配しただけあって大きくて、余計にその生きるだとか死ぬだとかそういうものが生々しい場所だった。ここにずっといる方が生気だとか目に見えない何かが真っ白な壁に吸い込まれて死んでしまうんじゃないか、そんな気すらしていた。起きるのを待つしかない、というのは嫌な想像ばかり掻き立てる。
 今日も津美紀は静かに寝息だけを立てていた。
見舞いの品を持っていっても減りやしないから自然と何かを持っていくのはやめた。ぽつりぽつりと最近あったことを話して、それでも瞼はぴくりとも動かない。元々大して話すことがあるでもない日常だ、あっという間に話すことはなくなってベッド脇のパイプ椅子の上で自然と口数が減っていく。
「お見舞い、付き合ってもらってすいません」
「いーよ。今日休みだし、たまには僕も様子見ないとだし」
 何となくその無言が気まずくて、そう詫びれば伏黒の考えていることを読んだのか気にするなと頭を小突かれた。
「…今日、誕生日でしょう」
 しおらしい。いつもはこんなこと言わない。なのにこうして病室に入ると色々な事が思い出されて急に弱気になる。去年までは津美紀が主催で五条のも伏黒のも誕生日を祝っていたことを思い出して尚のこと。何もかも世話になっている癖に伏黒はそういう祝い事に関してとんと不器用だった。
「だからいいって」
 だから気にするなと再度頭を小突かれる。横目で見た五条は緩く目を細めて笑っていた。
 津美紀は何も知らない。津美紀が寝ている間に伏黒がもうすぐ中学を卒業することも、今住んでいる家を引き払って寮に入ってしまうことも、五条と伏黒の関係が変わったことも。今の五条の目が、津美紀には向けられたことがないものだということも。
 五条の指先が頬に柔く刺さる。不格好に頬が歪む。五条との関係が変わって、初めての誕生日だった。伏黒は祝い事を祝うのが下手くそだ。この部屋にいれば、尚のこと。
「じゃあ津美紀が起きた時に2人で今年の分とまとめて祝ってよ。今年はツケってことでさ」
「誕生日のツケって」
 大事な人の大事な日に何かをしてやる、そういう優しさを津美紀から教わって、五条からも教わっている。それでも伏黒はまだ上手く教わったことを行動に移せない。
「だから僕より先に死なないでよ」
 それはちょっと、荷が重いな。なんて言えなかった。

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自慢したがり

 五条悟は何かと目立つ人間である。ただぼんやりと改札を抜けた先にある時計台の前に立っているだけで人目を集める程に。飛び抜けた背丈と珍しい髪の色と顔立ち、パッと見だけでもう目立つ。目立ちすぎて逆にナンパの声も掛かりやしない。待ち合わせ場所にいる五条を見て伏黒は内心で溜息を吐き出した。慣れているとはいえ、注目の的になっている人のところに鈍い振りをして行くのは好きじゃない。どうしたって目立つ人だから仕方の無いことだけど。
 気は進まないが、しかし久しぶりのデートは伏黒が向かわないことには始まらない。
 いやに真剣な顔でスマートフォンの画面をスクロールしている五条は珍しくジャケットなんて羽織って少しめかしこんでいた。黒のジャケットに白のタートルネック。普段の五条だったらもう少し緩い格好をしてくると思ったのに、シンプルながらもちゃんとした格好に少し驚く。服装も相まって更に注目を浴びる人間の前に出るにはワイシャツにニット、ジーンズなんて伏黒の格好じゃ少し浮いてしまう気がした。
「先に言っといてくださいよ。そしたら俺ももう少しちゃんとした格好で来たのに」
 目の前に立ってそう言えば、やっと画面から目を離した五条が「恵」と笑った。
「デートなんて久しぶりだからかっこつけたくなっちゃって」
「…俺もかっこつけてくればよかった」
 呟けばサングラスの向こうの瞳が細められる。
五条を見つめていた数多の視線が、その彼の前に平然と現れた伏黒にも流れてくる。慣れているとはいえ、あまり気分のいいものではなかった。
「今日の恵も惚れ直しちゃいそうなくらいかっこいいよ」
「よく言う」
 五条が手に持っていたスマートフォンを奪い取って、洒落こんだジャケットのポケットにねじ込む。軽口への照れ隠しも含まれていることに、五条が気付いていないわけもない。
 伏黒のそれを合図に五条は伏黒の肩に腕を回して時計台の前から一歩踏み出した。長い足の大きい1歩につられて伏黒もその場から歩き出す。今度は視線が伏黒と五条の背中にちくちくと刺さったが、五条が回した腕がその視線へ向けての自慢したがりなのを知っている。無遠慮な視線は好きじゃないが、五条がこうして要らぬ自慢をしたがるのは嫌いじゃなかった。
「さっき恵が好きそうなご飯屋さん見つけたからそこでいい?」
「いいですよ」
 しかしいつの間に移ったのか、大概伏黒も自慢したがりになった。背中の視線は知らないだろうが、伏黒の恋人はかっこいいのだ。

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暑さ対策
おめぐの影のこと、便利アイテムだと思ってる

 影の中は涼しいらしい。夏場になるとデートの際の移動手段は五条の影になる伏黒の話だ。日の当たらない日陰は涼しいのだからある意味道理だが、伏黒のように人の影の中に潜れるわけでないから五条は想像することしか出来ないのだけど。物を影の中にしまえるのだから人間も少しくらいしまえないのか、と聞いたところ「でも、俺は五条さんの影に入る方が好きだから」とやんわりと断りになってない断り方をされてしまった。人を入れるために色々呪力を調整するのが面倒で、五条が喜びそうな言葉で暗に「だから俺の影に入ってくれるな」と言っているのは分かっているのだが「好きだから」と言われてしまえば気分は悪くない。そうして呆気なく五条は伏黒の影にお邪魔するのは諦めて、タクシー代わりを務めることにした、のだが。
「恵ぃ〜アイスくらい出て食べなよ」
「暑いんで」
「それが夏ってもんでしょうが」
 コンビニの駐車場にある金属製の突っ込み防止柵は夏の日差しで焼けそうな程に熱い。腰掛けた部分が熱されて汗が滲む。しかし伏黒はそんなことには一切構わずに、五条が買った氷形のアイスを摘んでいた。アイスの入ったカップを柵に手で支えながら置いて、そこに出来た僅かな影から伏黒の手だけが生えている。1つ摘んでは中に引っ込み、また出てきては1つ摘む。顔も出さずに器用なものだと思うが、カップを支える五条は相変わらず熱光線に焼かれている。出てきてよと言っても嫌だと呆気なく断られてしまい、サングラス越しにコンビニの前にある情緒もなにもない道路を眺めるしか出来なかった。これで目の前に真っ青な海でもあれば少しは絵になったのかもしれないが、生憎ここは都会のど真ん中のコンビニで、海なんてどこにもありはしないのだけど。
「溶けちゃったらどうしよ」
 流れる汗に五条の一部も溶けだしていそうで、このまま夏の陽射しに晒されていたら五条が食べている濃厚チョコの棒アイスのように小さくなって無くなってしまうかもしれない。そんなことを伝えたら「馬鹿なこと言わないで下さい」なんてつれない返事が返ってくるかと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきた。
「それだと俺が夏困るので、溶けずにいてください」
 いつの間にか五条の手元の影から顔を覗かせた伏黒がじっとこちらを見ていた。汗が顎を伝う五条とは違って涼しい顔をしている伏黒はそれだけ言うと五条の手からカップを奪い去ってあっという間に元の場所へと戻っていく。そうして音もなく消えてしまった伏黒に笑いを噛み殺しながら「来年はもっとちゃんと暑さ対策します」と返した。

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キュートアグレッション
えろくはないが最中

 最近よく齧られる。呼び出した玉犬やら脱兎やら、はたまた蛾蟇にではなく、五条によく齧られるのだ。こと最近の気に入りは伏黒の頬らしく、泊まった日の朝鏡を見るとうっすらと歯型が付いていることがある。いくら1度寝たらなかなか起きないとはいえ、寝ている間に人の頬を齧るものではないと何度言ってもやめやしない。これが起きて朝の支度をしていれば消える程度に薄いものだから、変なところだけ器用なものだった。
「寝てる間に齧るなって言いましたよね?」
「だってほら、可愛い子は齧れって言うじゃん?」
「言いませんけど」
 今日も起きて洗面台に行けば頬にうっすらと歯型が見えて、一足先に起きてキッチンに立つ五条に言えばさも当たり前のように返される。可愛い子に旅はさせても、頬は齧らない。
「んー…でも恵って可愛くて美味しそうなんだもん」
 見上げる伏黒の頬に手が伸ばされて、そのままキスをするような自然な流れで消えかかっていた歯型と同じ場所に軽く歯を立てられる。痛くもない甘噛みをされるのにもすっかり慣れてしまった。頬に歯型が残っている度に一応注意はするが、効果があるとはもう思っていない。形だけでも言わないと調子に乗りそうだから、一応言っているのだ。
「可愛いと美味しそうってことですか」
「そんな感じかなぁ?」
 一頻り人の頬を楽しんでから宥めるようにキスを落とすものだから、いつもそこで伏黒の厳重注意は終わってしまうのだった。

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「っん……」
「苦しくない?」
「だい、じょうぶです」
 息を吐き出して身体の力を抜く。何度も身体を重ねて自然と慣れてはきたが、それでも胎内に収める一番最初の瞬間は少しだけ苦しい。最初が入れば後はすんなりいくのだけど。
 この瞬間だけ眉間に小さな皺が寄ってしまうが、それを五条が人差し指で伸ばしてくるのが案外嫌いではなかった。もう少し自分本位に動いたっていいのに、伏黒が落ち着くのを待ってくれているのだと知っているから。浅く呼吸を繰り返して、まだそれなりに思考がはっきりしている頭で目の前にある五条の顔を見る。伏黒に覆い被さるようにしている五条の額には少し汗が滲んでいて、首元が赤い。本当はさっさと全部収めてしまいたいのに、それを我慢しているのを隠すように余裕な顔をしている。目の奥じゃ早く、なんてせがんでいるのに。
「…めぐみ?」
 まだ腕を動かす力があるうちに五条の顔を引き寄せて鼻先に歯を立てる。いつも伏黒にしてくるように軽く、けれど歯型くらいは残せるように。近すぎてぼやけるものの、五条が目を丸くしているのは分かった。ぱっと口を離せば、綺麗な鼻筋に不格好な歯型がいて、ちょっと間抜けだ。ちょっと間抜けで、可愛らしい。
「め、めぐみ?」
「可愛くて食べちゃいたい、って、こういうことですね」
 伏黒の為に我慢して、気遣ってくれて、でもその実あまり必死さを隠しきれていない。そういうところが可愛いのだと伝えれば伏黒の胸元に五条の頭が降ってくる。ぐりぐりと頭を押し付けられて、髪が擽ったい。
「も〜〜……そういうこと言うのやめてよ…恵が可愛すぎて出る」
 そのあんまりにも情けない声に可愛いと言えば、仕返しとばかりに頬を齧られた。

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