薄明
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2023.09.04 23:12:40 編集
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僕らに赤い糸は見えない。
だいぶ昔に書いた鉢雷
これは鉢屋三郎の走馬灯である。
序
感情を持ってはならない。それが、常に掲げているこの家の教えだった。
誰かを殺めたり、誰かの秘密を暴くことを生業とするのだ。そこに情の一つでもあればそれは綻びとなり、命に関わり、この家の名前に関わる。鉢屋の家に生まれるとはそういうことなのだ。
姿を変え名前を変え、自分という存在をなかったことにする。個人の人生などというのはその程度のものだ。
一つ目の名前を捨てた理由は家で飼っていた虫獣遁の術に使う蛇だっただろうか。その蛇に何か名前を付けた(と思うがその名前はすっかり忘れてしまった)がために、大層それを可愛がり愛着を持ってしまったから自分の名前を捨てて一からやり直したのだ。
二つ目の名前も同じように愛着を手に入れてしまったから捨てねばならなかった。あれは鉢屋の家の隅にある人気のない部屋の床の間に飾られていた人形だった。随分とさびれて決して綺麗な見た目とは言えなかったが、どうしてだか気になって仕方なかったのだ。ぼろきれを持ってきては、好きなように着物を繕い、着せては一人で悦に浸っていた。どうしてそれが親族に見つかったのか。そこはさっぱり覚えていなかったが、やはり物に執着してはならないとこの二番目の名前も捨て去ることになった。
名前を捨てることは人生を捨てることだ。そして新しい名前を手に入れるということは新しい人生を始めるということ。鉢屋の家にとって名前というのは、人生というのはそれだけ使い捨てるものだった。
そうして次に与えられた三つ目の名前。これを与えられた時、父は「仏の顔も三度まで」と言い、母は「三度目の正直」と言った。
_____
1
瞼を透かして入り込む朝陽に気が付き目を開けば窓の外では元気に雀が鳴いていた。朝を知らせてくる彼らの囀りはしかし、三郎の頭には痛いばかりだ。目を覚ました途端に響くように痛む頭に三郎は眉間に寄せる皺を深くした。この頭の痛みとも随分と長い付き合いだが、医者が治せたためしはない。その原因はなんとなく分かっているけれど。
枕もとの時計を見れば一応設定していた起床時間より早く、またかと嘆息した。最後にぐっすりと眠れたのはいつのことだろう。いつからか酷い片頭痛と毎夜毎夜流れる走馬灯に眠りを邪魔されるようになった。それは今とは比べ物にならないくらい、それこそ歴史の教科書で語られるような時代の記憶だったり、生きていればそれだけで歴史遺産と言われてしまいそうな時代の記憶もあれば、セピア色で描かれるような時代もあった。そのどれもが鮮明に三郎の夢の中を駆け回り、深い眠りの邪魔をする。
痛む頭でベッドから起き上がり朝陽を透かすカーテンを捲る。今朝は快晴だ。ベッドには一人しかいない。
ここは何でもある世界だ。当たり前に飲める水はあるし、食事にだって困らない。誰かと喋りたければ会いに行かずとも簡単に話すことができる。便利で、恵まれた時代だ。
三郎はここで鉢屋という姓ではないが皮肉にも三郎という最後の名前でもってこの時代に生まれ落ちた。死して尚、三郎は三郎として生まれ変わり生き永らえている。毎夜流れる走馬灯は室町の時代からこれまでの繰り返し続けた人生の映像だ。
物心がついた頃から三郎は前世と言われる記憶があった。つまりこれは何度目かの人生になる。その何度目かの人生で三郎は十八になったばかりの学生として生きていた。太陽が顔を出す前に起きだして井戸に向かうこともない。すっかり太陽が顔を見せた時間に起きだして、部屋を出て少し廊下を歩いた先にある洗面台に迎えはそれだけで身支度は半分終わる生活。拍子抜けするほど平和で、生きるのに苦のない生活だ。
目覚ましより少し早い起床時間。部屋を出ればひんやりと朝の静けさと空気の冷たさが廊下を満たしていた。三郎が起きだす時間はいつだって家族はまだ寝ている。人の気配が希薄な、それでいて張り詰めたこの空気が三郎は存外好きだった。ひたひたと、素足で静かに、自らがここにいることを悟られない為かのように歩いて洗面台へと向かう。鏡の前に立つのが三郎はどうしても好きにはなれなかったが、しかし同時に言葉に表せないくらいに充足感を与えてくれるのもここだった。
(君は、ここじゃどんな顔をしているだろう)
浅い眠りのおかげで消えなくなった隈を一瞥してから蛇口をひねり、掬い上げた水で顔を洗えば、途端に頭の中がクリアになって一瞬だけ割れるような頭の痛みを忘れられる気がした。
洗面台の下にある観音開きの扉を開け、買い集めた化粧道具を引っ張り出す。ここは恵まれた時代だ。誰かの顔になるための材料なんて簡単に好きなだけ手に入る。使う道具さえあれば三郎はいつだって自分の顔を好きに作り替えることが出来た。何度人生を繰り返したって三郎が必死になって培ったその技術だけは衰えも、鈍りもしなかったのは執念というべきか。
今日の彼は果たしてどんな顔をしているだろう。色々な時代の、そして初めて出会った時の顔を思い浮かべてはその想像を顔に重ねていく。黒かった髪は茶に染めて、真っ直ぐだった髪も緩くウェーブをかけて、肌の色も瞳の色も唇の厚さも何もかもを作り替えていく。毎朝こうして顔を作り変えることで、三郎は三郎になるのだ。
時間をかけて作品を作り終えた頃には静謐な廊下はなくなってしまう。母親が三郎たち家族に朝食を用意するために起きだすからだ。小さく息をついてから洗面所から離れて着替えるために再び自室へと戻った。
すれ違った母親の目は、未だに理解できないものを見る者の目だった。理解できないものを見る目は、蔑みに似ている。
不破雷蔵という人間を探している。どこにいるのかも、どんな名前なのかも、もしかしたら全然知らない顔なのかも、三郎のように遠い昔の記憶を持っているのかも何も分からない。何かも分からないが、それでも三郎はこの人間を探している。記憶の中の顔で表面だけ取り繕って、そうしてアイデンティティをかろうじて保ちながら。果たして君はこの世界に生まれ落ちているだろうか。そう思いながら。
「三郎って都内の大学だっけ」
「ああ。そっちはどうなんだ。受験勉強の調子」
高校三年の秋口。決めた進路についてもう動き出さないといけない時期だ。自分の進路だとか将来だとかにさしたる興味はないのだけど、それなりに真面目に学生をやってそれなりの道を歩まねば何もできない。ただそれだけの理由ではあるが三郎は優秀と称される程度の成績をキープしていた。だから進学だってそう焦ることでもないのだけど、三郎と同じクラスにいる八左ヱ門という男はそうじゃない。決して頭が悪いわけではないのだけど、三郎のように必死にならなくても大丈夫なわけではないらしい。三郎の言葉にちょっと焦り始めてる、と答えた八左ヱ門は今日もこの後は塾だとぼやいた。
「それは大変だ」
「いいよなぁお前は頭がよくて」
「努力しているからさ」
八左ヱ門という男は、室町の世で随分と親しくしていた男だ。向こうはさっぱり昔のことは覚えていないようで、雷蔵についても会ったこともなければ聞いたこともないらしい。ここに入学した時にそう知って勝手に落胆したことを八左ヱ門は知らない。けれど昔からの縁故か、時代は違えど何かと気が合って今もこうして一緒に学食で昼食を摂る程度には仲良くしてもらっている。他の世でも何度か巡り合ってはいるけれど、こうして気兼ねなく過ごせているのはきっと彼には以前の記憶がないからなのだろう。彼はどの時代で出会っても三郎のことを諭す立場だったから。この八左ヱ門という男は誰よりも正しく、誰よりも真っ直ぐな人優しい人間だ。
「お前、本当はもっといい大学行けるんじゃねぇの?」
「さぁ?興味ないな」
「…まだ探してんの?」
ふいに箸を止めた八左ヱ門が三郎を見た。そういえば初めて顔を合わせた時に三郎のことを知らなそうだった彼に「自分に似た顔を見たことはないか」と聞いたのだった。今の雷蔵の顔は知らないから参考になるかは分からないが、そう聞くのが一番いい気がしたのだ。けれど知らないと答えた八左ヱ門に「じゃあ雷蔵という名前を聞いたことはないか」と聞けばやはり知らないと答えたのだった。それきりこの会話は終わってしまったのだけど、まさかそんな昔の話を覚えていたとは。
「随分と懐かしい話だな」
「どっか遊び行っても視線が誰か探してたからさ、ずっと気になってた」
今日の日替わりランチは焼き鮭定食だ。綺麗に焼かれた鮭が三郎の箸につままれたまま行き場なく宙に留まる。昔から人をよく見ている男だった。記憶はなくてもそういう根っこの部分は変わらないらしい。
三郎の返事を待つように箸を置いた八左ヱ門に適当な誤魔化しは意味がないのだろう。本心から気にかけてくれているのだ。無下に誤魔化すなんてしたらきっと罰が当たる。神様なんて信じちゃいないが、機嫌を損ねないに越したことはない。
「まぁ、そうだな。都内の大学に行くのだって人が多そうな場所を選んだ」
「あー、なんだっけ、雷蔵?って奴?」
「そう、雷蔵」
雷蔵、そう口に出せば改めて自分が欠けているのだと思い知る。何度経験したって慣れやしない。隣に彼がいないだけでどうしてこうも足元が不安定な心地になって、心許ないのだろう。いくら名前を呼んだって空しいだけだ。この人生でも、彼に会えるかは分からないのだから尚の事。
「てかさ、なんでそんなに同じ顔を探してんの?」
「なんで、か」
けれど探す理由の根っこまで教えてやる義理はない。三郎だって今の正しく良好な友人としての関係を大事にしたいのだ。八左ヱ門はいつだって正しい。正しいからこそ三郎を理解できないのだから。
「昔からもうひとりの自分を探しているんだ。ドッペルゲンガー、ってあるだろう?それさ」
「見たら死ぬっていう?不穏だな」
三郎の上手くもない嘘にからりと笑った八左ヱ門は、しかしはてと首を傾げた。
「じゃあ雷蔵ってのは?」
私を私にしてくれる大事な人だよ、なんて言えるわけもない。言うのは簡単だが、どんな言葉にも意味がある。力がある。だから言っていい言葉といけない言葉があるのだ。
「ずっと昔に離れ離れになってしまった、幼稚園の友達さ」
そういえば、最後に記憶がある八左ヱ門が三郎に言ったのは「たぶん俺たちは、それ以上近づけねぇんだよな」だった。
____
肆
窓の外から人々のどこか浮かれたような、ほっとしたような、この夜に戸惑っているような、そういうぎこちない喧騒が聞こえた。けたたましい空襲のサイレンも鳴らない。穏やかとも平穏とも言えない夜だが、ようやっと一区切りついた夜だ。こんな夜は、まだまだ続くのだろう。
「なぁ三郎」
呼ぶ声に窓から視線を外せば、傷だらけの八左ヱ門が真っ直ぐにこちらを見ていた。かろうじて生き延びた八左ヱ門は、戦争が終わって日本に帰ってこれた数少ない人間だ。きっと命のやり取りを知っているからこそ、身体に染み付いているからこそ、生きて帰ることが出来たのだろう。かくいう三郎は戦争には行ってないけれど。招集から逃げる方法なんて、三郎には有り余るほどある。国のための尊い死より、三郎には生きなくてはならない理由があるのだ。
「なんだい?」
生きて帰ることのできた八左ヱ門のちょっとした祝賀会。といってもそう豪華な食事や高い酒を用意できているわけではないが。なにより、治りきっていない生傷ばかりの身体でそういった良い場所になんて行けるわけがなかった。せいぜい三郎の自宅でちょっと贅沢をするくらいだ。
八左ヱ門は目の前の酒には手を付けずに言った。
「お前は、まだ雷蔵を探してるのか」
今更誰かと命のやり取りなんてして死ぬわけにはいかなかった。何故なら三郎はまだ雷蔵を見つけ出すことが出来ていないからだ。雷蔵がこの世界にいない、そう分かるまで三郎は死ぬわけにはいかない。そのために、三郎は卑怯にもまた誰かの顔を借りて戦争の招集から逃げたのだ。
「勿論。そのために生きているんだ」
「…雷蔵も、俺みたいに招集されてたらどうする」
「仮にそうだとしても、私には確認する術がない。もしかしたら私も戦地に赴いた方がよかったかもしれないが、もしも死んだら?死んだ先で雷蔵だけが生きていたら?…その方が恐ろしかった」
どちらの方が雷蔵に会える確率は高かっただろうか。そう言えば八左ヱ門は押し黙った。その反応からしてきっと八左ヱ門は向こうで雷蔵と出会たわけではないのだろう。
八左ヱ門には伝えていないが、配達員に成りすましたことがある。顔を借りてしまえば簡単なことだった。招集の令状を配るにあたっての住所録。自身の生活圏内から、それ以外の地域まで。見れるものは全て見た。そこに雷蔵の名前はなかったのだ。雷蔵は、戦地に呼ばれていない。何かあって招集を免れたのかも、まだ生まれ落ちていないのかも、そもそも生まれないのかも分からないけれどそれは三郎が生きることに必死になるのに十分な理由になった。
「八左ヱ門は昔から私たちのことを気にかけてくれるな」
「長い付き合いなんだ。当然だろ」
窓の外は綺麗な星明りが瞬いていた。最初に生きていた頃に比べたら少ない気はするけれど。三郎はどうしたってこの世界のどこかに雷蔵がいて同じように空を眺めている可能性を捨てきれない。万が一を願ってしまうのだ。
「やっと平和になりそうなんだ。なぁ、普通に生きるんじゃ駄目なのか」
「駄目だ」
「…なんで」
「これが私だからさ」
不破雷蔵の顔を借りて彼と人生を歩む。それが鉢屋三郎としての生き方なのだ。鉢屋三郎が鉢屋三郎として生きていく為に彼はどうしたって必要不可欠だった。自身の形を保つために、自身が自身であるために一番大切なものは何か。
「私の顔、よくできているだろう。と言っても想像でしかないけれど」
真っ当な愛の示し方など知らなかった。好きだからこそ、近づきたい。そうして近づいた時、初めて褒めてくれたのが雷蔵だけだった。
「…いつかの雷蔵に瓜二つだよ。……たぶん俺たちは、それ以上近づけねぇんだよな」
最後にそう呟いて、八左ヱ門は箸を手に取った。
___
2
「今日、八左ヱ門とも気が合いそうな奴に会った」
そう伝えればスマホの向こうにいる八左ヱ門はじゃあ今度そいつらも含めて遊ぶかと笑った。縁とはやはり続くもので、大学は変わろうが三郎を気にかけてくれているのか存外まめに連絡をくれた。やはり、記憶があってもなくても時代が変わろうと人の根本は変わらない。そう、変わらないのだ。
「三郎はこれからバイト?」
「ああ。そっちは」
「俺もバイト。まだ新生活慣れなくて大変だよ」
お互い頑張らないとな、そう言ってから八左ヱ門は続けた。
「ドッペルゲンガー、見つかったのかよ」
「まだ見つからない。幼稚園の友達も」
「…どっちだ」
「おい勘右衛門、」
「…兵助に、勘右衛門か」
ふいに呼ばれ振り返ってみれば、随分と見知った顔が2人並んでこちらを見ていた。大学に進んでひと月程。これまで何度も食堂には足を運んでいたし、学内をあちらこちら歩き回っては人探しをしていたのに声を掛けられるまでさっぱり気づかなかった。
2人は三郎をまるで幽霊でも見るかのような目で見ていた。不躾に投げられた言葉にさぁどっちだと思うと返せば、呆れたように肩から力を抜いた勘右衛門が「三郎か」と言った。
兵助と勘右衛門を見て一番に運がいいと思った。1つの時代で1人や2人なら昔の知り合いに会うことはあったけれど、3人目ともなれば滅多になかったからだ。会える人数が多ければそれだけ手がかりは増える。遠い昔から知り合っていた三郎達は多少昔と名前や見た目が違っていても、どういう訳か直ぐに気付くことが出来るのだ。2人が雷蔵を見たことがあれば当然気づいている筈だった。
「雷蔵は?」
「知らないよ。会ったこともない」
「じゃあ勘右衛門は?」
「…お前、まだ探してんのか」
三郎達の横を通り過ぎる生徒が道の真ん中で会話する3人に迷惑そうな視線を投げかけた。それを一瞥してから三郎は当然とでもいうように頷く。八左ヱ門も兵助も勘右衛門も、三郎がどうしてこうも雷蔵を求めてやまないのか理解できない一人だけれど、勘右衛門は特にそうだった。理解できないからこそ、恐れているような。理解できないからこそ、詮索などしないような。
ふいに遠くで聞こえる喧騒に混ざってカレーの匂いがした。今日の日替わりランチはどうやらカレーらしい。途端にお腹がきゅうと鳴り、空腹を訴える。
「なぁ、話の続きは食べながらにでもしよう」
「雷蔵を見つけて、三郎はどうしたいんだ」
勘右衛門と三郎は深く干渉し合ったことがない。それはお互い人に深入りすることを良しとしない性分だったからだ。それは随分と居心地が良くて都合のいい関係だったのだけれど、それを今勘右衛門は踏み込んで破り去った。誰も彼もが、三郎に、雷蔵に優しくて困る。鉢屋の家に産まれながら人並みの情だの良心だのを持ち合わせてしまっているのだから無下に突き放す訳にもいかない。その位の情はあるのだ。
「…待って」
「兵助だって思ってただろ?なんで生きてくれないんだって」
「勘右衛門」
「なんでそんな簡単に死ねるんだって!」
「勘右衛門!」
三郎の提案を無視してそう言い募った勘右衛門の大声に生徒たちの視線が集まる。ほのかに喧騒の色が変わったが、勘右衛門は兵助が窘めるのも聞かずにもう一度言った。どうしてそんなあっさり命を捨てるんだお前らは、と。
この2人はいくつか前の三郎の人生を知っている。この口ぶりからして、もしかしたら三郎が知らないところで雷蔵の死にざまを見届けたこともあるのかもしれない。それが何度目の死にざまかは分からないけれど。
どうしてそう命を捨てるのか、その答えは実にシンプルだ。この世に雷蔵がいないから、それ以外に何があるだろう。三郎が三郎である為の、生きていく為の酷く単純でそれでいて何もにも邪魔できない絶対的な真理だ。内から殴られるような頭の痛みが増していく。溢れてやまない雷蔵との思い出や、彼を思った感情や日々が余すことなくたったひとつの脳に詰まっていた。
どこか他人事な喧騒の中で、少しだけ返す言葉に迷う。生きる理由も死ぬ理由も単純すぎて、けれどそれが正しいものではないのも分かる。分かるのだけど、三郎にはこれしか愛し方が分からなければ、これしか安心する術も分からなかった。愛する人と決して切れない繋がりが欲しい。昔はあんなにも煩わしくて忌々しいものだった筈なのに今はこうも欲しくてたまらない。決してなくならない血の繋がりが。
バイト先であるカフェの扉を開けばドアベルがからりと鳴った。木を基調に作られた落ち着いた雰囲気のカフェはそう人も多くなく、白髪の混ざり始めた初老の店主もカウンターで新聞を眺めていた。カフェにやってきた三郎に気が付くと柔らかく笑って、カウンター奥のスタッフルームを指差した。
「今日もよろしくお願いします」
「はい宜しく」
簡単に挨拶を済ませてカウンターに入りそのままスタッフルームへと向かった。
大学が昼頃で終わる日はバイトをしている。あちらこちらに探しに行くのにだってお金はかかるのだ。人もまばらな少し古びたカフェ。人を探すには向いてないが、しかし雷蔵が好むのはこういった場所だ。人が多い駅前のチェーン店のカフェや学生が多く訪れるファーストフード店などにはそう足繫く来ない。本を読むのには些か騒がしすぎるからだ。落ち着いて本に集中出来て、目が疲れたら珈琲でも飲んで休むことだってできる。図書館とも悩んだが、今回はここにした。
制服である白いシャツに着替え、黒のギャルソンエプロンを巻き、簡単に身支度を整えてからスタッフルームを出た。
店内には奥まったボックス席に二人組、窓際にノートパソコンを広げた大学生らしき女性がいるだけで他に客の姿は見えなかった。いつだってこの店は存外広くてゆったりした店内に対してこのくらいの客数で回っている。常連でどうにか経営できているのか、今日ここにいる客はどれも見たことのある顔ばかりだ。いつものように手持ち無沙汰にシンクにある珈琲カップを布巾で磨きながら店主と他愛のない話をする。今日の大学での話だとか、店主が手にしているスポーツ新聞の一面を飾る女優のスキャンダルだとか、今晩放送するドラマの話だとか。そうやって店内の雑用やまばらにやってくる客の相手をしているうちに窓の外は少しずつ暗くなっていき、店じまいの時間も迫っていた。こうした意味もないような話をするのはやはり楽しいものだが、今日も雷蔵には出会えなかった事実に落胆する。会えない時代の方が多いのは分かっているが、会えないまま年老いて死んでいったことも数知れないが、それでも会えないまま一日が終わる度に何度だって落胆しては明日に祈るのだ。何千、何万と繰り返してきた。報われたことは、祈った何千に対して随分と少ないけれど。
「そろそろラストオーダーですね」
「今日はもう終わりかな」
「ええ」
からりとドアベルが鳴った。店主に向けていた顔をそちらに向け、いらっしゃいませとラストオーダーになりますと伝えようとした時だった。
どこか遠くで手にしていたグラスが落ちる音がした。
「……雷蔵」
_____
参
「生きようって気はないのかよ」
「雷蔵が生きていれば」
「君は、一人で生きていくつもりはないの」
「ない」
三郎の言葉に兵助は諦めたように首を振った。
村で急に蔓延した流行病。江戸にでも行ければ治療法はあったのかもしれないが、こんな片田舎ではそんなものはなかった。町医者の手に負えないまま一人、また一人と流行病に罹り、毎日誰かが亡くなっていく。ついに町医者が病に倒れた時にはもう村は亡くなった人と村から逃げ出した人とで閑散としていた。
雷蔵がその流行病で倒れたのは逃げだそうと三郎が言った矢先だった。止まらない咳に下がらない熱、寒いと言って布団から出ない雷蔵の手の震えなんて今でも覚えている。雷蔵はきっともう長くない。ここ最近の村の様子を見ていればそれはすぐに分かった。そうして弱っていく雷蔵の手を握っている三郎に投げられたのは先程の兵助と勘右衛門の言葉だった。こんな偶然二度とないだろうに、ここには八左ヱ門以外の4人が揃っていた。三郎だけがこの村で育ったのではなく外からやってきた余所者だったけれど。
神様はどこで見ているのか分からないけれど、少なくとも三郎と雷蔵をただ平穏に生かしてはくれないらしかった。一番の願いを叶えてくれないなら生かしてくれたっていいのに。
「どっちみち私はもう感染しているさ。そっちだってあんまり長居しない方がいい」
「そんなの分からないだろ。大きい町に行けばなにか、」
「あったとしても雷蔵はもう助からない。私が生き延びる意味がない」
今度は勘右衛門が唇を引き結ぶ番だった。
最後に雷蔵と会えたのが何年前なのか、何年どころか何十年、もしかしたら何百年も経ってしまっているのかも分からない。それだけ長い人生を生きてきて、ようやっと会えたのだ。今更、疫病なんかで簡単に彼と生きたこの場所を離れる気などなかったし、彼がいないことが決まった世界に長居するつもりもなかった。何のために生きているか、それは三郎が三郎である為、雷蔵と生きる為である。
「…俺たちじゃ、生きる理由にはならないかな。雷蔵」
「……申し訳ないけど、少し足りないかな」
布団で顔を半分ほど隠した雷蔵が軽く咳き込みながら眉を下げた。兵助が隣にいた勘右衛門の腕を取り、もう諦めようと言った。何かを堪える様にぐっと唇を噛み締めた勘右衛門が何を堪えたのか、何を言いかけたのか、結局最期まで聞くことはなかったけれど。
2人が家から立ち去るのを軽く手を振って見送れば、途端に2人だけになった家はしんと静まり返る。控えめにこんこんと咳込むのが聞こえるだけで、まだ夕方の筈なのに山向こうから鳥の鳴き声すらしやしない。
「勘右衛門たちに悪いことしたかなぁ」
「雷蔵は優しいな」
「長い付き合いだからね」
治療法もここにはない、村唯一の医者はもう死んだ。雷蔵はそう長くないし、三郎もそのうち床に臥せるだろう。
雷蔵の手を握ったまま眠りに落ちた時、次の朝には雷蔵は目を覚まさないかもしれない。朝には三郎も高熱に魘されてしまうかもしれない。そうなれば、いいと思う。
「次の世では、君と兄弟になりたいな」
_____
3
「運命の赤い糸ってあるだろう?」
ふいに雷蔵がそう零した。窓から差し込む夕日がシーツに包まる雷蔵の横顔を照らす。差し込む橙色の光に透かすように伸ばされた雷蔵の手には当然そんな糸は存在せず、倣うように自身の手を掲げてみてもやはりそんなものはなかった。結ばれる人との間にあるという運命の赤い糸。所詮ただの迷信にすぎないけれど、もしも存在するとすればその糸はどこに繋がっているのだろうか。たぶん、きっと、お互いには繋がっていない。
「雷蔵はそういうの信じるタイプだっけ」
「ううん。信じてないけど駅で小学生が話してた」
雷蔵が掲げられた三郎の手をじっと見やる。想像で顔を作っていた時もバイト先の店主には双子かと驚かれる程度には似ていたけれど、いざ目の前に実物が現れてみれば、今まで作り上げてきた顔はあまりにも稚拙で杜撰で彼を名乗るなんてことはとても出来そうにない出来だった。彼の髪はもっと濃い茶色であるし、もう少し肌は白くていい。目は自分の想像より丸いし、瞳の色は思っていたより黒だけじゃなくうっすら茶も混ざっている。人の記憶はどこまでも曖昧でいい加減で、完璧に覚えていると思っていた筈のものだって知らず知らずの内にずれている。
「なぁ雷蔵」
「ん?」
「私の糸は、あるとしたらどこに繋がっているだろうか」
シーツごと雷蔵を抱きしめる様にすれば、布越しに雷蔵が身じろぎした。
何をするでもない、ただ一緒に部屋にいて惰眠を貪り、こうやって終着点のない話をする。これだけを手にするのに一体何回の人生を送ってきたのだろうか。その全ての記憶があるが、数えるだけ馬鹿らしい。彼といる、それだけで割れそうな頭の痛みなんてものはどこかに行ってしまう。何十、何百の人生なんてこの一瞬に比べたら塵芥みたいなものだった。
「…少なくとも、僕には繋がってないと思うな」
「迷わないんだな」
「だって繋がってたら、生まれた時から一緒だよ、僕ら」
「それもそうか」
ふいに雷蔵がシーツから腕を出して三郎の頬をつまんだ。昔と違って面で作っているのではないそこは、つままれたって剥がれやしないのだけど。乾燥で少しかさついた指先が今度はそっと頬をつつく。
「すごいなぁ、柔らかい」
「面じゃないからさ」
時代の、技術の進歩とは素晴らしいものだと改めて知る。こうして雷蔵の指先から伝わる温度を面越しではなく直に知ることが出来るのだ。限りなく、人に近づいているような。限りなく、彼に近づいているような。境目がどこか分からなくなっていくような。お互いを隔てるものは、もう塗られたファンデーションひとつ分の薄さしかない。
その僅かな膜すら煩わしいと言ったら、三郎をこうして永く生かし続けた神はなんて言うだろうか。傲慢か、強欲か。
「明日は?」
「一限から」
「じゃあ夕食でも食べてから帰るといい」
いつか君と食べたくて随分と上手くなったんだ、そう言えば雷蔵はやったぁと無邪気に笑った。
何百年ぶりか、それとも何十年ぶりか分からないが、久方ぶりに雷蔵の姿を見た時に手から滑り落ちたグラスが割れる音だけがどこか現実味を持っていたのを覚えている。ぱりんと間の抜けた音がして、店主が驚いたように自分と雷蔵の顔を見比べていて、三郎は中途半端に開いたままのドアと半歩跨いだ敷居の上にいる雷蔵を見て泣いていた。
三郎の世界の全てが呼吸を始め、息を吹き返したような錯覚。
「……雷蔵」
名前を呼んだ瞬間、雷蔵がそれに是と答えるかのように店内へと一歩を踏み出した。それをどこかスローモーションに見ながらすっと頭の中で暴れていた痛みが引いていくのを感じていた。目に少しかかる程度の長さに切られた髪は自分より少し濃くて、肌は少し白い。三郎を見て驚いたように開かれた目は思ったより丸くて、「三郎」と名前を呼んだその声は寸分違わず記憶のままだった。人は一番に声を忘れるなんていうが、そんなの噓っぱちだ。あれだけ散々見て、自らの手で作り上げてきた雷蔵の形は反芻し続けた記憶の中でずれていったのに、声だけは何にも間違っちゃいないのだから。
やっと会えた、そう言おうとしたのに言葉は声にならずに嗚咽に溶けて消えた。
見かねた店主に片づけはやるから帰れと言われた時、雷蔵がどんな説明をしたのかは分からないが「おめでとう」と言われた。店主に何故と聞こうと思ったが、しかしその問いは雷蔵が店の外で待っていることを思い出したらあっという間にどこかへ行ってしまった。そこに雷蔵がいる、それより優先するものなんてないのだ。
少し早めにカフェを出れば空はうっすらと夜を滲ませただけで夕方の名残を残していた。どこに行こう。明日は?お休み。じゃあ近い方の家に行こう。そんな会話を簡単にして向かったのは三郎の住んでいるアパートだった。
駅へ向かいながら、電車に乗りながら、自宅へ向かいながら、会話は尽きない。会うのは随分と久しぶりなのに雷蔵は何も変わらない。そのことに三郎は巡り合う度に何度だって安心する。
そうして話を聞いてみれば雷蔵は少し前まで地方にいて、大学進学を期に上京してきたのだという。ここに比べたら随分と田舎だったから、三郎が少し遠出したくらいで見つけられないのは当然だった。三郎が通う大学とは違うが、学校同士はそう離れていなかった。住んでいる家までは流石にそう近くにはならなかったけれど。そこまで都合の良い奇跡は流石に訪れなかった。
「やっぱり田舎だと人も少ないし、人探しには向いてないから」
親に無理言っちゃったけど、ここに来て正解だった。そう言って笑った。
「どうしてあのカフェに?偶然かい?」
「いや、ここに来てから行ける範囲の図書館とカフェを虱潰しに当たっててね、あそこが最後だったんだ。君のことだから僕の好きそうな場所にいると思って」
「ご名答」
そうして三郎の自宅に着いてドアノブを回すとき、雷蔵が三郎の住んでいる場所に足を踏み入れるのは初めてなことに気付く。鉢屋の家は身内以外立ち入ることなんてできなかったし呼ぼうとも思わなかった。その後の人生ではいつも三郎が先に見つけてばかりだったから余計にそんな機会はなかったのだ。
玄関先に立つ三郎と雷蔵の背中を殆ど沈んだ太陽が一瞬だけ照らして、辺りはあっという間に夜へと姿を変えた。いつの時代も美しい夕日は一瞬だけで、けれど雷蔵といる時代の夕日はその一瞬に消えない思い出をくれる。
最初に死んだ日も、こんな綺麗な夕日が最後にこの目で見た空だった。
どうしても欲しかったが手に入らなかったものがあった。何があろうと決して切れない繋がりだ。決して切れなくて、不変のもの。けれどそれはどの時代であっても決して手には入らなかったから、きっともうくれる気もないのだろう。永い人生の中で三郎が唯一諦めたものがそれだけだった。
「三郎はさ、卒業したら何するとか決めてるの?」
三郎を探す中で雷蔵が見つけたという彼が気に入っているカフェで、ふいにそう問いかけられた。この店の看板メニューだというシフォンケーキを切り分けながらその問いかけについて考える。全ては雷蔵を探すために生きてきたから、漠然と金を稼げるような職に就くことしか考えていなかったのだ。金を稼げる職に就いて、その金であちらこちらを探し回って。それが三郎の人生の一つの目標になっていた。その目標を成した先について考えることなんて久しく忘れていた。
「特には…君を探すことばかり考えていたから」
「そっか。僕は図書館の司書にでもなろうかなって思ってたんだけど」
「いいじゃないか。本が好きな君らしい」
「でもね」
カフェオレを一口飲んだ雷蔵が言葉を切り、柔らかい栗毛を揺らして微笑んだ。
「三郎と一緒にどっか遠くへ行くのも悪くないと思ったんだ。図書館のある場所ならどこでも司書はやれるし、絶対この仕事をしないといけないわけじゃない」
切り分けたシフォンケーキが持ち上げたフォークの上から滑り落ちる。自慢のケーキはその軽さで音もなく皿に帰った。
雷蔵は、いつだって三郎の生きる意味だ。生きる指針だ。
「お金貯めてさ、二人でどっか遠くで暮らそうよ」
「…遠くって」
「どこだろう?分かんないけど遠く」
今日君に言うまですごく悩んだんだよ、そう言って笑う雷蔵はあっけらかんとしていて。こうやって言うまでにどれほど悩んだのか考えるまでもなかった。悩み疲れて眠ってしまうことだってざらなのに、色々な選択肢が浮かんでは消えただろうに、その上でこの提案をしてくれたことが三郎にとってどれだけ嬉しいことか。雷蔵は分かっているのか分からない顔であっさりと言う。そういうところも、昔と変わらなかった。
「…じゃあ、誰も私たちを知らない場所がいい」
「うん。いいよ。ふふ、勿体ないから早くケーキ食べなよ。美味しいんだよ」
皿に転がったままのケーキをようやっと口に運んだけれど、先ほどの雷蔵の言葉が離れなくて味わうどころじゃなかった。今から何年先のことか分からないけれど、いつか雷蔵と暮らす日に浮かれずにはいられなかった。ここは平和で、便利で、争いのない時代だ。簡単に命を散らす必要もないし、その心配もない。不治の病はあれど、罹る方が珍しい。穏やかに生きていくには今ほど都合のいい時代はない。
「どう?美味しくない?」
「すごく美味しい。…また、食べたいな」
君と、そう付け足さなくても雷蔵との次を願える。ここは、本当にいい時代だ。
_____
弐
雷蔵のいない生活に意味など見出せなかった。学園を卒業したら鉢屋の家に帰ることが決まっていたが、あの家に帰るということはどう足掻いても雷蔵と生きる日々が終わるということ。卒業してしまえば、次に雷蔵を見るのは彼を殺める時だ。
それでも三郎の中に帰らないという選択肢はなかった。既に二つの名前を捨て去った。二つの人生を捨て去った。もうこれ以上父と母の期待を裏切るなんてことはできなかったのだ。
雷蔵はどこかの城に就職したらしい。どこの城かは聞けなかったけれど、聞いてしまえば逃げ道になってしまう。この家に生まれた者としてそんなものはあってはならないのだ。常に非情に、自己を希薄にして誰かの顔を模倣するのだから。
「その顔は誰の顔だ」
「帰り道にいた町人の顔です。変装しやすくて」
そう答えた時、少しずつ自分の中の何かが綻んで崩れていくのを感じた。
しかし自分はこの家に生まれた忍びであって、この血は決して消えることはない。誰かの顔を借りようとも、誰かの人生をなぞろうとも、それだけは決してなくならかった。この世で最も絶対的な繋がりは、血だ。
何も考えないようにと淡々と隙間を開けずに仕事をこなしていく三郎はやがて、二度も名前を捨てた鉢屋家の失敗作と呼ばれることはなくなったが、そんなものはどうでもよかった。雷蔵以外の顔を作ればほんの少しだけ学園での六年間を忘れられる気がして、尚の事仕事に没頭していく三郎に転機が訪れてしまったのは卒業してから三年経った冬の日のことだった。
任務は城にある密書を盗んでこいというありふれたものだったが、忍び込むのに丁度良い人間を探して簡単に下調べをしていた時にそれは訪れてしまった。三郎はいつも顔を借りるのに丁度良い人間を見つけたらその人物に関わるもの全てを周到に調べ上げてから殺める。同じ人間は存在しないのだ。二人もいたらおかしいことになってしまう。だから適度に調べやすそうで、且つ顔を借りても問題なさそうな人間を探すのだけど、その最中で雷蔵がこの城にいるということを知ってしまったのだ。
そこから今まで耐えていた三年間が音を立てて崩れていくのは早かった。忍び込むのに手頃な人間をどうにか見つけて調べ上げながら、その顔を作り上げながら、しかし三郎はこの情報も顔も使うことはないのだと分かっていた。少し前に死んでしまった三郎が成る筈だった彼には申し訳ないけれど。
雷蔵がいない人生に意味など見出せなかった。その時点で死んだも同然であったが、しかし三郎は今こうして再び息を吹き返した。決まった顔を、人生を持てない自分が鉢屋三郎という個人でいるのに不破雷蔵という存在は必要不可欠だったのだ。それが今、神様のいたずらとでもいうべきか、再び巡り合う機会が出来てしまった。あの日、塀の隠し扉から城に入っていく雷蔵の姿を見た日から三郎がすることは決まってしまった。
久しぶりに雷蔵の面を作り、身に付ければ肩に圧し掛かっていた鬱々としたものが途端になくなるようだった。幼い自分が捨てた二つの名前とその人生、学園で過ごした六年間、父と母からの期待と鉢屋という家の名前、考えないように思い出さないようにと悪足掻きをしていた自分、三郎という名前でありながら誰にも存在を証明してもらえなかった可哀相なこの家で過ごした三年間の自分。その全部が全部を二度と帰らない自室に捨て置いて三郎は任務へと飛び出した。
城を囲む罠の位置も警戒に当たる忍びの人数も場所も調べ上げた三郎にとって中に入り込むのはあんまりにも簡単なことだったけれど、しかしもう三郎にはここにある密書になど興味はなかった。あっさりと城内へと入り、事前に入手した内部の部屋割りを思い出しながら雷蔵がいるであろう場所へと気持ちは急くばかりだった。雷蔵が三郎を見て曲者だと人を呼んだって構わない、雷蔵自身の手で殺されたって構わない、ただもう一度だけ一目彼の姿を見て、鉢屋三郎としての生を実感して終わりたかった。身勝手だと言われたっていい。人間はいつだって身勝手で、どうしようもなく愛に飢えている生き物だ。
雷蔵が見張りをしているであろう場所は偶然にも三郎が本来求めている密書のある部屋だった。三郎が模したのと同じ顔をした雷蔵が、窓から差し込む月明かりから隠れる様に佇んでいた。懐かしいその姿に、三郎は頭で考えるより先に天井裏から降り立っていた。
咄嗟に苦無を構えた雷蔵は、瞬きの間に暗闇の中でも寸分たがわず三郎の首元へとそれを突き立てた。普段の三郎であればこんな簡単に首を晒すなんてことはしないのだけど、雷蔵を前にしてしまえば関係なかった。
「久しぶり、雷蔵」
「………三郎?」
何もする気はないと両手を上げて見せれば、雷蔵は信じられないものを見たという顔で名前を呼んだ。
「どうしてここに」
「この部屋にある密書を貰いに来たんだ。…といっても、そんなものはもうどうでもいいんだけどね」
喉元に突き付けられていた苦無が僅かに下げられる。目の前にいる間者にそんなことをしては城を守る忍びとして失格だ。けれど今の三郎に密書を持ち帰ってどうこうしようという気はないし、城主の首を持ち帰る気もない。
「どうでもいいって…いいのかい、仕事」
「君に逢えれば些末なことさ」
この仕事を依頼してきた殿様は随分と短気で気難しい方だった。三郎が任務を失敗したと知ればあっさりと別の忍びを差し向けて殺そうとしてくるだろう。そんなもので簡単に死ぬような腕はしていないけれど、今の三郎だったらそこらの子供を殺めるより簡単だろう。本当は今突き付けられている苦無で無慈悲に喉元を搔き切ってもらえればよかったが、彼は優しいからきっと頭の中で色々なことを考えて動けないのだろう。迷い癖は、卒業した時に大分克服したと思ったのだけど。
やがて下ろされた苦無に「私は密書を貰いに来た曲者だよ」と言ったが雷蔵は何も言わなかった。雷蔵が何で頭を悩ませているのか。どうせ殺すべきか否か、そんなところだろうとしか見当をつけなかった自分は確かに、忍びではなくただの人間だった。
この部屋に向かってくる何人もの足音に気付けなかったのだから。
「実に見事だ。どちらが不破か分からん」
床に転がされた三郎と雷蔵を見て城主はにたりと笑った。
一体いつの間に忍び込んでいることに気付かれたのか、激しい足音と共にやってきた浪人達に三郎達はあっけなく捕らえられてしまった。雷蔵と同じ顔をしていて、且つ、お互いに敵意などまるでない様子で佇んでいたのが災いして二人とも捕らえられてしまったのだ。咄嗟に逃げることも、雷蔵は関係ないと叫ぶこともできやしなかった。叫んだところで事態が好転したとも思えないが。
そうして連れられた城主が待つ部屋で三郎と雷蔵はどちらがどちらであるか、尋問を受けるこことなった。三年も顔を合わせていなかったにも関わらず三郎が模した雷蔵の顔は完璧だった。声だって真似ることが出来る。お互いに名乗らねば誰にも正体は分からない程、それは精巧な不破雷蔵の写しだった。けれどここで下手に正体を隠せば三郎だけではなく雷蔵の命も危うくなるだろう。疑わしきは罰せ。ここはそういう世界なのだ。
雷蔵の顔を利用しただけで彼は無関係だ、今すぐこの顔を剥げ。そう言う為に口を開いた瞬間だった。
「駄目だろう。もっと上手く忍び込めと言ったのに、悪い弟だ」
ずっと押し黙っていた雷蔵が口を開いた。すぐ隣に転がる自分を見る目は、真っ直ぐに、何も言うなと言っていた。目の前に立つ、城主の顔色がさっと変わる。
「お前たち、手を組んでいたのか」
「ええ。そっくりでしょう?ずっと二人で、機会を窺っていたんです」
転がされた畳の上で身じろぐ三郎を、雷蔵は横目でちらりと見ただけだった。これじゃあ、雷蔵まで黒になってしまう。雷蔵を死なせるためにここに来たわけではないのにと気持ちばかりが焦って、言うべき言葉が頭の中で渦巻いて出てきやしない。雷蔵と兄弟なんかじゃない、血の繋がりもない、同じ苗字も持っていない、今ここにある顔は彼を模した紛い物だ、死ぬべきは二人ではなく自分ただ一人だ。数えきれない言葉が取り留めもなく散らばっていく。悩んでばかりで答えが出ない。まるでいつかのよく知る雷蔵のようだった。
「なぁ、弟よ」
その声はまるで三郎のようだった。
城主が右手を掲げ、裏切られた怒りのままに、彼の言葉の真偽を確かめることもせずに、殺せと叫んだ。それをどこか遠くで聞く。
「次はちゃんと兄弟になろうね」
それはまるで走馬灯のような最期だった。
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4
「見つかったんだ。よかったな」
「ああ。やっとさ」
窓の外には晴天が広がっていた。雲一つない、真っ青な空だ。浮かれた話をするにはこれほどぴったりな日もそうそうないだろう。たとえこれが母校の近所にあるファミレスだとしても。
平日の昼食時を過ぎたファミレスは人もまばらで、成人した男二人でドリンクバーだけで長く居座っても何も言われない。
「ドッペルゲンガーも見つかったって言ってたよな。やっぱ本当に同じ顔してんの?」
「それはもう完璧に」
私がそのドッペルゲンガーだよ、とは言わずに。
探してた幼稚園の友達も見つけた、ドッペルゲンガーも見つけた。そう電話口で言えば八左ヱ門はじゃあお祝いだと言って集まる機会を作ってくれたのだ。学生の時から何も変わらず存在しているこのファミレスに来るのは随分と久しぶりだけど、いやに落ち着くものだ。窓から晴天と共に懐かしい高校が見えるのもあるかもしれない。ここでは雷蔵に会えなかったけれど、なかなかいい思い出ばかり作れたのだ。
「その友達ってさ、どんな奴なの?」
「…そうだなぁ、すごく迷い癖がある」
「迷い癖?」
「仮にここに来たとするだろう。するとメニューを見てどれにしようかと延々と悩み続ける。誰かが勝手に決めるなり止めない限り、一時間は簡単に悩み続けるタイプだ」
「嘘だろ」
「嘘じゃあない」
無難な珈琲を飲みながら後で確かめて見ればいいさと言えば、八左ヱ門はまだ信じていない顔で分かったよと笑った。
あと10分程すれば雷蔵だけでなく勘右衛門や兵助もここにやってくるだろう。一体何百年ぶりの同窓会なのか。八左ヱ門だけ何も知らないのが少し残念だと思うくらい、今日はいい天気だ。
安いアパートにしたのは駆け落ちってこういう雰囲気じゃない?と雷蔵が言ったからだった。自然の多い片田舎ではそういう安くて雰囲気のあるアパートは一軒しかなく、雷蔵が悩むまでもなく決めることが出来たのは幸いだった。悩みに悩む姿を眺めているのは悪くないけれど。ここには古びているが図書館もあるし、雷蔵が好みそうなカフェもある。ここに越す前に比べたら収入はずっと減るが、それでも平気なくらいには稼いできたつもりだ。
お互い28歳になった夏。引き留める声を無視して三郎は退職した。世間じゃ高給だとよく噂される仕事ではあったが未練はない。退職した日、口座に貯め続けた貯金額を見て雷蔵と笑いあった日は記念日だ。その日に雷蔵もずっと勤めていた図書館を辞めた。
「いやー、都会に比べて空が広いね」
「ビルがない」
「街灯もないや」
真っ青な空に白い雲は定番だがよく映える。吹く風は夏を乗せて暑いくらいだった。じんわりと滲む汗をそのままに、無邪気に笑う雷蔵に少し泣いてしまったのは、ここだけの秘密だ。仕事を辞めて都会を抜け出すとき、最低限のものを残して大体のものは売り払ってしまったし、携帯電話も解約してしまった。事前に目星を付けていたこの土地への行き方と、そこにある唯一の古びたアパートに住むために必要なものだけを手にして、始発と共にここにやってきた。電車の中でボストンバッグ3つに収めた荷物を持って朝日を迎えた。少しずつ明るくなる空と、少しずつ建物が減っていく風景を見ながら奇跡とはこのことなのだと思った。朝が苦手な雷蔵は三郎の肩に頭を預けてすっかり寝入ってしまっていたけれど。
少なすぎる荷物に細かい事情を話そうとしない二人に、この町の人々は優しすぎた。本当は家探しも少しは苦労すると思っていたのにあっけなく住処は手に入ってしまった。若者が少ないこの町では事情はどうであっても来てくれるだけ有難いのか、そこまでは聞かなかったけど雷蔵も三郎もその優しさに甘えた。
ボストンバッグ3つ分しかない荷物は半日もしないうちに片付いてしまい、空いた時間で夕食の材料を探すついでに町を散策することにしたのが先ほどのこと。冒頭の会話はその中でしたものの一部だった。寂れた商店街はシャッターばかりが下ろされて人の姿もまばらだ。きっと開いている店の方が少ない。
「僕ら常連になっちゃうね」
「店が少ないからな」
新しい人が入らないから限られた住人で回っているこの町はきっと長くない。三郎と雷蔵がいつか年寄りになった時まで残っているのだろうか。雷蔵が目星を付けている図書館も、三郎が面接に行こうとしている喫茶店も、きっと長くない。ここは終わりを待つだけの町だった。
「こういう商店街って、大体昔ながらのコロッケみたいなものがありそうじゃないか?」
「お昼のバラエティーでやってそうな!」
「そう。お肉屋さんのコロッケ」
「じゃあ今夜はそれにしよう!」
広さだけはある商店街を見て回っているうちに太陽は沈み、コロッケを見つけた時には空はすっかり夜へと姿を変えていた。空を見上げれば星が大量に瞬いていた。都会じゃまず見れない量の星に、同じように上を向いた雷蔵がすごい、と零した。きっと室町で見た星に比べたらずっと少ないのだろうけれど、それでもその星空は昔を思い出させるには十分すぎる。遠い遠い町で、三郎と雷蔵の素性も生い立ちもここに来るまでの道のりも何も知らないこの土地は、三郎が夢に見た光景の一部だった。一番欲しいものは手に入らなくても、夢に見たものが少しずつ手に入っている。雷蔵ともう一度巡り合う。雷蔵と一緒に過ごす。雷蔵と共に生きる。これを手に入れるのに随分と時間がかかってしまった。神様は気まぐれで三郎に全く優しくない。赤い糸なんてものがあるとすれば、間違いなくそれは途中で無残にも切り刻まれているに違いなかった。
「三郎ってそんなに泣き虫だったっけ」
「歳かな。すぐ泣けてしまって仕方ないんだ」
「困った弟だ」
「兄さんは強いな」
同じ顔をした自分たちは素性を詮索されないのをいいことに兄弟として生きることを決めたのだ。いつか暴かれてしまうかもしれないが、それまで三郎と雷蔵は紛い物の双子へと生まれ変わる。一番欲しいものは手に入らなかったけれど、それでも十分すぎる程だ。
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壱
どうして君は僕の顔をするんだい?まだ雷蔵の顔を借りて日が浅い頃、子供の丸い手で作り物の三郎の頬をつつきながら言われた一言が忘れられない。どうして、その理由を三郎は今まで考えたことがなかったからだ。今までだって色々な顔を借りてきた。鉢屋の家の人間として変装の術は完璧に会得しないといけないものだったから忍術学園に来る前から叩き込まれてきたし、なんならここに初めて来た日だって素顔じゃなかった。あれは道中で見かけた名前も知らない子供の顔だったと思う。三郎にとって顔を真似ることに意味などなかった。はずだったのだけど。
「どうして…」
「だってずっと僕の顔しかしないじゃないか。こんなに上手なのに」
柔い手が柔らかくない面をなぞる。純粋な好奇心から来た質問に、初めて三郎は自分がなぜ星の数ほどある人の顔の中で雷蔵の顔だけを好んでするのか考えた。顔を借りることに特別な感情なんてない。ただあるから借りるだけ。じゃあ何故、それだけ選び放題の顔の中で彼の顔だけを真似るのだろう。作りやすい顔だから?どんなに雷蔵のふりをしても怒らないから?浮かんでくる理由はどれも違う気がした。
「雷蔵は、まねされるの嫌?」
「嫌じゃないよ。うれしい」
「うれしい…」
「とっても近くに君がいるみたいだもの」
この時、三郎はすっかり忘れていた二つ目の名前だった時の人生を思い出した。一年あったかないか、そんな短い人生は忘れてしまうにはあんまりにも簡単すぎて思い出すこともなかった。それが一気に脳裏に広がって、雷蔵の顔ばかりを真似る理由はそこにあった。三郎が気に入った人形は人ではないから何も言わない。何も言わないで三郎を肯定してくれる。無言は都合のいい肯定だ。好きだから近づきたい。近づきたいから真似をする。同じものが欲しい。同じになりたい。そういう愛を、家族は理解してくれなかったから。愛とは執着だ。それはあってはならない、持ってはならないと両親は言っていた。不必要なものだと。だから二度も何かを愛してしまった三郎を見る家族の目は蔑みだった。蔑む目はいつだって理解できないものを見る目に似ている。家族はあの人形の顔を何度も真似る三郎を理解できなかった。
「雷蔵が、すきだから」
「すき?」
「すきだから、いつも君の顔をしたい」
頬にある雷蔵の手を取る自身の手も柔く、丸かった。
明け透けで幼い三郎の言葉にふにゃりと笑った雷蔵の笑顔に、三郎は三度目の恋をしたのだった。これが、失敗した三度目の人生の始まりだった。
決まった顔を持ってはならない。そういう家に生まれた三郎にとってこの顔を見て鉢屋三郎だと決して間違えることなく呼んでくれる雷蔵に生きる意味を見出してしまうのはある意味当然であった。雷蔵だけが、世界でただ一人決して間違えることなく鉢屋三郎という人間を見つけてくれるのだから。
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5
ふと瞼を持ち上げると目の前は鮮やかな橙に染まっていた。まるで燃え盛っているような空を前に三郎の頭は一度考えることを止めるが、数度瞬きをしている間にやっと頭は覚醒していく。
「すまない。結構寝ていただろう」
霞む目を擦れば雷蔵は気にしないでと笑った。
この町に来て一年ほど。お互いに仕事も見つかって生活に慣れてきたのもあって、休みが重なったのをいいことにドライブをしていたのだった。運転は主に三郎が担当して、電車を少し乗り継いだ先にある別の小さな街でレンタカーを借りて行く当てもなく気ままに車を走らせたのだ。
春になったばかりの海は人もまばらで静かだった。朝だったのもあるのだろうが、当然売店などもなく砂浜に並ぶ足跡も二人分だけだった。波に足が触れない距離で夏になったらまた海に行こうという話をして、次に向かったのは海辺の町だった。三郎達が住む町に比べたらかろうじて賑わいはあるが、それでも長く生きれはしないだろう町で偶然見かけたカフェに入った。そのカフェではシフォンケーキが看板メニューらしく、テーブルに置かれたメニュー表には可愛らしい文字でおすすめと書かれていた。どこか懐かしい気持ちでそれを二つとブラックコーヒー、それとストレートティーを頼んだ時には空に昇る太陽はてっぺんにいた。
「三郎にばかり運転させてごめんね。僕、免許持ってないから」
「私が取らなくていいと言ったんだ。運転するのは当然のことさ」
カフェを出てから、もう少し栄えた街に行って買い込んでいる間にこんな時間になってしまった。運転に疲れた目を休ませたいと人気のない道の脇に車を停めてしまったのがいけない。少し目を休ませるつもりがそのまま眠ってしまったようだった。
血のように赤い空が、車内を染め上げている。雷蔵と共にある夕日はいつだって忘れられない思い出をくれる。
「なぁ雷蔵」
「ん?」
「雷蔵は私のどこを好いてくれてるんだい?」
その質問に深い意味はなかった。懐かしい夢を見た勢いか、勝手に口からぽろりと落ちてきたそれに雷蔵はそうだなぁと目尻を緩ませた。真ん丸な目が、穏やかに楕円になって、うっすらと茶の混ざった瞳に三郎を映す。
「僕を、僕でいさせてくれるところかな」
夕暮れの道は三郎と雷蔵だけの貸し切り状態だった。切り立った崖の下に朝訪れた海がある。太陽を半分以上飲み込んだ海は、ガードレール越しにでも美しく光り輝いている。この海岸線を終えてしまえばこのドライブは終わりだ。次があるのは分かっているが、何かが終わるのはいつだって寂しくて、恐ろしい。
きらきらと、海が光を反射していた。
「三郎」
雷蔵が、ふいに名前を呼んだ。もう何度も聞いたはずなのに、その響きはどこかいつもと違っていて。その違和感に疑問符を浮かべながら「どうした?」と返すと雷蔵は助手席から見える海をじっと見つめていた。横目でちらりと見だ雷蔵はうなじしか見えなくて、表情までは読めない。
「実はずっと考えていたんだけどね」
「…?」
「次こそは、双子に生まれ変わろう」
三郎が何かを言う前に振り向いた雷蔵は驚くほど穏やかな表情をしていて。そこに後悔だとか、未練だとか、決意だとか、そういったものは見えなかった。あるのは明日またおはようを言おう、そんな日常の延長線で。
雷蔵の右手が音もなく伸びる。三郎が止める間もなくその手はハンドルを掴み、そのまま大きく左へと切った。途端にタイヤが滑り、車体が激しく左へと振れた。その先にはガードレール。ガードレールの向こうは橙に染まった燃える海だ。
ガードレールにぶつかる激しい音をどこか遠くに感じながら唖然と雷蔵を見る。驚きはしているが、三郎はしかしもう受け入れていた。
車体とガードレールが擦れて火花が散るのが見えた。やがて勢いのままに歪んだガードレールが形を保てずにちぎれて、車ごと三郎と雷蔵を海へと放り投げた。ふわりと身体が浮かぶような感覚。永遠に終わらないスローモーションの中で燃える海は口を開けて二人を待ち構えていた。
「僕らに死は身近すぎただろう。命の重みなんてあってないようなものだった」
海に沈みゆく太陽は世界を少しずつ夜へと染めていく。橙と紺が深く混ざり合っていた。
「そんな僕の命に何か意味を持たせるのなら、それは三郎。君だよ」
音を立てて海へと沈んでいく中で、雷蔵が三郎の作られた顔をそっと包んだ。あの時とは違って柔くない、細い指が頬を滑る。海水に飲まれて言葉は音にならなかったけれど、何を言ったのかは分かった。きっとこんな状況でなければ雷蔵はまた泣き虫な弟だと言って笑うのだろう。どうか、次の世では彼にそう言って笑われないような人間になれたらいいと思う。
君のために命を投げ出す、これが愛じゃなかったら一体何が愛なんだろう。
雷蔵は最期にそう言った。
「雷蔵は、三郎と会えてこれからどうするつもりなんだ」
「…どうって?」
勘右衛門の言葉に首を捻れば、その隣にいた兵助が「生きててほしいんだよ」と言った。五人揃ってもまだ足りない?とも。そこでやっと二人が脳裏に浮かべているものが分かった。雷蔵がこの二人と最後に再会した時に似たようなやりとりをしたような気がする。流行り病に侵されて頭はぼんやりしていたけれど、あの時も勘右衛門と兵助は同じ顔をしていた。雷蔵と三郎のことを案じる、優しいかつての級友の顔だ。昔の自分は、この彼らの優しさを無下にしてしまったのだなあと、思う。
しかしそれでも、揺らがない願いがあるのだ。三郎は言ったことを覚えていないかもしれないが、たった一度だけ「雷蔵と血の繋がりが欲しい」と言ったことがある。下級生だった頃に足を滑らせて川に落ちた三郎が熱に浮かされながら言った言葉だから、きっと知っているのは雷蔵だけだ。
「三郎と、生きれたら何だっていいかな」
彼の願いを成就できれば、尚いい。
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零
「雷蔵はどうして三郎を好きなんだ」
昔一度だけ兵助に聞かれたことがある。あれは六年の冬、卒業を間近に控えた日の実習返りだったと思う。あと数か月もすれば卒業して独り立ちするとなれば、与えられる実習も本格的な任務と変わらなくなる。少しの油断で命が簡単になくなってしまうような危険な任務なんて当たり前だった。
「どうして、か」
「あんまり悩みそうなら大丈夫だよ」
「ううん。平気」
学園に帰っても三郎はいないかもしれない。三郎も同じように実習へと行っている筈だから。だからだろうか、さらりと答えは出てきた。本人がいるとどうにも気恥ずかしくて言えないことは、誰にだってあるものだ。
「三郎はね、僕の形を教えてくれるんだ」
「…形?」
「僕が僕であることを証明してくれる。僕にとって三郎は必要不可欠で、三郎にとっても僕は必要不可欠。これって、愛じゃない?」
その時強い風が吹いて舞い上がった枯れ葉と髪に隠れて兵助の表情は見えなかったけれど、返事も風に乗って吹き飛ばされて聞こえなかった。
幼いころから目立たない子供だった。何をするにも人より目立って秀でたものがなくて、性格も自分から前に出る方ではない。よく言えば悪さをしない模範生、悪く言えば没個性。決して劣った人生ではないが、しかし人に埋もれて終わるような人間だった。まだ小さな子供には何も分かっていなかったけれど、成長してやっと分かった。きっと、この学園に来て三郎に出会っていなかったらひどく味気ない人生を送っていたのだろうと。何か秀でた唯一を得られず漫然とした六年間を終えて(もしかした六年ここで生きることもできなかったかもしれない)、そのままどこかの城に就いて数多の忍びの中に埋もれる一人として一生を終える。決して人の道を外れない落ち着いた人生だが、しかし語るもののない人生だ。
そうなりそうだった雷蔵の人生を変えたのが、鉢屋三郎という存在だった。
簡素な入学式を終えて一年の割り振られた教室へと入った時、そこには自分がいた。ぱちりと瞬きをしてもそれは消えることなく、入り口で首を傾げて入ろうとしない雷蔵にもう一人の自分は手招きをした。それに誘われるままに隣へと行けば、教室の中は僅かに賑やかになった。それもそうだ、まるきり同じ顔をした人間がここにいるのだから。誰かが双子なの?と聞いてきたが、違うと返せば更に辺りは騒がしくなった。
「だれ?」
「鉢屋三郎」
「すごいね、そっくりだ」
幼さ故の不躾さで触れた頬は人肌の柔らかさではなく、そこでやっとこれが作り物の顔であることを知る。初めて見る不思議なものに雷蔵はどうして、よりも一番にすごい、という言葉が浮かんだ。すごいね、そっくりだ。その言葉に自分と同じ顔をした子供はびっくりしたように目を瞬かせた。やがて教室に担任となる大人が入ってきて三郎に無闇に変装をするなと窘めたけれど、その日彼が変装を解くことはなかった。明日も、その次の日も、雷蔵の顔のままで。
そうしてひと月程経った時、雷蔵はやっと当たり前の質問に思い当たった。どうして、彼はこんな平凡で目立たない自分の顔を好んで真似るのだろう。目立たなくて都合がいいから?真似やすい顔だから?色々と浮かんでは雷蔵の頭を悩ませたけれど、そのどれも本人に聞かないことにはただの空想に過ぎなかった。そうしてあんまりにも悩みすぎてどうにかなってしまうのではないかという頃に「どうして君は僕の顔をするんだい?」と問いかけた時、三郎は真ん丸な目を更に丸く開いた。
「どうして…」
「だってずっと僕の顔しかしないじゃないか。こんなに上手なのに」
誰が見ても三郎は人より秀でていた。その彼が、どうして。顔を借りられることにふさわしいなんておかしい表現かもしれないが、でも自分よりはずっと釣り合う人がいる気がした。
「雷蔵は、まねされるの嫌?」
ふと、三郎がどこか不安そうな顔で雷蔵を見た。
嫌なわけがない。むしろ嬉しいくらいだった。理由は分からなくても三郎が自分を選んでこの顔を使ってくれている。雷蔵でないといけないと言ってもらえている気がして、雷蔵にしかできないことな気がして、雷蔵が雷蔵であっていい証明のような気がして。
「嫌じゃないよ。うれしい」
「うれしい…」
三郎が自分の顔を作る度、まるで不破雷蔵という存在を肯定されているようだった。ここにいていい。そう言ってもらえているような安心感を、きっと求めていた。
「とっても近くに君がいるみたいだもの」
三郎が自分を模する度に、見た目は自分なのに近くに三郎がいるようだった。すぐ近くに三郎がいる。近くに自分を置いてくれる。三郎という人間はこの不破雷蔵という存在を必要としてくれている。
三郎の丸い手が雷蔵の手に触れた。
「雷蔵が、すきだから」
紛い物の幼く丸い頬はほんのり紅潮しているような気がした。ぎこちなくてたどたどしい言葉。それを「すき?」と反芻すればこくりと頷いた。
「すきだから、いつも君の顔をしたい」
それは天啓だった。好きだから、それはひどく単純明快な言葉であるだけに真っ直ぐに雷蔵の胸の中に落ちて満たしていった。好きだから、必要とされたい。好きな人にこの存在を認めて肯定してもらえて、必要としてもらえたら。それは雷蔵にしか願えないことで、雷蔵にしかできないことな気がした。
「僕とおそろいだ」
好きだから、君にこの顔を模してほしい。君が必要としてくれるから、雷蔵は不破雷蔵という個を得たのだ。
これを愛と呼ばないのなら、一体何を愛と呼ぶのか分かりゃしない。
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終
遠くで呼ぶ声がした。その声の方を振り返ると公園の入り口で母親が手を振っていた。大きな声で二人分の名前を呼んで、手招きをしている。
隣にいる双子の片割れの手を取れば、丸くて柔い手が握ったのと同じだけの力で握り返してくれた。柔い手同士を決して離れないようにと繋いで二人の名前を呼ぶ方へと駆け出していけば、てっぺんに昇った太陽がきらきらとその姿を照らした。
もう、頭は痛まなかった。
畳む
だいぶ昔に書いた鉢雷
これは鉢屋三郎の走馬灯である。
序
感情を持ってはならない。それが、常に掲げているこの家の教えだった。
誰かを殺めたり、誰かの秘密を暴くことを生業とするのだ。そこに情の一つでもあればそれは綻びとなり、命に関わり、この家の名前に関わる。鉢屋の家に生まれるとはそういうことなのだ。
姿を変え名前を変え、自分という存在をなかったことにする。個人の人生などというのはその程度のものだ。
一つ目の名前を捨てた理由は家で飼っていた虫獣遁の術に使う蛇だっただろうか。その蛇に何か名前を付けた(と思うがその名前はすっかり忘れてしまった)がために、大層それを可愛がり愛着を持ってしまったから自分の名前を捨てて一からやり直したのだ。
二つ目の名前も同じように愛着を手に入れてしまったから捨てねばならなかった。あれは鉢屋の家の隅にある人気のない部屋の床の間に飾られていた人形だった。随分とさびれて決して綺麗な見た目とは言えなかったが、どうしてだか気になって仕方なかったのだ。ぼろきれを持ってきては、好きなように着物を繕い、着せては一人で悦に浸っていた。どうしてそれが親族に見つかったのか。そこはさっぱり覚えていなかったが、やはり物に執着してはならないとこの二番目の名前も捨て去ることになった。
名前を捨てることは人生を捨てることだ。そして新しい名前を手に入れるということは新しい人生を始めるということ。鉢屋の家にとって名前というのは、人生というのはそれだけ使い捨てるものだった。
そうして次に与えられた三つ目の名前。これを与えられた時、父は「仏の顔も三度まで」と言い、母は「三度目の正直」と言った。
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1
瞼を透かして入り込む朝陽に気が付き目を開けば窓の外では元気に雀が鳴いていた。朝を知らせてくる彼らの囀りはしかし、三郎の頭には痛いばかりだ。目を覚ました途端に響くように痛む頭に三郎は眉間に寄せる皺を深くした。この頭の痛みとも随分と長い付き合いだが、医者が治せたためしはない。その原因はなんとなく分かっているけれど。
枕もとの時計を見れば一応設定していた起床時間より早く、またかと嘆息した。最後にぐっすりと眠れたのはいつのことだろう。いつからか酷い片頭痛と毎夜毎夜流れる走馬灯に眠りを邪魔されるようになった。それは今とは比べ物にならないくらい、それこそ歴史の教科書で語られるような時代の記憶だったり、生きていればそれだけで歴史遺産と言われてしまいそうな時代の記憶もあれば、セピア色で描かれるような時代もあった。そのどれもが鮮明に三郎の夢の中を駆け回り、深い眠りの邪魔をする。
痛む頭でベッドから起き上がり朝陽を透かすカーテンを捲る。今朝は快晴だ。ベッドには一人しかいない。
ここは何でもある世界だ。当たり前に飲める水はあるし、食事にだって困らない。誰かと喋りたければ会いに行かずとも簡単に話すことができる。便利で、恵まれた時代だ。
三郎はここで鉢屋という姓ではないが皮肉にも三郎という最後の名前でもってこの時代に生まれ落ちた。死して尚、三郎は三郎として生まれ変わり生き永らえている。毎夜流れる走馬灯は室町の時代からこれまでの繰り返し続けた人生の映像だ。
物心がついた頃から三郎は前世と言われる記憶があった。つまりこれは何度目かの人生になる。その何度目かの人生で三郎は十八になったばかりの学生として生きていた。太陽が顔を出す前に起きだして井戸に向かうこともない。すっかり太陽が顔を見せた時間に起きだして、部屋を出て少し廊下を歩いた先にある洗面台に迎えはそれだけで身支度は半分終わる生活。拍子抜けするほど平和で、生きるのに苦のない生活だ。
目覚ましより少し早い起床時間。部屋を出ればひんやりと朝の静けさと空気の冷たさが廊下を満たしていた。三郎が起きだす時間はいつだって家族はまだ寝ている。人の気配が希薄な、それでいて張り詰めたこの空気が三郎は存外好きだった。ひたひたと、素足で静かに、自らがここにいることを悟られない為かのように歩いて洗面台へと向かう。鏡の前に立つのが三郎はどうしても好きにはなれなかったが、しかし同時に言葉に表せないくらいに充足感を与えてくれるのもここだった。
(君は、ここじゃどんな顔をしているだろう)
浅い眠りのおかげで消えなくなった隈を一瞥してから蛇口をひねり、掬い上げた水で顔を洗えば、途端に頭の中がクリアになって一瞬だけ割れるような頭の痛みを忘れられる気がした。
洗面台の下にある観音開きの扉を開け、買い集めた化粧道具を引っ張り出す。ここは恵まれた時代だ。誰かの顔になるための材料なんて簡単に好きなだけ手に入る。使う道具さえあれば三郎はいつだって自分の顔を好きに作り替えることが出来た。何度人生を繰り返したって三郎が必死になって培ったその技術だけは衰えも、鈍りもしなかったのは執念というべきか。
今日の彼は果たしてどんな顔をしているだろう。色々な時代の、そして初めて出会った時の顔を思い浮かべてはその想像を顔に重ねていく。黒かった髪は茶に染めて、真っ直ぐだった髪も緩くウェーブをかけて、肌の色も瞳の色も唇の厚さも何もかもを作り替えていく。毎朝こうして顔を作り変えることで、三郎は三郎になるのだ。
時間をかけて作品を作り終えた頃には静謐な廊下はなくなってしまう。母親が三郎たち家族に朝食を用意するために起きだすからだ。小さく息をついてから洗面所から離れて着替えるために再び自室へと戻った。
すれ違った母親の目は、未だに理解できないものを見る者の目だった。理解できないものを見る目は、蔑みに似ている。
不破雷蔵という人間を探している。どこにいるのかも、どんな名前なのかも、もしかしたら全然知らない顔なのかも、三郎のように遠い昔の記憶を持っているのかも何も分からない。何かも分からないが、それでも三郎はこの人間を探している。記憶の中の顔で表面だけ取り繕って、そうしてアイデンティティをかろうじて保ちながら。果たして君はこの世界に生まれ落ちているだろうか。そう思いながら。
「三郎って都内の大学だっけ」
「ああ。そっちはどうなんだ。受験勉強の調子」
高校三年の秋口。決めた進路についてもう動き出さないといけない時期だ。自分の進路だとか将来だとかにさしたる興味はないのだけど、それなりに真面目に学生をやってそれなりの道を歩まねば何もできない。ただそれだけの理由ではあるが三郎は優秀と称される程度の成績をキープしていた。だから進学だってそう焦ることでもないのだけど、三郎と同じクラスにいる八左ヱ門という男はそうじゃない。決して頭が悪いわけではないのだけど、三郎のように必死にならなくても大丈夫なわけではないらしい。三郎の言葉にちょっと焦り始めてる、と答えた八左ヱ門は今日もこの後は塾だとぼやいた。
「それは大変だ」
「いいよなぁお前は頭がよくて」
「努力しているからさ」
八左ヱ門という男は、室町の世で随分と親しくしていた男だ。向こうはさっぱり昔のことは覚えていないようで、雷蔵についても会ったこともなければ聞いたこともないらしい。ここに入学した時にそう知って勝手に落胆したことを八左ヱ門は知らない。けれど昔からの縁故か、時代は違えど何かと気が合って今もこうして一緒に学食で昼食を摂る程度には仲良くしてもらっている。他の世でも何度か巡り合ってはいるけれど、こうして気兼ねなく過ごせているのはきっと彼には以前の記憶がないからなのだろう。彼はどの時代で出会っても三郎のことを諭す立場だったから。この八左ヱ門という男は誰よりも正しく、誰よりも真っ直ぐな人優しい人間だ。
「お前、本当はもっといい大学行けるんじゃねぇの?」
「さぁ?興味ないな」
「…まだ探してんの?」
ふいに箸を止めた八左ヱ門が三郎を見た。そういえば初めて顔を合わせた時に三郎のことを知らなそうだった彼に「自分に似た顔を見たことはないか」と聞いたのだった。今の雷蔵の顔は知らないから参考になるかは分からないが、そう聞くのが一番いい気がしたのだ。けれど知らないと答えた八左ヱ門に「じゃあ雷蔵という名前を聞いたことはないか」と聞けばやはり知らないと答えたのだった。それきりこの会話は終わってしまったのだけど、まさかそんな昔の話を覚えていたとは。
「随分と懐かしい話だな」
「どっか遊び行っても視線が誰か探してたからさ、ずっと気になってた」
今日の日替わりランチは焼き鮭定食だ。綺麗に焼かれた鮭が三郎の箸につままれたまま行き場なく宙に留まる。昔から人をよく見ている男だった。記憶はなくてもそういう根っこの部分は変わらないらしい。
三郎の返事を待つように箸を置いた八左ヱ門に適当な誤魔化しは意味がないのだろう。本心から気にかけてくれているのだ。無下に誤魔化すなんてしたらきっと罰が当たる。神様なんて信じちゃいないが、機嫌を損ねないに越したことはない。
「まぁ、そうだな。都内の大学に行くのだって人が多そうな場所を選んだ」
「あー、なんだっけ、雷蔵?って奴?」
「そう、雷蔵」
雷蔵、そう口に出せば改めて自分が欠けているのだと思い知る。何度経験したって慣れやしない。隣に彼がいないだけでどうしてこうも足元が不安定な心地になって、心許ないのだろう。いくら名前を呼んだって空しいだけだ。この人生でも、彼に会えるかは分からないのだから尚の事。
「てかさ、なんでそんなに同じ顔を探してんの?」
「なんで、か」
けれど探す理由の根っこまで教えてやる義理はない。三郎だって今の正しく良好な友人としての関係を大事にしたいのだ。八左ヱ門はいつだって正しい。正しいからこそ三郎を理解できないのだから。
「昔からもうひとりの自分を探しているんだ。ドッペルゲンガー、ってあるだろう?それさ」
「見たら死ぬっていう?不穏だな」
三郎の上手くもない嘘にからりと笑った八左ヱ門は、しかしはてと首を傾げた。
「じゃあ雷蔵ってのは?」
私を私にしてくれる大事な人だよ、なんて言えるわけもない。言うのは簡単だが、どんな言葉にも意味がある。力がある。だから言っていい言葉といけない言葉があるのだ。
「ずっと昔に離れ離れになってしまった、幼稚園の友達さ」
そういえば、最後に記憶がある八左ヱ門が三郎に言ったのは「たぶん俺たちは、それ以上近づけねぇんだよな」だった。
____
肆
窓の外から人々のどこか浮かれたような、ほっとしたような、この夜に戸惑っているような、そういうぎこちない喧騒が聞こえた。けたたましい空襲のサイレンも鳴らない。穏やかとも平穏とも言えない夜だが、ようやっと一区切りついた夜だ。こんな夜は、まだまだ続くのだろう。
「なぁ三郎」
呼ぶ声に窓から視線を外せば、傷だらけの八左ヱ門が真っ直ぐにこちらを見ていた。かろうじて生き延びた八左ヱ門は、戦争が終わって日本に帰ってこれた数少ない人間だ。きっと命のやり取りを知っているからこそ、身体に染み付いているからこそ、生きて帰ることが出来たのだろう。かくいう三郎は戦争には行ってないけれど。招集から逃げる方法なんて、三郎には有り余るほどある。国のための尊い死より、三郎には生きなくてはならない理由があるのだ。
「なんだい?」
生きて帰ることのできた八左ヱ門のちょっとした祝賀会。といってもそう豪華な食事や高い酒を用意できているわけではないが。なにより、治りきっていない生傷ばかりの身体でそういった良い場所になんて行けるわけがなかった。せいぜい三郎の自宅でちょっと贅沢をするくらいだ。
八左ヱ門は目の前の酒には手を付けずに言った。
「お前は、まだ雷蔵を探してるのか」
今更誰かと命のやり取りなんてして死ぬわけにはいかなかった。何故なら三郎はまだ雷蔵を見つけ出すことが出来ていないからだ。雷蔵がこの世界にいない、そう分かるまで三郎は死ぬわけにはいかない。そのために、三郎は卑怯にもまた誰かの顔を借りて戦争の招集から逃げたのだ。
「勿論。そのために生きているんだ」
「…雷蔵も、俺みたいに招集されてたらどうする」
「仮にそうだとしても、私には確認する術がない。もしかしたら私も戦地に赴いた方がよかったかもしれないが、もしも死んだら?死んだ先で雷蔵だけが生きていたら?…その方が恐ろしかった」
どちらの方が雷蔵に会える確率は高かっただろうか。そう言えば八左ヱ門は押し黙った。その反応からしてきっと八左ヱ門は向こうで雷蔵と出会たわけではないのだろう。
八左ヱ門には伝えていないが、配達員に成りすましたことがある。顔を借りてしまえば簡単なことだった。招集の令状を配るにあたっての住所録。自身の生活圏内から、それ以外の地域まで。見れるものは全て見た。そこに雷蔵の名前はなかったのだ。雷蔵は、戦地に呼ばれていない。何かあって招集を免れたのかも、まだ生まれ落ちていないのかも、そもそも生まれないのかも分からないけれどそれは三郎が生きることに必死になるのに十分な理由になった。
「八左ヱ門は昔から私たちのことを気にかけてくれるな」
「長い付き合いなんだ。当然だろ」
窓の外は綺麗な星明りが瞬いていた。最初に生きていた頃に比べたら少ない気はするけれど。三郎はどうしたってこの世界のどこかに雷蔵がいて同じように空を眺めている可能性を捨てきれない。万が一を願ってしまうのだ。
「やっと平和になりそうなんだ。なぁ、普通に生きるんじゃ駄目なのか」
「駄目だ」
「…なんで」
「これが私だからさ」
不破雷蔵の顔を借りて彼と人生を歩む。それが鉢屋三郎としての生き方なのだ。鉢屋三郎が鉢屋三郎として生きていく為に彼はどうしたって必要不可欠だった。自身の形を保つために、自身が自身であるために一番大切なものは何か。
「私の顔、よくできているだろう。と言っても想像でしかないけれど」
真っ当な愛の示し方など知らなかった。好きだからこそ、近づきたい。そうして近づいた時、初めて褒めてくれたのが雷蔵だけだった。
「…いつかの雷蔵に瓜二つだよ。……たぶん俺たちは、それ以上近づけねぇんだよな」
最後にそう呟いて、八左ヱ門は箸を手に取った。
___
2
「今日、八左ヱ門とも気が合いそうな奴に会った」
そう伝えればスマホの向こうにいる八左ヱ門はじゃあ今度そいつらも含めて遊ぶかと笑った。縁とはやはり続くもので、大学は変わろうが三郎を気にかけてくれているのか存外まめに連絡をくれた。やはり、記憶があってもなくても時代が変わろうと人の根本は変わらない。そう、変わらないのだ。
「三郎はこれからバイト?」
「ああ。そっちは」
「俺もバイト。まだ新生活慣れなくて大変だよ」
お互い頑張らないとな、そう言ってから八左ヱ門は続けた。
「ドッペルゲンガー、見つかったのかよ」
「まだ見つからない。幼稚園の友達も」
「…どっちだ」
「おい勘右衛門、」
「…兵助に、勘右衛門か」
ふいに呼ばれ振り返ってみれば、随分と見知った顔が2人並んでこちらを見ていた。大学に進んでひと月程。これまで何度も食堂には足を運んでいたし、学内をあちらこちら歩き回っては人探しをしていたのに声を掛けられるまでさっぱり気づかなかった。
2人は三郎をまるで幽霊でも見るかのような目で見ていた。不躾に投げられた言葉にさぁどっちだと思うと返せば、呆れたように肩から力を抜いた勘右衛門が「三郎か」と言った。
兵助と勘右衛門を見て一番に運がいいと思った。1つの時代で1人や2人なら昔の知り合いに会うことはあったけれど、3人目ともなれば滅多になかったからだ。会える人数が多ければそれだけ手がかりは増える。遠い昔から知り合っていた三郎達は多少昔と名前や見た目が違っていても、どういう訳か直ぐに気付くことが出来るのだ。2人が雷蔵を見たことがあれば当然気づいている筈だった。
「雷蔵は?」
「知らないよ。会ったこともない」
「じゃあ勘右衛門は?」
「…お前、まだ探してんのか」
三郎達の横を通り過ぎる生徒が道の真ん中で会話する3人に迷惑そうな視線を投げかけた。それを一瞥してから三郎は当然とでもいうように頷く。八左ヱ門も兵助も勘右衛門も、三郎がどうしてこうも雷蔵を求めてやまないのか理解できない一人だけれど、勘右衛門は特にそうだった。理解できないからこそ、恐れているような。理解できないからこそ、詮索などしないような。
ふいに遠くで聞こえる喧騒に混ざってカレーの匂いがした。今日の日替わりランチはどうやらカレーらしい。途端にお腹がきゅうと鳴り、空腹を訴える。
「なぁ、話の続きは食べながらにでもしよう」
「雷蔵を見つけて、三郎はどうしたいんだ」
勘右衛門と三郎は深く干渉し合ったことがない。それはお互い人に深入りすることを良しとしない性分だったからだ。それは随分と居心地が良くて都合のいい関係だったのだけれど、それを今勘右衛門は踏み込んで破り去った。誰も彼もが、三郎に、雷蔵に優しくて困る。鉢屋の家に産まれながら人並みの情だの良心だのを持ち合わせてしまっているのだから無下に突き放す訳にもいかない。その位の情はあるのだ。
「…待って」
「兵助だって思ってただろ?なんで生きてくれないんだって」
「勘右衛門」
「なんでそんな簡単に死ねるんだって!」
「勘右衛門!」
三郎の提案を無視してそう言い募った勘右衛門の大声に生徒たちの視線が集まる。ほのかに喧騒の色が変わったが、勘右衛門は兵助が窘めるのも聞かずにもう一度言った。どうしてそんなあっさり命を捨てるんだお前らは、と。
この2人はいくつか前の三郎の人生を知っている。この口ぶりからして、もしかしたら三郎が知らないところで雷蔵の死にざまを見届けたこともあるのかもしれない。それが何度目の死にざまかは分からないけれど。
どうしてそう命を捨てるのか、その答えは実にシンプルだ。この世に雷蔵がいないから、それ以外に何があるだろう。三郎が三郎である為の、生きていく為の酷く単純でそれでいて何もにも邪魔できない絶対的な真理だ。内から殴られるような頭の痛みが増していく。溢れてやまない雷蔵との思い出や、彼を思った感情や日々が余すことなくたったひとつの脳に詰まっていた。
どこか他人事な喧騒の中で、少しだけ返す言葉に迷う。生きる理由も死ぬ理由も単純すぎて、けれどそれが正しいものではないのも分かる。分かるのだけど、三郎にはこれしか愛し方が分からなければ、これしか安心する術も分からなかった。愛する人と決して切れない繋がりが欲しい。昔はあんなにも煩わしくて忌々しいものだった筈なのに今はこうも欲しくてたまらない。決してなくならない血の繋がりが。
バイト先であるカフェの扉を開けばドアベルがからりと鳴った。木を基調に作られた落ち着いた雰囲気のカフェはそう人も多くなく、白髪の混ざり始めた初老の店主もカウンターで新聞を眺めていた。カフェにやってきた三郎に気が付くと柔らかく笑って、カウンター奥のスタッフルームを指差した。
「今日もよろしくお願いします」
「はい宜しく」
簡単に挨拶を済ませてカウンターに入りそのままスタッフルームへと向かった。
大学が昼頃で終わる日はバイトをしている。あちらこちらに探しに行くのにだってお金はかかるのだ。人もまばらな少し古びたカフェ。人を探すには向いてないが、しかし雷蔵が好むのはこういった場所だ。人が多い駅前のチェーン店のカフェや学生が多く訪れるファーストフード店などにはそう足繫く来ない。本を読むのには些か騒がしすぎるからだ。落ち着いて本に集中出来て、目が疲れたら珈琲でも飲んで休むことだってできる。図書館とも悩んだが、今回はここにした。
制服である白いシャツに着替え、黒のギャルソンエプロンを巻き、簡単に身支度を整えてからスタッフルームを出た。
店内には奥まったボックス席に二人組、窓際にノートパソコンを広げた大学生らしき女性がいるだけで他に客の姿は見えなかった。いつだってこの店は存外広くてゆったりした店内に対してこのくらいの客数で回っている。常連でどうにか経営できているのか、今日ここにいる客はどれも見たことのある顔ばかりだ。いつものように手持ち無沙汰にシンクにある珈琲カップを布巾で磨きながら店主と他愛のない話をする。今日の大学での話だとか、店主が手にしているスポーツ新聞の一面を飾る女優のスキャンダルだとか、今晩放送するドラマの話だとか。そうやって店内の雑用やまばらにやってくる客の相手をしているうちに窓の外は少しずつ暗くなっていき、店じまいの時間も迫っていた。こうした意味もないような話をするのはやはり楽しいものだが、今日も雷蔵には出会えなかった事実に落胆する。会えない時代の方が多いのは分かっているが、会えないまま年老いて死んでいったことも数知れないが、それでも会えないまま一日が終わる度に何度だって落胆しては明日に祈るのだ。何千、何万と繰り返してきた。報われたことは、祈った何千に対して随分と少ないけれど。
「そろそろラストオーダーですね」
「今日はもう終わりかな」
「ええ」
からりとドアベルが鳴った。店主に向けていた顔をそちらに向け、いらっしゃいませとラストオーダーになりますと伝えようとした時だった。
どこか遠くで手にしていたグラスが落ちる音がした。
「……雷蔵」
_____
参
「生きようって気はないのかよ」
「雷蔵が生きていれば」
「君は、一人で生きていくつもりはないの」
「ない」
三郎の言葉に兵助は諦めたように首を振った。
村で急に蔓延した流行病。江戸にでも行ければ治療法はあったのかもしれないが、こんな片田舎ではそんなものはなかった。町医者の手に負えないまま一人、また一人と流行病に罹り、毎日誰かが亡くなっていく。ついに町医者が病に倒れた時にはもう村は亡くなった人と村から逃げ出した人とで閑散としていた。
雷蔵がその流行病で倒れたのは逃げだそうと三郎が言った矢先だった。止まらない咳に下がらない熱、寒いと言って布団から出ない雷蔵の手の震えなんて今でも覚えている。雷蔵はきっともう長くない。ここ最近の村の様子を見ていればそれはすぐに分かった。そうして弱っていく雷蔵の手を握っている三郎に投げられたのは先程の兵助と勘右衛門の言葉だった。こんな偶然二度とないだろうに、ここには八左ヱ門以外の4人が揃っていた。三郎だけがこの村で育ったのではなく外からやってきた余所者だったけれど。
神様はどこで見ているのか分からないけれど、少なくとも三郎と雷蔵をただ平穏に生かしてはくれないらしかった。一番の願いを叶えてくれないなら生かしてくれたっていいのに。
「どっちみち私はもう感染しているさ。そっちだってあんまり長居しない方がいい」
「そんなの分からないだろ。大きい町に行けばなにか、」
「あったとしても雷蔵はもう助からない。私が生き延びる意味がない」
今度は勘右衛門が唇を引き結ぶ番だった。
最後に雷蔵と会えたのが何年前なのか、何年どころか何十年、もしかしたら何百年も経ってしまっているのかも分からない。それだけ長い人生を生きてきて、ようやっと会えたのだ。今更、疫病なんかで簡単に彼と生きたこの場所を離れる気などなかったし、彼がいないことが決まった世界に長居するつもりもなかった。何のために生きているか、それは三郎が三郎である為、雷蔵と生きる為である。
「…俺たちじゃ、生きる理由にはならないかな。雷蔵」
「……申し訳ないけど、少し足りないかな」
布団で顔を半分ほど隠した雷蔵が軽く咳き込みながら眉を下げた。兵助が隣にいた勘右衛門の腕を取り、もう諦めようと言った。何かを堪える様にぐっと唇を噛み締めた勘右衛門が何を堪えたのか、何を言いかけたのか、結局最期まで聞くことはなかったけれど。
2人が家から立ち去るのを軽く手を振って見送れば、途端に2人だけになった家はしんと静まり返る。控えめにこんこんと咳込むのが聞こえるだけで、まだ夕方の筈なのに山向こうから鳥の鳴き声すらしやしない。
「勘右衛門たちに悪いことしたかなぁ」
「雷蔵は優しいな」
「長い付き合いだからね」
治療法もここにはない、村唯一の医者はもう死んだ。雷蔵はそう長くないし、三郎もそのうち床に臥せるだろう。
雷蔵の手を握ったまま眠りに落ちた時、次の朝には雷蔵は目を覚まさないかもしれない。朝には三郎も高熱に魘されてしまうかもしれない。そうなれば、いいと思う。
「次の世では、君と兄弟になりたいな」
_____
3
「運命の赤い糸ってあるだろう?」
ふいに雷蔵がそう零した。窓から差し込む夕日がシーツに包まる雷蔵の横顔を照らす。差し込む橙色の光に透かすように伸ばされた雷蔵の手には当然そんな糸は存在せず、倣うように自身の手を掲げてみてもやはりそんなものはなかった。結ばれる人との間にあるという運命の赤い糸。所詮ただの迷信にすぎないけれど、もしも存在するとすればその糸はどこに繋がっているのだろうか。たぶん、きっと、お互いには繋がっていない。
「雷蔵はそういうの信じるタイプだっけ」
「ううん。信じてないけど駅で小学生が話してた」
雷蔵が掲げられた三郎の手をじっと見やる。想像で顔を作っていた時もバイト先の店主には双子かと驚かれる程度には似ていたけれど、いざ目の前に実物が現れてみれば、今まで作り上げてきた顔はあまりにも稚拙で杜撰で彼を名乗るなんてことはとても出来そうにない出来だった。彼の髪はもっと濃い茶色であるし、もう少し肌は白くていい。目は自分の想像より丸いし、瞳の色は思っていたより黒だけじゃなくうっすら茶も混ざっている。人の記憶はどこまでも曖昧でいい加減で、完璧に覚えていると思っていた筈のものだって知らず知らずの内にずれている。
「なぁ雷蔵」
「ん?」
「私の糸は、あるとしたらどこに繋がっているだろうか」
シーツごと雷蔵を抱きしめる様にすれば、布越しに雷蔵が身じろぎした。
何をするでもない、ただ一緒に部屋にいて惰眠を貪り、こうやって終着点のない話をする。これだけを手にするのに一体何回の人生を送ってきたのだろうか。その全ての記憶があるが、数えるだけ馬鹿らしい。彼といる、それだけで割れそうな頭の痛みなんてものはどこかに行ってしまう。何十、何百の人生なんてこの一瞬に比べたら塵芥みたいなものだった。
「…少なくとも、僕には繋がってないと思うな」
「迷わないんだな」
「だって繋がってたら、生まれた時から一緒だよ、僕ら」
「それもそうか」
ふいに雷蔵がシーツから腕を出して三郎の頬をつまんだ。昔と違って面で作っているのではないそこは、つままれたって剥がれやしないのだけど。乾燥で少しかさついた指先が今度はそっと頬をつつく。
「すごいなぁ、柔らかい」
「面じゃないからさ」
時代の、技術の進歩とは素晴らしいものだと改めて知る。こうして雷蔵の指先から伝わる温度を面越しではなく直に知ることが出来るのだ。限りなく、人に近づいているような。限りなく、彼に近づいているような。境目がどこか分からなくなっていくような。お互いを隔てるものは、もう塗られたファンデーションひとつ分の薄さしかない。
その僅かな膜すら煩わしいと言ったら、三郎をこうして永く生かし続けた神はなんて言うだろうか。傲慢か、強欲か。
「明日は?」
「一限から」
「じゃあ夕食でも食べてから帰るといい」
いつか君と食べたくて随分と上手くなったんだ、そう言えば雷蔵はやったぁと無邪気に笑った。
何百年ぶりか、それとも何十年ぶりか分からないが、久方ぶりに雷蔵の姿を見た時に手から滑り落ちたグラスが割れる音だけがどこか現実味を持っていたのを覚えている。ぱりんと間の抜けた音がして、店主が驚いたように自分と雷蔵の顔を見比べていて、三郎は中途半端に開いたままのドアと半歩跨いだ敷居の上にいる雷蔵を見て泣いていた。
三郎の世界の全てが呼吸を始め、息を吹き返したような錯覚。
「……雷蔵」
名前を呼んだ瞬間、雷蔵がそれに是と答えるかのように店内へと一歩を踏み出した。それをどこかスローモーションに見ながらすっと頭の中で暴れていた痛みが引いていくのを感じていた。目に少しかかる程度の長さに切られた髪は自分より少し濃くて、肌は少し白い。三郎を見て驚いたように開かれた目は思ったより丸くて、「三郎」と名前を呼んだその声は寸分違わず記憶のままだった。人は一番に声を忘れるなんていうが、そんなの噓っぱちだ。あれだけ散々見て、自らの手で作り上げてきた雷蔵の形は反芻し続けた記憶の中でずれていったのに、声だけは何にも間違っちゃいないのだから。
やっと会えた、そう言おうとしたのに言葉は声にならずに嗚咽に溶けて消えた。
見かねた店主に片づけはやるから帰れと言われた時、雷蔵がどんな説明をしたのかは分からないが「おめでとう」と言われた。店主に何故と聞こうと思ったが、しかしその問いは雷蔵が店の外で待っていることを思い出したらあっという間にどこかへ行ってしまった。そこに雷蔵がいる、それより優先するものなんてないのだ。
少し早めにカフェを出れば空はうっすらと夜を滲ませただけで夕方の名残を残していた。どこに行こう。明日は?お休み。じゃあ近い方の家に行こう。そんな会話を簡単にして向かったのは三郎の住んでいるアパートだった。
駅へ向かいながら、電車に乗りながら、自宅へ向かいながら、会話は尽きない。会うのは随分と久しぶりなのに雷蔵は何も変わらない。そのことに三郎は巡り合う度に何度だって安心する。
そうして話を聞いてみれば雷蔵は少し前まで地方にいて、大学進学を期に上京してきたのだという。ここに比べたら随分と田舎だったから、三郎が少し遠出したくらいで見つけられないのは当然だった。三郎が通う大学とは違うが、学校同士はそう離れていなかった。住んでいる家までは流石にそう近くにはならなかったけれど。そこまで都合の良い奇跡は流石に訪れなかった。
「やっぱり田舎だと人も少ないし、人探しには向いてないから」
親に無理言っちゃったけど、ここに来て正解だった。そう言って笑った。
「どうしてあのカフェに?偶然かい?」
「いや、ここに来てから行ける範囲の図書館とカフェを虱潰しに当たっててね、あそこが最後だったんだ。君のことだから僕の好きそうな場所にいると思って」
「ご名答」
そうして三郎の自宅に着いてドアノブを回すとき、雷蔵が三郎の住んでいる場所に足を踏み入れるのは初めてなことに気付く。鉢屋の家は身内以外立ち入ることなんてできなかったし呼ぼうとも思わなかった。その後の人生ではいつも三郎が先に見つけてばかりだったから余計にそんな機会はなかったのだ。
玄関先に立つ三郎と雷蔵の背中を殆ど沈んだ太陽が一瞬だけ照らして、辺りはあっという間に夜へと姿を変えた。いつの時代も美しい夕日は一瞬だけで、けれど雷蔵といる時代の夕日はその一瞬に消えない思い出をくれる。
最初に死んだ日も、こんな綺麗な夕日が最後にこの目で見た空だった。
どうしても欲しかったが手に入らなかったものがあった。何があろうと決して切れない繋がりだ。決して切れなくて、不変のもの。けれどそれはどの時代であっても決して手には入らなかったから、きっともうくれる気もないのだろう。永い人生の中で三郎が唯一諦めたものがそれだけだった。
「三郎はさ、卒業したら何するとか決めてるの?」
三郎を探す中で雷蔵が見つけたという彼が気に入っているカフェで、ふいにそう問いかけられた。この店の看板メニューだというシフォンケーキを切り分けながらその問いかけについて考える。全ては雷蔵を探すために生きてきたから、漠然と金を稼げるような職に就くことしか考えていなかったのだ。金を稼げる職に就いて、その金であちらこちらを探し回って。それが三郎の人生の一つの目標になっていた。その目標を成した先について考えることなんて久しく忘れていた。
「特には…君を探すことばかり考えていたから」
「そっか。僕は図書館の司書にでもなろうかなって思ってたんだけど」
「いいじゃないか。本が好きな君らしい」
「でもね」
カフェオレを一口飲んだ雷蔵が言葉を切り、柔らかい栗毛を揺らして微笑んだ。
「三郎と一緒にどっか遠くへ行くのも悪くないと思ったんだ。図書館のある場所ならどこでも司書はやれるし、絶対この仕事をしないといけないわけじゃない」
切り分けたシフォンケーキが持ち上げたフォークの上から滑り落ちる。自慢のケーキはその軽さで音もなく皿に帰った。
雷蔵は、いつだって三郎の生きる意味だ。生きる指針だ。
「お金貯めてさ、二人でどっか遠くで暮らそうよ」
「…遠くって」
「どこだろう?分かんないけど遠く」
今日君に言うまですごく悩んだんだよ、そう言って笑う雷蔵はあっけらかんとしていて。こうやって言うまでにどれほど悩んだのか考えるまでもなかった。悩み疲れて眠ってしまうことだってざらなのに、色々な選択肢が浮かんでは消えただろうに、その上でこの提案をしてくれたことが三郎にとってどれだけ嬉しいことか。雷蔵は分かっているのか分からない顔であっさりと言う。そういうところも、昔と変わらなかった。
「…じゃあ、誰も私たちを知らない場所がいい」
「うん。いいよ。ふふ、勿体ないから早くケーキ食べなよ。美味しいんだよ」
皿に転がったままのケーキをようやっと口に運んだけれど、先ほどの雷蔵の言葉が離れなくて味わうどころじゃなかった。今から何年先のことか分からないけれど、いつか雷蔵と暮らす日に浮かれずにはいられなかった。ここは平和で、便利で、争いのない時代だ。簡単に命を散らす必要もないし、その心配もない。不治の病はあれど、罹る方が珍しい。穏やかに生きていくには今ほど都合のいい時代はない。
「どう?美味しくない?」
「すごく美味しい。…また、食べたいな」
君と、そう付け足さなくても雷蔵との次を願える。ここは、本当にいい時代だ。
_____
弐
雷蔵のいない生活に意味など見出せなかった。学園を卒業したら鉢屋の家に帰ることが決まっていたが、あの家に帰るということはどう足掻いても雷蔵と生きる日々が終わるということ。卒業してしまえば、次に雷蔵を見るのは彼を殺める時だ。
それでも三郎の中に帰らないという選択肢はなかった。既に二つの名前を捨て去った。二つの人生を捨て去った。もうこれ以上父と母の期待を裏切るなんてことはできなかったのだ。
雷蔵はどこかの城に就職したらしい。どこの城かは聞けなかったけれど、聞いてしまえば逃げ道になってしまう。この家に生まれた者としてそんなものはあってはならないのだ。常に非情に、自己を希薄にして誰かの顔を模倣するのだから。
「その顔は誰の顔だ」
「帰り道にいた町人の顔です。変装しやすくて」
そう答えた時、少しずつ自分の中の何かが綻んで崩れていくのを感じた。
しかし自分はこの家に生まれた忍びであって、この血は決して消えることはない。誰かの顔を借りようとも、誰かの人生をなぞろうとも、それだけは決してなくならかった。この世で最も絶対的な繋がりは、血だ。
何も考えないようにと淡々と隙間を開けずに仕事をこなしていく三郎はやがて、二度も名前を捨てた鉢屋家の失敗作と呼ばれることはなくなったが、そんなものはどうでもよかった。雷蔵以外の顔を作ればほんの少しだけ学園での六年間を忘れられる気がして、尚の事仕事に没頭していく三郎に転機が訪れてしまったのは卒業してから三年経った冬の日のことだった。
任務は城にある密書を盗んでこいというありふれたものだったが、忍び込むのに丁度良い人間を探して簡単に下調べをしていた時にそれは訪れてしまった。三郎はいつも顔を借りるのに丁度良い人間を見つけたらその人物に関わるもの全てを周到に調べ上げてから殺める。同じ人間は存在しないのだ。二人もいたらおかしいことになってしまう。だから適度に調べやすそうで、且つ顔を借りても問題なさそうな人間を探すのだけど、その最中で雷蔵がこの城にいるということを知ってしまったのだ。
そこから今まで耐えていた三年間が音を立てて崩れていくのは早かった。忍び込むのに手頃な人間をどうにか見つけて調べ上げながら、その顔を作り上げながら、しかし三郎はこの情報も顔も使うことはないのだと分かっていた。少し前に死んでしまった三郎が成る筈だった彼には申し訳ないけれど。
雷蔵がいない人生に意味など見出せなかった。その時点で死んだも同然であったが、しかし三郎は今こうして再び息を吹き返した。決まった顔を、人生を持てない自分が鉢屋三郎という個人でいるのに不破雷蔵という存在は必要不可欠だったのだ。それが今、神様のいたずらとでもいうべきか、再び巡り合う機会が出来てしまった。あの日、塀の隠し扉から城に入っていく雷蔵の姿を見た日から三郎がすることは決まってしまった。
久しぶりに雷蔵の面を作り、身に付ければ肩に圧し掛かっていた鬱々としたものが途端になくなるようだった。幼い自分が捨てた二つの名前とその人生、学園で過ごした六年間、父と母からの期待と鉢屋という家の名前、考えないように思い出さないようにと悪足掻きをしていた自分、三郎という名前でありながら誰にも存在を証明してもらえなかった可哀相なこの家で過ごした三年間の自分。その全部が全部を二度と帰らない自室に捨て置いて三郎は任務へと飛び出した。
城を囲む罠の位置も警戒に当たる忍びの人数も場所も調べ上げた三郎にとって中に入り込むのはあんまりにも簡単なことだったけれど、しかしもう三郎にはここにある密書になど興味はなかった。あっさりと城内へと入り、事前に入手した内部の部屋割りを思い出しながら雷蔵がいるであろう場所へと気持ちは急くばかりだった。雷蔵が三郎を見て曲者だと人を呼んだって構わない、雷蔵自身の手で殺されたって構わない、ただもう一度だけ一目彼の姿を見て、鉢屋三郎としての生を実感して終わりたかった。身勝手だと言われたっていい。人間はいつだって身勝手で、どうしようもなく愛に飢えている生き物だ。
雷蔵が見張りをしているであろう場所は偶然にも三郎が本来求めている密書のある部屋だった。三郎が模したのと同じ顔をした雷蔵が、窓から差し込む月明かりから隠れる様に佇んでいた。懐かしいその姿に、三郎は頭で考えるより先に天井裏から降り立っていた。
咄嗟に苦無を構えた雷蔵は、瞬きの間に暗闇の中でも寸分たがわず三郎の首元へとそれを突き立てた。普段の三郎であればこんな簡単に首を晒すなんてことはしないのだけど、雷蔵を前にしてしまえば関係なかった。
「久しぶり、雷蔵」
「………三郎?」
何もする気はないと両手を上げて見せれば、雷蔵は信じられないものを見たという顔で名前を呼んだ。
「どうしてここに」
「この部屋にある密書を貰いに来たんだ。…といっても、そんなものはもうどうでもいいんだけどね」
喉元に突き付けられていた苦無が僅かに下げられる。目の前にいる間者にそんなことをしては城を守る忍びとして失格だ。けれど今の三郎に密書を持ち帰ってどうこうしようという気はないし、城主の首を持ち帰る気もない。
「どうでもいいって…いいのかい、仕事」
「君に逢えれば些末なことさ」
この仕事を依頼してきた殿様は随分と短気で気難しい方だった。三郎が任務を失敗したと知ればあっさりと別の忍びを差し向けて殺そうとしてくるだろう。そんなもので簡単に死ぬような腕はしていないけれど、今の三郎だったらそこらの子供を殺めるより簡単だろう。本当は今突き付けられている苦無で無慈悲に喉元を搔き切ってもらえればよかったが、彼は優しいからきっと頭の中で色々なことを考えて動けないのだろう。迷い癖は、卒業した時に大分克服したと思ったのだけど。
やがて下ろされた苦無に「私は密書を貰いに来た曲者だよ」と言ったが雷蔵は何も言わなかった。雷蔵が何で頭を悩ませているのか。どうせ殺すべきか否か、そんなところだろうとしか見当をつけなかった自分は確かに、忍びではなくただの人間だった。
この部屋に向かってくる何人もの足音に気付けなかったのだから。
「実に見事だ。どちらが不破か分からん」
床に転がされた三郎と雷蔵を見て城主はにたりと笑った。
一体いつの間に忍び込んでいることに気付かれたのか、激しい足音と共にやってきた浪人達に三郎達はあっけなく捕らえられてしまった。雷蔵と同じ顔をしていて、且つ、お互いに敵意などまるでない様子で佇んでいたのが災いして二人とも捕らえられてしまったのだ。咄嗟に逃げることも、雷蔵は関係ないと叫ぶこともできやしなかった。叫んだところで事態が好転したとも思えないが。
そうして連れられた城主が待つ部屋で三郎と雷蔵はどちらがどちらであるか、尋問を受けるこことなった。三年も顔を合わせていなかったにも関わらず三郎が模した雷蔵の顔は完璧だった。声だって真似ることが出来る。お互いに名乗らねば誰にも正体は分からない程、それは精巧な不破雷蔵の写しだった。けれどここで下手に正体を隠せば三郎だけではなく雷蔵の命も危うくなるだろう。疑わしきは罰せ。ここはそういう世界なのだ。
雷蔵の顔を利用しただけで彼は無関係だ、今すぐこの顔を剥げ。そう言う為に口を開いた瞬間だった。
「駄目だろう。もっと上手く忍び込めと言ったのに、悪い弟だ」
ずっと押し黙っていた雷蔵が口を開いた。すぐ隣に転がる自分を見る目は、真っ直ぐに、何も言うなと言っていた。目の前に立つ、城主の顔色がさっと変わる。
「お前たち、手を組んでいたのか」
「ええ。そっくりでしょう?ずっと二人で、機会を窺っていたんです」
転がされた畳の上で身じろぐ三郎を、雷蔵は横目でちらりと見ただけだった。これじゃあ、雷蔵まで黒になってしまう。雷蔵を死なせるためにここに来たわけではないのにと気持ちばかりが焦って、言うべき言葉が頭の中で渦巻いて出てきやしない。雷蔵と兄弟なんかじゃない、血の繋がりもない、同じ苗字も持っていない、今ここにある顔は彼を模した紛い物だ、死ぬべきは二人ではなく自分ただ一人だ。数えきれない言葉が取り留めもなく散らばっていく。悩んでばかりで答えが出ない。まるでいつかのよく知る雷蔵のようだった。
「なぁ、弟よ」
その声はまるで三郎のようだった。
城主が右手を掲げ、裏切られた怒りのままに、彼の言葉の真偽を確かめることもせずに、殺せと叫んだ。それをどこか遠くで聞く。
「次はちゃんと兄弟になろうね」
それはまるで走馬灯のような最期だった。
_____
4
「見つかったんだ。よかったな」
「ああ。やっとさ」
窓の外には晴天が広がっていた。雲一つない、真っ青な空だ。浮かれた話をするにはこれほどぴったりな日もそうそうないだろう。たとえこれが母校の近所にあるファミレスだとしても。
平日の昼食時を過ぎたファミレスは人もまばらで、成人した男二人でドリンクバーだけで長く居座っても何も言われない。
「ドッペルゲンガーも見つかったって言ってたよな。やっぱ本当に同じ顔してんの?」
「それはもう完璧に」
私がそのドッペルゲンガーだよ、とは言わずに。
探してた幼稚園の友達も見つけた、ドッペルゲンガーも見つけた。そう電話口で言えば八左ヱ門はじゃあお祝いだと言って集まる機会を作ってくれたのだ。学生の時から何も変わらず存在しているこのファミレスに来るのは随分と久しぶりだけど、いやに落ち着くものだ。窓から晴天と共に懐かしい高校が見えるのもあるかもしれない。ここでは雷蔵に会えなかったけれど、なかなかいい思い出ばかり作れたのだ。
「その友達ってさ、どんな奴なの?」
「…そうだなぁ、すごく迷い癖がある」
「迷い癖?」
「仮にここに来たとするだろう。するとメニューを見てどれにしようかと延々と悩み続ける。誰かが勝手に決めるなり止めない限り、一時間は簡単に悩み続けるタイプだ」
「嘘だろ」
「嘘じゃあない」
無難な珈琲を飲みながら後で確かめて見ればいいさと言えば、八左ヱ門はまだ信じていない顔で分かったよと笑った。
あと10分程すれば雷蔵だけでなく勘右衛門や兵助もここにやってくるだろう。一体何百年ぶりの同窓会なのか。八左ヱ門だけ何も知らないのが少し残念だと思うくらい、今日はいい天気だ。
安いアパートにしたのは駆け落ちってこういう雰囲気じゃない?と雷蔵が言ったからだった。自然の多い片田舎ではそういう安くて雰囲気のあるアパートは一軒しかなく、雷蔵が悩むまでもなく決めることが出来たのは幸いだった。悩みに悩む姿を眺めているのは悪くないけれど。ここには古びているが図書館もあるし、雷蔵が好みそうなカフェもある。ここに越す前に比べたら収入はずっと減るが、それでも平気なくらいには稼いできたつもりだ。
お互い28歳になった夏。引き留める声を無視して三郎は退職した。世間じゃ高給だとよく噂される仕事ではあったが未練はない。退職した日、口座に貯め続けた貯金額を見て雷蔵と笑いあった日は記念日だ。その日に雷蔵もずっと勤めていた図書館を辞めた。
「いやー、都会に比べて空が広いね」
「ビルがない」
「街灯もないや」
真っ青な空に白い雲は定番だがよく映える。吹く風は夏を乗せて暑いくらいだった。じんわりと滲む汗をそのままに、無邪気に笑う雷蔵に少し泣いてしまったのは、ここだけの秘密だ。仕事を辞めて都会を抜け出すとき、最低限のものを残して大体のものは売り払ってしまったし、携帯電話も解約してしまった。事前に目星を付けていたこの土地への行き方と、そこにある唯一の古びたアパートに住むために必要なものだけを手にして、始発と共にここにやってきた。電車の中でボストンバッグ3つに収めた荷物を持って朝日を迎えた。少しずつ明るくなる空と、少しずつ建物が減っていく風景を見ながら奇跡とはこのことなのだと思った。朝が苦手な雷蔵は三郎の肩に頭を預けてすっかり寝入ってしまっていたけれど。
少なすぎる荷物に細かい事情を話そうとしない二人に、この町の人々は優しすぎた。本当は家探しも少しは苦労すると思っていたのにあっけなく住処は手に入ってしまった。若者が少ないこの町では事情はどうであっても来てくれるだけ有難いのか、そこまでは聞かなかったけど雷蔵も三郎もその優しさに甘えた。
ボストンバッグ3つ分しかない荷物は半日もしないうちに片付いてしまい、空いた時間で夕食の材料を探すついでに町を散策することにしたのが先ほどのこと。冒頭の会話はその中でしたものの一部だった。寂れた商店街はシャッターばかりが下ろされて人の姿もまばらだ。きっと開いている店の方が少ない。
「僕ら常連になっちゃうね」
「店が少ないからな」
新しい人が入らないから限られた住人で回っているこの町はきっと長くない。三郎と雷蔵がいつか年寄りになった時まで残っているのだろうか。雷蔵が目星を付けている図書館も、三郎が面接に行こうとしている喫茶店も、きっと長くない。ここは終わりを待つだけの町だった。
「こういう商店街って、大体昔ながらのコロッケみたいなものがありそうじゃないか?」
「お昼のバラエティーでやってそうな!」
「そう。お肉屋さんのコロッケ」
「じゃあ今夜はそれにしよう!」
広さだけはある商店街を見て回っているうちに太陽は沈み、コロッケを見つけた時には空はすっかり夜へと姿を変えていた。空を見上げれば星が大量に瞬いていた。都会じゃまず見れない量の星に、同じように上を向いた雷蔵がすごい、と零した。きっと室町で見た星に比べたらずっと少ないのだろうけれど、それでもその星空は昔を思い出させるには十分すぎる。遠い遠い町で、三郎と雷蔵の素性も生い立ちもここに来るまでの道のりも何も知らないこの土地は、三郎が夢に見た光景の一部だった。一番欲しいものは手に入らなくても、夢に見たものが少しずつ手に入っている。雷蔵ともう一度巡り合う。雷蔵と一緒に過ごす。雷蔵と共に生きる。これを手に入れるのに随分と時間がかかってしまった。神様は気まぐれで三郎に全く優しくない。赤い糸なんてものがあるとすれば、間違いなくそれは途中で無残にも切り刻まれているに違いなかった。
「三郎ってそんなに泣き虫だったっけ」
「歳かな。すぐ泣けてしまって仕方ないんだ」
「困った弟だ」
「兄さんは強いな」
同じ顔をした自分たちは素性を詮索されないのをいいことに兄弟として生きることを決めたのだ。いつか暴かれてしまうかもしれないが、それまで三郎と雷蔵は紛い物の双子へと生まれ変わる。一番欲しいものは手に入らなかったけれど、それでも十分すぎる程だ。
_____
壱
どうして君は僕の顔をするんだい?まだ雷蔵の顔を借りて日が浅い頃、子供の丸い手で作り物の三郎の頬をつつきながら言われた一言が忘れられない。どうして、その理由を三郎は今まで考えたことがなかったからだ。今までだって色々な顔を借りてきた。鉢屋の家の人間として変装の術は完璧に会得しないといけないものだったから忍術学園に来る前から叩き込まれてきたし、なんならここに初めて来た日だって素顔じゃなかった。あれは道中で見かけた名前も知らない子供の顔だったと思う。三郎にとって顔を真似ることに意味などなかった。はずだったのだけど。
「どうして…」
「だってずっと僕の顔しかしないじゃないか。こんなに上手なのに」
柔い手が柔らかくない面をなぞる。純粋な好奇心から来た質問に、初めて三郎は自分がなぜ星の数ほどある人の顔の中で雷蔵の顔だけを好んでするのか考えた。顔を借りることに特別な感情なんてない。ただあるから借りるだけ。じゃあ何故、それだけ選び放題の顔の中で彼の顔だけを真似るのだろう。作りやすい顔だから?どんなに雷蔵のふりをしても怒らないから?浮かんでくる理由はどれも違う気がした。
「雷蔵は、まねされるの嫌?」
「嫌じゃないよ。うれしい」
「うれしい…」
「とっても近くに君がいるみたいだもの」
この時、三郎はすっかり忘れていた二つ目の名前だった時の人生を思い出した。一年あったかないか、そんな短い人生は忘れてしまうにはあんまりにも簡単すぎて思い出すこともなかった。それが一気に脳裏に広がって、雷蔵の顔ばかりを真似る理由はそこにあった。三郎が気に入った人形は人ではないから何も言わない。何も言わないで三郎を肯定してくれる。無言は都合のいい肯定だ。好きだから近づきたい。近づきたいから真似をする。同じものが欲しい。同じになりたい。そういう愛を、家族は理解してくれなかったから。愛とは執着だ。それはあってはならない、持ってはならないと両親は言っていた。不必要なものだと。だから二度も何かを愛してしまった三郎を見る家族の目は蔑みだった。蔑む目はいつだって理解できないものを見る目に似ている。家族はあの人形の顔を何度も真似る三郎を理解できなかった。
「雷蔵が、すきだから」
「すき?」
「すきだから、いつも君の顔をしたい」
頬にある雷蔵の手を取る自身の手も柔く、丸かった。
明け透けで幼い三郎の言葉にふにゃりと笑った雷蔵の笑顔に、三郎は三度目の恋をしたのだった。これが、失敗した三度目の人生の始まりだった。
決まった顔を持ってはならない。そういう家に生まれた三郎にとってこの顔を見て鉢屋三郎だと決して間違えることなく呼んでくれる雷蔵に生きる意味を見出してしまうのはある意味当然であった。雷蔵だけが、世界でただ一人決して間違えることなく鉢屋三郎という人間を見つけてくれるのだから。
____
5
ふと瞼を持ち上げると目の前は鮮やかな橙に染まっていた。まるで燃え盛っているような空を前に三郎の頭は一度考えることを止めるが、数度瞬きをしている間にやっと頭は覚醒していく。
「すまない。結構寝ていただろう」
霞む目を擦れば雷蔵は気にしないでと笑った。
この町に来て一年ほど。お互いに仕事も見つかって生活に慣れてきたのもあって、休みが重なったのをいいことにドライブをしていたのだった。運転は主に三郎が担当して、電車を少し乗り継いだ先にある別の小さな街でレンタカーを借りて行く当てもなく気ままに車を走らせたのだ。
春になったばかりの海は人もまばらで静かだった。朝だったのもあるのだろうが、当然売店などもなく砂浜に並ぶ足跡も二人分だけだった。波に足が触れない距離で夏になったらまた海に行こうという話をして、次に向かったのは海辺の町だった。三郎達が住む町に比べたらかろうじて賑わいはあるが、それでも長く生きれはしないだろう町で偶然見かけたカフェに入った。そのカフェではシフォンケーキが看板メニューらしく、テーブルに置かれたメニュー表には可愛らしい文字でおすすめと書かれていた。どこか懐かしい気持ちでそれを二つとブラックコーヒー、それとストレートティーを頼んだ時には空に昇る太陽はてっぺんにいた。
「三郎にばかり運転させてごめんね。僕、免許持ってないから」
「私が取らなくていいと言ったんだ。運転するのは当然のことさ」
カフェを出てから、もう少し栄えた街に行って買い込んでいる間にこんな時間になってしまった。運転に疲れた目を休ませたいと人気のない道の脇に車を停めてしまったのがいけない。少し目を休ませるつもりがそのまま眠ってしまったようだった。
血のように赤い空が、車内を染め上げている。雷蔵と共にある夕日はいつだって忘れられない思い出をくれる。
「なぁ雷蔵」
「ん?」
「雷蔵は私のどこを好いてくれてるんだい?」
その質問に深い意味はなかった。懐かしい夢を見た勢いか、勝手に口からぽろりと落ちてきたそれに雷蔵はそうだなぁと目尻を緩ませた。真ん丸な目が、穏やかに楕円になって、うっすらと茶の混ざった瞳に三郎を映す。
「僕を、僕でいさせてくれるところかな」
夕暮れの道は三郎と雷蔵だけの貸し切り状態だった。切り立った崖の下に朝訪れた海がある。太陽を半分以上飲み込んだ海は、ガードレール越しにでも美しく光り輝いている。この海岸線を終えてしまえばこのドライブは終わりだ。次があるのは分かっているが、何かが終わるのはいつだって寂しくて、恐ろしい。
きらきらと、海が光を反射していた。
「三郎」
雷蔵が、ふいに名前を呼んだ。もう何度も聞いたはずなのに、その響きはどこかいつもと違っていて。その違和感に疑問符を浮かべながら「どうした?」と返すと雷蔵は助手席から見える海をじっと見つめていた。横目でちらりと見だ雷蔵はうなじしか見えなくて、表情までは読めない。
「実はずっと考えていたんだけどね」
「…?」
「次こそは、双子に生まれ変わろう」
三郎が何かを言う前に振り向いた雷蔵は驚くほど穏やかな表情をしていて。そこに後悔だとか、未練だとか、決意だとか、そういったものは見えなかった。あるのは明日またおはようを言おう、そんな日常の延長線で。
雷蔵の右手が音もなく伸びる。三郎が止める間もなくその手はハンドルを掴み、そのまま大きく左へと切った。途端にタイヤが滑り、車体が激しく左へと振れた。その先にはガードレール。ガードレールの向こうは橙に染まった燃える海だ。
ガードレールにぶつかる激しい音をどこか遠くに感じながら唖然と雷蔵を見る。驚きはしているが、三郎はしかしもう受け入れていた。
車体とガードレールが擦れて火花が散るのが見えた。やがて勢いのままに歪んだガードレールが形を保てずにちぎれて、車ごと三郎と雷蔵を海へと放り投げた。ふわりと身体が浮かぶような感覚。永遠に終わらないスローモーションの中で燃える海は口を開けて二人を待ち構えていた。
「僕らに死は身近すぎただろう。命の重みなんてあってないようなものだった」
海に沈みゆく太陽は世界を少しずつ夜へと染めていく。橙と紺が深く混ざり合っていた。
「そんな僕の命に何か意味を持たせるのなら、それは三郎。君だよ」
音を立てて海へと沈んでいく中で、雷蔵が三郎の作られた顔をそっと包んだ。あの時とは違って柔くない、細い指が頬を滑る。海水に飲まれて言葉は音にならなかったけれど、何を言ったのかは分かった。きっとこんな状況でなければ雷蔵はまた泣き虫な弟だと言って笑うのだろう。どうか、次の世では彼にそう言って笑われないような人間になれたらいいと思う。
君のために命を投げ出す、これが愛じゃなかったら一体何が愛なんだろう。
雷蔵は最期にそう言った。
「雷蔵は、三郎と会えてこれからどうするつもりなんだ」
「…どうって?」
勘右衛門の言葉に首を捻れば、その隣にいた兵助が「生きててほしいんだよ」と言った。五人揃ってもまだ足りない?とも。そこでやっと二人が脳裏に浮かべているものが分かった。雷蔵がこの二人と最後に再会した時に似たようなやりとりをしたような気がする。流行り病に侵されて頭はぼんやりしていたけれど、あの時も勘右衛門と兵助は同じ顔をしていた。雷蔵と三郎のことを案じる、優しいかつての級友の顔だ。昔の自分は、この彼らの優しさを無下にしてしまったのだなあと、思う。
しかしそれでも、揺らがない願いがあるのだ。三郎は言ったことを覚えていないかもしれないが、たった一度だけ「雷蔵と血の繋がりが欲しい」と言ったことがある。下級生だった頃に足を滑らせて川に落ちた三郎が熱に浮かされながら言った言葉だから、きっと知っているのは雷蔵だけだ。
「三郎と、生きれたら何だっていいかな」
彼の願いを成就できれば、尚いい。
_____
零
「雷蔵はどうして三郎を好きなんだ」
昔一度だけ兵助に聞かれたことがある。あれは六年の冬、卒業を間近に控えた日の実習返りだったと思う。あと数か月もすれば卒業して独り立ちするとなれば、与えられる実習も本格的な任務と変わらなくなる。少しの油断で命が簡単になくなってしまうような危険な任務なんて当たり前だった。
「どうして、か」
「あんまり悩みそうなら大丈夫だよ」
「ううん。平気」
学園に帰っても三郎はいないかもしれない。三郎も同じように実習へと行っている筈だから。だからだろうか、さらりと答えは出てきた。本人がいるとどうにも気恥ずかしくて言えないことは、誰にだってあるものだ。
「三郎はね、僕の形を教えてくれるんだ」
「…形?」
「僕が僕であることを証明してくれる。僕にとって三郎は必要不可欠で、三郎にとっても僕は必要不可欠。これって、愛じゃない?」
その時強い風が吹いて舞い上がった枯れ葉と髪に隠れて兵助の表情は見えなかったけれど、返事も風に乗って吹き飛ばされて聞こえなかった。
幼いころから目立たない子供だった。何をするにも人より目立って秀でたものがなくて、性格も自分から前に出る方ではない。よく言えば悪さをしない模範生、悪く言えば没個性。決して劣った人生ではないが、しかし人に埋もれて終わるような人間だった。まだ小さな子供には何も分かっていなかったけれど、成長してやっと分かった。きっと、この学園に来て三郎に出会っていなかったらひどく味気ない人生を送っていたのだろうと。何か秀でた唯一を得られず漫然とした六年間を終えて(もしかした六年ここで生きることもできなかったかもしれない)、そのままどこかの城に就いて数多の忍びの中に埋もれる一人として一生を終える。決して人の道を外れない落ち着いた人生だが、しかし語るもののない人生だ。
そうなりそうだった雷蔵の人生を変えたのが、鉢屋三郎という存在だった。
簡素な入学式を終えて一年の割り振られた教室へと入った時、そこには自分がいた。ぱちりと瞬きをしてもそれは消えることなく、入り口で首を傾げて入ろうとしない雷蔵にもう一人の自分は手招きをした。それに誘われるままに隣へと行けば、教室の中は僅かに賑やかになった。それもそうだ、まるきり同じ顔をした人間がここにいるのだから。誰かが双子なの?と聞いてきたが、違うと返せば更に辺りは騒がしくなった。
「だれ?」
「鉢屋三郎」
「すごいね、そっくりだ」
幼さ故の不躾さで触れた頬は人肌の柔らかさではなく、そこでやっとこれが作り物の顔であることを知る。初めて見る不思議なものに雷蔵はどうして、よりも一番にすごい、という言葉が浮かんだ。すごいね、そっくりだ。その言葉に自分と同じ顔をした子供はびっくりしたように目を瞬かせた。やがて教室に担任となる大人が入ってきて三郎に無闇に変装をするなと窘めたけれど、その日彼が変装を解くことはなかった。明日も、その次の日も、雷蔵の顔のままで。
そうしてひと月程経った時、雷蔵はやっと当たり前の質問に思い当たった。どうして、彼はこんな平凡で目立たない自分の顔を好んで真似るのだろう。目立たなくて都合がいいから?真似やすい顔だから?色々と浮かんでは雷蔵の頭を悩ませたけれど、そのどれも本人に聞かないことにはただの空想に過ぎなかった。そうしてあんまりにも悩みすぎてどうにかなってしまうのではないかという頃に「どうして君は僕の顔をするんだい?」と問いかけた時、三郎は真ん丸な目を更に丸く開いた。
「どうして…」
「だってずっと僕の顔しかしないじゃないか。こんなに上手なのに」
誰が見ても三郎は人より秀でていた。その彼が、どうして。顔を借りられることにふさわしいなんておかしい表現かもしれないが、でも自分よりはずっと釣り合う人がいる気がした。
「雷蔵は、まねされるの嫌?」
ふと、三郎がどこか不安そうな顔で雷蔵を見た。
嫌なわけがない。むしろ嬉しいくらいだった。理由は分からなくても三郎が自分を選んでこの顔を使ってくれている。雷蔵でないといけないと言ってもらえている気がして、雷蔵にしかできないことな気がして、雷蔵が雷蔵であっていい証明のような気がして。
「嫌じゃないよ。うれしい」
「うれしい…」
三郎が自分の顔を作る度、まるで不破雷蔵という存在を肯定されているようだった。ここにいていい。そう言ってもらえているような安心感を、きっと求めていた。
「とっても近くに君がいるみたいだもの」
三郎が自分を模する度に、見た目は自分なのに近くに三郎がいるようだった。すぐ近くに三郎がいる。近くに自分を置いてくれる。三郎という人間はこの不破雷蔵という存在を必要としてくれている。
三郎の丸い手が雷蔵の手に触れた。
「雷蔵が、すきだから」
紛い物の幼く丸い頬はほんのり紅潮しているような気がした。ぎこちなくてたどたどしい言葉。それを「すき?」と反芻すればこくりと頷いた。
「すきだから、いつも君の顔をしたい」
それは天啓だった。好きだから、それはひどく単純明快な言葉であるだけに真っ直ぐに雷蔵の胸の中に落ちて満たしていった。好きだから、必要とされたい。好きな人にこの存在を認めて肯定してもらえて、必要としてもらえたら。それは雷蔵にしか願えないことで、雷蔵にしかできないことな気がした。
「僕とおそろいだ」
好きだから、君にこの顔を模してほしい。君が必要としてくれるから、雷蔵は不破雷蔵という個を得たのだ。
これを愛と呼ばないのなら、一体何を愛と呼ぶのか分かりゃしない。
___
終
遠くで呼ぶ声がした。その声の方を振り返ると公園の入り口で母親が手を振っていた。大きな声で二人分の名前を呼んで、手招きをしている。
隣にいる双子の片割れの手を取れば、丸くて柔い手が握ったのと同じだけの力で握り返してくれた。柔い手同士を決して離れないようにと繋いで二人の名前を呼ぶ方へと駆け出していけば、てっぺんに昇った太陽がきらきらとその姿を照らした。
もう、頭は痛まなかった。
畳む
2026.03.20 23:14:23 編集
最中にごじょがぽろっと「僕と恵の子供ができたらいいのにな」て言ったのをきっかけに、何となくぎくしゃくする五伏。
はっきり嫌だとか思ったわけじゃない筈なのに、ふとした時に思い出して(この人でもそんなこと思うんだな)て考えては何となくいつも通りの日々がぎこくちなくなって、そんなおめぐの中で不思議がだんだん不安になって不満になってやがて本当は嫌だったんだになる話。
ごじょはとっくにおめぐの異変には気付いてて、でもどうしたのって聞いても「なんでもないです」しか言わないからおめぐの中でゆっくり答えが出るのを待ってるし、理由を聞いてちょっと頭抱えてごめんなさい。深い意味はなかったんだよ、ごめんね。
はっきり嫌だとか思ったわけじゃない筈なのに、ふとした時に思い出して(この人でもそんなこと思うんだな)て考えては何となくいつも通りの日々がぎこくちなくなって、そんなおめぐの中で不思議がだんだん不安になって不満になってやがて本当は嫌だったんだになる話。
ごじょはとっくにおめぐの異変には気付いてて、でもどうしたのって聞いても「なんでもないです」しか言わないからおめぐの中でゆっくり答えが出るのを待ってるし、理由を聞いてちょっと頭抱えてごめんなさい。深い意味はなかったんだよ、ごめんね。
2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
自室でごじょとそれなりに熱い夜を過ごした朝、教室でゆじとのばと顔を合わせたらちょっと気まずそうな顔でゆじに廊下に連れ出されて「…あのさ、…あー………声、聞こえてっから気をつけてな?」と言われて恥ずかしい申し訳ない気まずい恥ずかしいetcの大爆発で言葉を返せず固まるおめぐ。
お互いが初めての相手のため、実はおめぐの声が大きめだと気付いていなかったのである…!こんなもんなのかな、程度に思っていて、自室でする時は流石に隣の部屋に気をつけていたけれど、それじゃ足りない程度には大きめだったことを知り死ねるなら今死にたいおめぐ。固まっていたらごじょが授業のためにやってくるけれど、ゆじに知られた恥ずかしさとか申し訳なさ、自分の声の大きさと昨夜のことを思い出して顔が見れず、そのまま一日を終えることに。
そこからずーーーっと「俺って声でかいのか…」て悶々と悩み、「確かにあんあん言っては…いる…な……」と頭を抱え、目を合わせられないまま1週間くらいした頃にごじょに問い詰められることに。
もにょもにょごにょごにょと説明すると「…恵って声でかかったんだ…」と言いながらちょっと嬉しそうな顔。「…喜ぶところじゃない」「いや、みんなこんなもんなのかなって思ってたからさ、なんか嬉しくなっちゃった。へぇ〜〜〜……」「あんたが嬉しいなら、いいですけど……でももう俺の部屋じゃしませんからね」「悠仁に聞かれちゃったもんねぇ。抑えたつもりだったんだけどな」とかなんとか。なる、回
お互いが初めての相手のため、実はおめぐの声が大きめだと気付いていなかったのである…!こんなもんなのかな、程度に思っていて、自室でする時は流石に隣の部屋に気をつけていたけれど、それじゃ足りない程度には大きめだったことを知り死ねるなら今死にたいおめぐ。固まっていたらごじょが授業のためにやってくるけれど、ゆじに知られた恥ずかしさとか申し訳なさ、自分の声の大きさと昨夜のことを思い出して顔が見れず、そのまま一日を終えることに。
そこからずーーーっと「俺って声でかいのか…」て悶々と悩み、「確かにあんあん言っては…いる…な……」と頭を抱え、目を合わせられないまま1週間くらいした頃にごじょに問い詰められることに。
もにょもにょごにょごにょと説明すると「…恵って声でかかったんだ…」と言いながらちょっと嬉しそうな顔。「…喜ぶところじゃない」「いや、みんなこんなもんなのかなって思ってたからさ、なんか嬉しくなっちゃった。へぇ〜〜〜……」「あんたが嬉しいなら、いいですけど……でももう俺の部屋じゃしませんからね」「悠仁に聞かれちゃったもんねぇ。抑えたつもりだったんだけどな」とかなんとか。なる、回
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過去絵:2020~21 /2022 /2023 /2024 /2025 /2026
(最終更新26.2.27)
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小説:忘れ形見/朝露と共に消えていくもの/閑話休題/スリーピングビューティー(R18)/きらきらぼし/明日はソファを買おう。(R18)/「褒めて!」(R18)/愛を知ってしまった僕たちは呪われてしまった/グッバイオールドブルー/麦茶素股(R18)/今日はポイント3倍デー(R18)
SS:お風呂/目隠し/七海と飲み会/弔い/歯型/ひっつき虫in夏/彼岸/向日葵(伏)(五)/夏祭り/隣がいない夜/恵の部屋で(R18)/呼び声/ハンドクリーム/ホットケーキ/薬指/性欲/喧嘩/人魚の夢/こたつみかん/寝正月(R18)/彼シャツトレンカ(R18)/危機感/深爪、ダメ絶対/長い夜/そのくらいの我儘、/モーニングルーティン/知らぬが仏/待ち合わせ/逢いたい/さみしい2人/今際/うなじ/つむじ/私は察しのいい女/セックスの仕方/散髪/プロポーズ/明晰夢/お説教/大人向けコーナー/誘い下手/それって結構愛じゃない?/よしよしわふわふ/盛り上がった朝/愛が重い/ビッグベイビー/ふたごたまご/早寝遅起き/偏頭痛(五)/キュートアグレッション/暑さ対策/自慢したがり/不器用/名前だけの星/フラッシュバック(R18)/エチケット/形の遺るもの/天変地異/酔っ払い/待ちきれないのはお互い様/芽生え/ナンパごっこ/偏頭痛(伏)/かき氷/飴玉スーパーブルームーン/悪い夢/ココア/いんがおうほう/元旦/リベンジ/合わせる顔がない/ご都合呪いに気をつけて(R18)/花束を私から貴方へ/ごじょ誕2024/伏黒恵専用スマホスタンド/子猫の甘噛み/山なし落ちなしむっつりさん/ひとりごと/まんまる虫/香水/リッチな特別コーヒー/パプリカ/反省の弁は要らない/今日はそういう日/つまりは惚れた弱み/僕の恵ってえっちだ/麦茶といたずら/確信犯と横着者/夏の風物詩/小説より奇なり/内緒の話/匂わせ/うたた寝、冷めたコーヒー/はじめての/共に過ごすということ
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僕らに赤い糸は見えない。(鉢雷)